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攻略レベル1「幼馴染」VI
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「さて、それでは我々も行こうとするか。この物語の終焉を迎えに」
「ラ、ラグ——————イテッ」
桜坂はハデスが口にした奇妙奇天烈な言葉を繰り返そうとするも、舌を噛んで表情を歪ませた。
「だがその前に桜坂綾乃。貴様に話しておくことがある」
山崎が向かった目的地へと一歩を踏み出すも、ハデスの一言によりその歩みは止められる。
「は、はい」
「まず初めに聞きたいのだが、これより貴様が向かおうとしている場所は貴様に命を賭けた男の末路が演じる劇場だ。一歩その領域に踏み込めば、貴様は選択を迫られることになる」
「真也君を取るか、アイツとの関係を続けるか。ということですか?」
「そうだ」
「そんなの決まってます!何度も言いますが私は真也君を愛して——————」
その場で振り返り、自分の気持ちを叫ぼうとした刹那。ハデスの瞳が私の言葉を詰まらせた。
「わかっているさ。貴様があの男を愛していることは十分に理解している。だがそれを伊藤弘樹を前にしても同じ台詞が吐けるか?」
「そんなこと当たり前——————」
「心がそうでも、肉体はお前を裏切るかもしれないということを考慮してもか?」
反論は許さない。今はこの俺ハデスの———いや、桐谷京太として問いをお前にぶつけてやる。
「理解していないかもしれないが。その体はもうお前の意志のままに動く代物じゃない。目の前に対象の男が現れれば発情し、愛する男でさえも切り捨てるかもしれないんだ。それは貴様が何より大事にしている未来の桜坂綾乃がな」
俺はそれで詩織を失った。”もうしない” “貴方がいればいい” そんな虚言を信じた俺も馬鹿だった。結果あの女は肉欲を忘れられず、つけ込んできた男にその身体を許した。
もうあんな惨劇は繰り返さない。俺も、俺以外の愛を信じる男達にも。あの絶望的な感情は味わうことはさせないッ!
女を自身の慰めにしか見ていない家畜も、愛する者を己の性欲のままに裏切る売女も全て、俺の作り上げるこの理想郷には必要ない。
桜坂綾乃————貴様の返答次第では山崎の心情に関係なく。この場で俺が介錯を与えてやる。
すると同時にハデスはその瞳を赤く染め上げた。
「俺は闇の力を行使できる。その力とは対象の人間を殺し、新たな生命体としてこの世に生まれ変わらせるものだ」
「新たな‥‥生命体?」
「ほぅ動揺しないのか」
「もう何が起こっても貴方のことは信じることにしました。最初は人並み外れた推理力を持った名探偵って自分で思い込もうとしましたけど、初対面の人間にそんなことをできるわけないです。ならもういっそなこと、闇の力なんてインチキなこと言われた方が今は信じちゃいます」
「そうか‥‥ならば問おう。貴様は我が魔術、”人間廻生”をその身に受けるか?」
先ほどまでの一瞬柔らかかった彼女の表情が、一気に硬くなる。
「それは私を今ここで殺して、新たな私に生まれ変わらせるということですか?」
「そうだ。詳細を分けて言えば、汚れたその身も、破れた純潔の証も全てが元に戻る。貴様があの男と出会う前の時間軸に設定し、生まれ変わらせることでな」
「つまり私の初めてを真也に捧げられる。ということですか?」
「そうだ」
彼女の瞳が潤み始める。山崎の前では”守るため”の一点張りで強がってはいたものの。やはりその尊い気持ちは女として生まれたなら誰しもが持ち合わせる感情なのだろう。
「さぁ選択の時だ—————どうする?」
「私は‥‥‥‥‥‥」
重く、永遠に感じられる時間がハデスの中を過ぎていく。だが彼女が導き出した答えは一瞬だった。
「私は、今のままでありたい」
「なに?」
予想を裏切る解答に、ハデスは思わず溜め込んだ殺気を解く。
