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プロローグ
幼い日の思い出(前編)
しおりを挟む13歳のランスロットは5歳のローズマリーにとって夫であり王子であり赤ちゃんであり犬だった。
何になるかはその日の王女の気分次第だ。
城の中庭でのおままごとは王女のお気に入りの遊びだった。
専任騎士のグスターと見習い騎士のランスロットを引き連れ王女がやってくると、待ち構えていた侍女たちが敷布を広げ道具を置いた。
「きょうのランスはマリーのだんなさまね」
にっこり笑顔で言われ、ランスロットは黙って敷布の上に腰を下ろした。
うしろをちらりと見ると指導騎士のグスターが厳めしい顔で頷く。だがかすかに口がヒクついている。
少し前まではグスターがさせられていた役を、騎士見習いになりたてのランスロットが引き継いだばかりだった。
そんな二人の様子には気づかない王女は敷布の上にせっせと茶器を並べている。どれも人形遊びに使う小さなものだ。
ティーポットからカップに注ぐしぐさをし、ソーサーに乗せてランスロットに差し出した。
「はい、あなた。あたたかいうちにどーぞっ」
「…いただきます」
王女の差し出す小さなおもちゃのティーカップを親指と人差し指で摘まむように持ち、ランスロットは一気に飲み干した──フリをした。
とたんに「だめっ、そうじゃないの!」とローズマリーの叱責が飛ぶ。
「ティーはまずかおりをいただくの! ゆうがにねっ。みてて、こうよ」
そう言うと王女はソーサーを胸の高さまで持ち上げカップをつまみ、口許によせた。
一呼吸置いたのちにそっと傾けコクンと喉をならす。
背筋はピンとのび、肩に余計な力は入っていない。
流れるような一連の動作は優雅で気品に満ちていたが、王女のそれは物心ついた頃から淑女のたしなみとして体に叩き込まれてきたものだ。庶民生まれのランスロットにそれを求めるのは酷な話である。
だがランスロットは文句も言わず、またカップを傾け飲むフリをした。
今度は少しゆっくりめを心がけたが「そんなに傾けちゃダメ」や「一気に飲み干さないで!」とダメ出しは延々続く。
これも鍛練のうち、とランスロットは己に言い聞かせた。いまはおままごとを通して精神を鍛えているのだと。
その後なんとか《お茶》で合格をもらい、次の《お菓子》へと鍛練は進む。
なかでも難しいのは《夫婦の会話》だった。
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