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01 『愛してる』という嘘

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――愛してる。その言葉をずっと信じていた。



 王家に生まれた私は、隣国の宰相の息子であるリチャード様の婚約者に選ばれていた。

 幼い頃から親に決められていた結婚。



「愛してるよ、エリザベス姫様」

 彼はいつもそう言って、私に花を贈ってくれていた。

 外へ出かける時も、いつも横を歩いてくれていた。

 私とリチャードは18歳になり、もうすぐ婚約の儀を行うことになっていたのだけれど――ある日、聞いてしまった。

 その日、リチャードと会う予定はなかったけれど、用事があったので父と共に宰相の家へ行った。

 父の用事は思ったより長かった。

 だから私はリチャードのところに会いに行こうと思った。

 リチャードは何をしているだろうか、突然行ったら驚くかしら、と歌を口ずさみながら彼の私室に足を運んだ。



 ドア越しにリチャードの声が聞こえた。

 部屋にいるんだ。

 私がドアを叩こうとした時、リチャードの言葉が聞こえた。



「愛してるよ」



――え?



 今まで私に囁いてくれていた『愛している』の言葉が、なぜ部屋の中から聞こえてくるのだろうか。

 そして、部屋の中からくすくすと笑う女性の声が聞こえた。



 ノックしようとする手が止まった。



「でも、貴方には婚約者がいるでしょう?」

 女性の声が聞こえる。

「あれは親同士が決めたものだから。本気じゃないよ」

 リチャードの声が……聞こえる。



 目元に涙が浮かんだ。

 今まで囁いてくれていた『愛している』は偽りの言葉だったんだ。



 確かに親同士が決めた結婚だけれど。

 それでも、愛があると私は思っていた。



 彼が『愛してる』と言ってくれていたから。



 でも違った。

 彼は他の女性を愛していたんだ。



 私は涙を拭って、その場から逃げるように立ち去った。

 私は三日三晩、ロクに食事をとらず、部屋に閉じこもっていた。

 両親もメイドたちも心配してくれたけれど、大丈夫と笑って誤魔化せるほど私の心は強くなかった。



 週に一回、かならずリチャードから手紙が届く。

 けれど私はそれを読まずに捨てた。

 どうせ偽りの『愛』の言葉が綴られているだけだろうから。



 そうして二ヶ月が経過した頃、リチャードが城にやってきた。



 今日は両親が出かけている日だった。

 アポイントのない来客に、執事もメイドも大慌てでリチャードを招いた。



「姫様、リチャード様が来訪されています」

「いらない。断って」

「む、無茶を言わないでください」



 執事長が慌てふためく。



 でも私は彼の顔を見たくなかった。



――そのとき、びびびーんっと、頭の中に稲妻のような衝撃が走った。



 それは別世界の思い出だった。



 私はこんなファンタジーな家じゃなく、普通のOLとして東京で働いていた。

 いわゆるブラック会社。薄給なのに終電で帰り、始発には家を出る。その繰り返しの日々だった。

 けれどそんな私にも二つの癒やしがあった。

 一つは大切な彼氏の存在。

 もう一つは乙女ゲーム『ときめきファンタジア』



 ゲームは何回も繰り返しやった。アップデートが頻繁にあって、新しいストーリーが頻繁に追加されていた。

 何度もやりこんだ。

 電車の中でも、家の中でも『ときめきファンタジア』は私に癒やしを与えてくれた。



 内容はごく普通の女の子が王子様と結ばれる王道ファンタジー……と見せかけて、結構ハードなシナリオが多いものだった。

 主人公の前にはライバルの女性や、嫌がらせをするモブ男子などがいたけれど、彼らにはエグい裁きがくだされていた。

 裏切り者には、斬首、絞首、拷問などなど。

 攻略対象はみんなヒロインにベタ惚れで、二人の世界に酔うことができる内容だった。



 主人公はごく普通の女の子。

 私は、一国の姫。

 あぁ……頭の中で思い浮かぶ。

 エリザベスはリチャードルートでヒロインの邪魔をする



「リチャードは宰相の息子だけど、若いのに騎士団長に選ばれてる天才騎士で……うん、ここまでシナリオ通りだわ。でもリチャードって……確か裏表の激しいキャラで……」



 記憶が濁流のように流れてくる。



「ヒロインのためなら何でもするキャラクターで……人を真正面から殺すこともあれば、スパイ行為や拷問、ハニートラップも平気で行う。ネットでは爽やかなのに腹黒キャラって話題に上がってて……」



 そして今現在の記憶と一致する。

 主人公は『ごく普通の女の子』

 私は一国の姫。



「待って、待って……私、エリザベスなのよね。……ってことは、エリザベスの未来って……」



 確か……思い出せ。思い出せ。



「……リチャードに拷問されて、国の秘密を吐かされて殺されるんだったわ!」



 やっと思い出したリチャードルートの結末は、エリザベスにとって最悪な未来だった。
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