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プロローグ
幼い日の思い出(後編)
しおりを挟むランスロットには女の兄弟がおらず、ままごとの経験は皆無だった。また、庶民出なので宮廷行事にも疎い。
貧しい家の4男だったため、口減らしのため七歳から小姓としてとある老騎士の家に奉公にいっていた。その老騎士の身の回りの世話の合間に学問・武術を学んでいたため、親と暮らした記憶も薄い。
当然世の夫婦がどんな会話をするのかなどまるでさっぱりだ。
「もうすぐしゃこうしーずんですわね」
「…そうですね」
「もうっ。だんなさまなんだからけいごはつかわないで!」
「…そ、うだな?」
「そうだねマリー、よ」
ランスロットは困り顔で王女を見つめた。
「姫さま…。ままごとでも呼び捨てはできません」
「えーーー。ローズじゃなくてマリーでもだめなの?」
「姫さまのお名前にかわりはありませんから」
ぷうっと頬を膨らませたローズマリーがグスターに顔をしかめて見せた。
「ランスはちょっとまじめすぎない?」
「はあっはっは!」
話をふられたグスターが大声で笑いだした。
不敬がすぎる、とランスロットは眉をひそめたが、侍女たちも口許を押さえクスクス笑っていた。
「ほらあ。みけんのしわ! いけませんわあなた。せっかくのびだんしがだいなしよ」
「………」
「ぶふーッ」
腰を折り腹を抱える指導騎士を思わずにらむ。
それを目にした王女はきゅ、と唇をかみしめた。
「ランスはおままごとはきらい…?」
「姫さま…」
しゅんとしてうつむいたローズマリーにランスロットはいよいよ困り果てた。
正直に言えばままごとは嫌いだ。楽しくはないし、ほかの騎士見習いには女々しいと笑われる。13歳の多感な少年には同年代のものの嘲笑は堪えるものだ。
だがローズマリーはグスターの君主だ。ランスロットはグスター付きの見習い騎士なので、自動的にローズマリーが仕えるべき相手となる。
君主の命令は絶対である。
意に逆らえるのは騎士をやめ、授かった剣を返すその時ただ一度のみ。
まだランスロットは騎士になってすらいないので、王女から剣をいただいていない。よって拒否する権利はない。いや、あるのかもしれないが恐れ多くて無理だ。
しかたなくランスロットは深々と頭を下げた。
「ままごとはこれまでしたことがなかったので勝手がわからず戸惑いが大きいのです。申し訳ありません。姫さまの望まれるふるまいが出来ない自分に失望しております」
王女はランスロットを静かに見つめた。
「ランス…」
「…はい」
「しつぼうってなあに?」
「………」
「はあっはっは!」
グスターの大笑いにきょとんとし、やがて王女もつられるようにクスクスと笑い出す。
その様子をランスロットは途方にくれたように見つめていた。
こうして王女の厳しい訓練(?)の末、素朴な騎士見習いの少年は、のちに世の女性の大半が胸焦がす「麗しの騎士」へと成長していくことになる──
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