「もし貴方の闇の力を使って今の私が生まれ変わったとしても意味がないと思うんです。だってあの快感も、真也君を裏切ってしまった絶望感も全て忘れてまた彼の隣にいることになるんですから」
ハデスは口を開かない。彼女の言葉を、真意を理解するために
「何かも全部を置き去りにして私が生まれ変わっても。同じように伊藤弘樹に言い寄られて、脅されて、体の関係を求められたら、また私は従ってしまう」
「だがお前は純潔をあいつに捧げることができない事実には変わりない。それでもお前はいいと、そう言うのか?」
「初めてを上げられなかったのは残念です。多分こればっかりは一生彼に謝っても許して貰えません。でも——————」
その瞬間。やみかかった雨が途絶え、闇雲の隙間から月の光が洩れ始める。
「真也君を裏切り、自分のエゴを押し付け、純潔を汚してしまったこんな私でも。彼は未だに私の隣に居続けようとしてくれている。それなのにまた勝手に私が、違う私に生まれ変わったら。今度こそ彼は私を許してくれるはずがありません」
涙で乾ききった頬を照らすように光が差すと、彼女の瞳を煌めかせる。まるで、陰の下にいる俺を否定し、神が彼女に微笑みかけるように。
「開き直りだな‥‥‥」
ハデスはそう呟くと、左手で抜きかけた銀刃を鞘に収めて彼女に向き合った。
「それがお前達の結末であり、物語だと言うのであれば。第三者である俺にそれを否定する権利は持ち合わせていない」
「ハデスさん‥‥‥」
「一つ、考えを正そう桜坂綾乃。俺はお前のその考えに否定的だ。一度でも男に身を委ねた女は愛する人の傍にいる権利はない。そんな売女は惨たらしく罪悪感を抱えながら一人孤独で死ねばいい。それが俺の変わることのない思考だ」
今までよりも強く張り上げた声は彼女を威圧し、怯ませる。
「たださっきも言ったようにこれはお前達の物語だ。この場にいる俺でも、通りゆく人々のものでもない。だがこれからお前達の関係に釘を刺し、罵声を浴びせ、二人の心を引き裂こうとする輩が現れることだろう。だが迷わずその覇道を歩み続けろ。お前達はそいつらの言葉を一心に受ける義務がある」
寝取られという風潮がこの世に生まれてからこの世の終わりを迎えるまで決して絶えることのない事実だ。
しかし実際経験しないと分からない。今回のケースを除き目の前に魅力的な異性が誘惑してきたら、一部の連中は掲げた正義を忘れてその肉欲を貪ることだろう。
自分が当事者じゃなきゃ、罵声も怒声も好き勝手浴びせられるのだからな。
「お前の犯した過ちは決して許されないものだ。だが恋沙汰問題で過ちを犯したらその場で死刑なんていうイカれた法律はどこの国にも存在していない。お前に全てを賭してやり直す覚悟があるのなら、何百年であろうがその罪を己という牢で償うといい」
桜坂はその場で膝から崩れ落ちると、嗚咽をあげながら今まで集約させてきた感情を放出させた。
「泣いている暇があるなら立て、まだお前にその資格はない。早くお前の愛する者の元へ向かえ」
ぐしゃぐしゃになった顔を両手で抑えながら、桜坂は立ち上がる。
「さぁいけ桜坂綾乃。エンディングを奏でる奏者はお前だ」
そうして咎人、桜坂綾乃はその身体をふらつかせながら決戦の地へと向かった。
その時。
「何が奏者よ。結局は他力本願の極みじゃないハデス」
コンクリートの床を爆ぜさせ、建物の窓を割るほどの風圧が襲いかかるとハデスの黒いロングコートを靡かせた。
「毎回主役が同じという演劇も飽きてしまうとは思わないか?ルナ」
可愛い桃色の短髪にその華奢な体からは想像のできない大規模な破壊をやってのけた少女は静かな殺気を纏ってハデスの背後に近づいた。
「口を慎みなさい、私は貴方よりはるか高みにいる存在よ。頭を垂れ、そしてそのまま地面に顔を突っ込んで死になさい」
「相変わらず些細なことで極刑にするなお前は」
フンっと鼻を鳴らすと肩に掛かった髪を払おうとポーズを取る。実際肩にかかるほどの髪はないというのに。
「それよりどういうことなの?貴方はまたあの方より権能を授かったわね?」
