彼女の瞳は、死んでいる

2話 扉

この世の中には、幾千、幾万という噂話が存在する
噂というものは、その有無に関わらず人から、人へと伝染する
眠り姫の噂もまた同様である
だがここでひとつ疑問を覚えないだろうか？
ここまで広まっている噂でありながら、その正体自体は、あまり知られていない
先の男子生徒達が知らなかったのが良い例である
これについては、大きな理由が存在する
この噂にだけでなくほとんど全ての噂に対して言えることだが、人というものは、噂というものに興味があってもその真偽にさほど興味は、ない
多くの人間が噂に求めているのは、非日常を求める故であり、刺激を欲しているからである
普段と違う何かがそこにあればそれでいい
つまりは、ただの話の種が欲しいだけなのだ
またこの眠り姫の噂に関してだけ言えば他に2つの理由が存在する
ひとつめは、ただ単に面倒なのである
単純に考えて400人近くいる1年のなかから探し出すことが一苦労であるし
ずっと一定の場所にいてくれるわけでもない
そのうえ捜索方法が謎である
なぜなら他クラスの扉を唐突に開け「眠り姫いますか！」なんて聞けないであろう
まだそれで見つかるならいい「え…いませんけど」なんて冷たい目で言われた日には、正に地獄である
実践する者などいないだろう
…の、筈であるが
「眠り姫いますか！」
先程の台詞を一言一句違えず復唱したのは、まあ想像がつくかな然栗だ
扉をバンッと鳴るほど勢い良く開けるところから躊躇が一切感じられない
「え…いませんけど」
「そうですか」
先の地獄が再現されたというのに全く気にする様子も無く扉を閉める
それもそのはず、2年1組である然栗は、近い教室から順に12,11,10,9…と１年のクラスをまわり今4組のクラスに出向いたので通算9回目のトライである
まあ然栗は、最初からこの調子であるが…
「次は、3組。今度は、いるかな～」
そうして彼は10つ目の扉に手を掛けた