「驚くことでもないだろ。死神から一つ権能を貰えるのはあいつと契約したものなら当然の権利だ。それよりお前もどうだ?一緒に観に行こうではないか。愛に溺れた者達が演じる結末を」
「ラ、ラグ——————イテッ」
桜坂はハデスが口にした奇妙奇天烈な言葉を繰り返そうとするも、舌を噛んで表情を歪ませた。
「だがその前に桜坂綾乃。貴様に話しておくことがある」
山崎が向かった目的地へと一歩を踏み出すも、ハデスの一言によりその歩みは止められる。
「は、はい」
「まず初めに聞きたいのだが、これより貴様が向かおうとしている場所は貴様に命を賭けた男の末路が演じる劇場だ。一歩その領域に踏み込めば、貴様は選択を迫られることになる」
「真也君を取るか、アイツとの関係を続けるか。ということですか?」
「そうだ」
「そんなの決まってます!何度も言いますが私は真也君を愛して——————」
その場で振り返り、自分の気持ちを叫ぼうとした刹那。ハデスの瞳が私の言葉を詰まらせた。
「わかっているさ。貴様があの男を愛していることは十分に理解している。だがそれを伊藤弘樹を前にしても同じ台詞が吐けるか?」
「そんなこと当たり前——————」
「心がそうでも、肉体はお前を裏切るかもしれないということを考慮してもか?」
反論は許さない。今はこの俺ハデスの———いや、桐谷京太として問いをお前にぶつけてやる。
「理解していないかもしれないが。その体はもうお前の意志のままに動く代物じゃない。目の前に対象の男が現れれば発情し、愛する男でさえも切り捨てるかもしれないんだ。それは貴様が何より大事にしている未来の桜坂綾乃がな」
俺はそれで詩織を失った。”もうしない” “貴方がいればいい” そんな虚言を信じた俺も馬鹿だった。結果あの女は肉欲を忘れられず、つけ込んできた男にその身体を許した。
もうあんな惨劇は繰り返さない。俺も、俺以外の愛を信じる男達にも。あの絶望的な感情は味わうことはさせないッ!
女を自身の慰めにしか見ていない家畜も、愛する者を己の性欲のままに裏切る売女も全て、俺の作り上げるこの理想郷には必要ない。
桜坂綾乃————貴様の返答次第では山崎の心情に関係なく。この場で俺が介錯を与えてやる。
すると同時にハデスはその瞳を赤く染め上げた。
「俺は闇の力を行使できる。その力とは対象の人間を殺し、新たな生命体としてこの世に生まれ変わらせるものだ」
「新たな‥‥生命体?」
「ほぅ動揺しないのか」
「もう何が起こっても貴方のことは信じることにしました。最初は人並み外れた推理力を持った名探偵って自分で思い込もうとしましたけど、初対面の人間にそんなことをできるわけないです。ならもういっそなこと、闇の力なんてインチキなこと言われた方が今は信じちゃいます」
「そうか‥‥ならば問おう。貴様は我が魔術、”人間廻生”をその身に受けるか?」
先ほどまでの一瞬柔らかかった彼女の表情が、一気に硬くなる。
「それは私を今ここで殺して、新たな私に生まれ変わらせるということですか?」
「そうだ。詳細を分けて言えば、汚れたその身も、破れた純潔の証も全てが元に戻る。貴様があの男と出会う前の時間軸に設定し、生まれ変わらせることでな」
「つまり私の初めてを真也に捧げられる。ということですか?」
「そうだ」
彼女の瞳が潤み始める。山崎の前では”守るため”の一点張りで強がってはいたものの。やはりその尊い気持ちは女として生まれたなら誰しもが持ち合わせる感情なのだろう。
「さぁ選択の時だ—————どうする?」
「私は‥‥‥‥‥‥」
重く、永遠に感じられる時間がハデスの中を過ぎていく。だが彼女が導き出した答えは一瞬だった。
「私は、今のままでありたい」
「なに?」
予想を裏切る解答に、ハデスは思わず溜め込んだ殺気を解く。
「もし貴方の闇の力を使って今の私が生まれ変わったとしても意味がないと思うんです。だってあの快感も、真也君を裏切ってしまった絶望感も全て忘れてまた彼の隣にいることになるんですから」
ハデスは口を開かない。彼女の言葉を、真意を理解するために
「何かも全部を置き去りにして私が生まれ変わっても。同じように伊藤弘樹に言い寄られて、脅されて、体の関係を求められたら、また私は従ってしまう」
「だがお前は純潔をあいつに捧げることができない事実には変わりない。それでもお前はいいと、そう言うのか?」
「初めてを上げられなかったのは残念です。多分こればっかりは一生彼に謝っても許して貰えません。でも——————」
その瞬間。やみかかった雨が途絶え、闇雲の隙間から月の光が洩れ始める。
「真也君を裏切り、自分のエゴを押し付け、純潔を汚してしまったこんな私でも。彼は未だに私の隣に居続けようとしてくれている。それなのにまた勝手に私が、違う私に生まれ変わったら。今度こそ彼は私を許してくれるはずがありません」
涙で乾ききった頬を照らすように光が差すと、彼女の瞳を煌めかせる。まるで、陰の下にいる俺を否定し、神が彼女に微笑みかけるように。
「開き直りだな‥‥‥」
ハデスはそう呟くと、左手で抜きかけた銀刃を鞘に収めて彼女に向き合った。
「それがお前達の結末であり、物語だと言うのであれば。第三者である俺にそれを否定する権利は持ち合わせていない」
「ハデスさん‥‥‥」
「一つ、考えを正そう桜坂綾乃。俺はお前のその考えに否定的だ。一度でも男に身を委ねた女は愛する人の傍にいる権利はない。そんな売女は惨たらしく罪悪感を抱えながら一人孤独で死ねばいい。それが俺の変わることのない思考だ」
今までよりも強く張り上げた声は彼女を威圧し、怯ませる。
「たださっきも言ったようにこれはお前達の物語だ。この場にいる俺でも、通りゆく人々のものでもない。だがこれからお前達の関係に釘を刺し、罵声を浴びせ、二人の心を引き裂こうとする輩が現れることだろう。だが迷わずその覇道を歩み続けろ。お前達はそいつらの言葉を一心に受ける義務がある」
寝取られという風潮がこの世に生まれてからこの世の終わりを迎えるまで決して絶えることのない事実だ。
しかし実際経験しないと分からない。今回のケースを除き目の前に魅力的な異性が誘惑してきたら、一部の連中は掲げた正義を忘れてその肉欲を貪ることだろう。
自分が当事者じゃなきゃ、罵声も怒声も好き勝手浴びせられるのだからな。
「お前の犯した過ちは決して許されないものだ。だが恋沙汰問題で過ちを犯したらその場で死刑なんていうイカれた法律はどこの国にも存在していない。お前に全てを賭してやり直す覚悟があるのなら、何百年であろうがその罪を己という牢で償うといい」
桜坂はその場で膝から崩れ落ちると、嗚咽をあげながら今まで集約させてきた感情を放出させた。
「泣いている暇があるなら立て、まだお前にその資格はない。早くお前の愛する者の元へ向かえ」
ぐしゃぐしゃになった顔を両手で抑えながら、桜坂は立ち上がる。
「さぁいけ桜坂綾乃。エンディングを奏でる奏者はお前だ」
そうして咎人、桜坂綾乃はその身体をふらつかせながら決戦の地へと向かった。
その時。
「何が奏者よ。結局は他力本願の極みじゃないハデス」
コンクリートの床を爆ぜさせ、建物の窓を割るほどの風圧が襲いかかるとハデスの黒いロングコートを靡かせた。
「毎回主役が同じという演劇も飽きてしまうとは思わないか?ルナ」
可愛い桃色の短髪にその華奢な体からは想像のできない大規模な破壊をやってのけた少女は静かな殺気を纏ってハデスの背後に近づいた。
「口を慎みなさい、私は貴方よりはるか高みにいる存在よ。頭を垂れ、そしてそのまま地面に顔を突っ込んで死になさい」
「相変わらず些細なことで極刑にするなお前は」
フンっと鼻を鳴らすと肩に掛かった髪を払おうとポーズを取る。実際肩にかかるほどの髪はないというのに。
「それよりどういうことなの?貴方はまたあの方より権能を授かったわね?」
「驚くことでもないだろ。死神から一つ権能を貰えるのはあいつと契約したものなら当然の権利だ。それよりお前もどうだ?一緒に観に行こうではないか。愛に溺れた者達が演じる結末を」
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