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12 ピート視点
しおりを挟むあの日、王子はとんでもないことを言った。
僕たちの美しさへの価値観の成り立ちを。
嘘だと思った。信じられない。
王子は、王族だから誰も歯向かうことも出来なかったし王様だって人の親だ。
だからルーファス王子を庇ったんだ。
あんな狂言に惑わされるものか。
マリッサもルーファス王子も頭がイカれてるんだ。
なのに、なのに、信じられないことに
社交界は2つに分かれた。
今までのものを手放さず美しいと主張する者達は旧貴族派と呼ばれ、
今までの価値観を捨て去り、新しい美しさを受け入れた者達は新貴族派と呼ばれた。
中立派とする者もいたが、どっちに着くのが得なのか計算しているだけに決まってる。
それに新しい美しさだなんて狂気としか言えないだろう?
しかし、あれから僕の頭からは王子の話が離れなかった。
王子の話を聞くまでは誰もがマリッサを美しくないと言ったけれど、僕はマリッサが醜いと思ったことは一度もなかったと思い至る。
美しい髪に彩られた整った顔立ち。
公爵譲りの宝石のように輝く瞳。
恥ずかしそうな顔をした時は真っ白な肌の頬がほんのりと色づく。
手を繋いだ時のほっそりとした華奢な指。
何もかも鮮明に思い出せる。
アンナとは正反対だ。
王子はマリッサを月の女神のようだと言った。
ちがう、ちがう。そんなわけがない!
美しいというのはアンナこそだ!
僕は爵位こそ失って男爵になってしまったが、アンナほどの美しい女を妻に迎えたんだ。
誰もが羨ましがるほどの女だ。
だからマリッサはアンナの美しさに嫉妬して慰謝料を請求してきたんだろう。
マリッサが僕とアンナを大人しく受け入れればマリッサのことだって愛してやったのに。
だがもう遅い。マリッサが全てを壊したんだから。
あの日からもうすぐ1年が経つ。
今日は旧貴族派の伯爵家の夜会に招待されている。
男爵家としては出席するのも苦しいが、金銭面の援助をお願いするためにも人脈を作るためにはどうしても出席しなければならない。
アンナが僕の服とアンナのドレスに手を入れてくれて、同じ服やドレスを着回していることをわかりにくいようにしていた。
レースやフリルやリボン、とにかく増やしたり移したりだ。
「伯爵様、今夜はお招きいただきありがとうございます」
「おお、ようこそいらしてくださいました」
「いつもアンナと夫婦共々お世話になっております」
「ああ。こちらこそ」
広間の人は前回よりも人数が減っている気がする。
「何かあったんでしょうか?いつもならもっと集まっているはずでは‥‥」
「今日は中立派は揃って欠席するそうだ。高貴な我らの価値観を理解できない愚か者達だから気にしなくていい。
旧貴族派だけで楽しもうじゃないか」
「そ、そうですね」
伯爵と少し話をして会場内を見回す。
援助を見込めそうな家は見つからず、新しい人脈作りも難しそうだ。
旧貴族派である伯爵の夜会は当初こそ、新貴族派を笑い貴族の半数以上は占めていた。
けれど今はどうだ。中立派がいない旧貴族派だけの集まりはとても半数にも及ばない。
「こんばんは男爵さま。聞きました?最近の新貴族派たちはこぞって娼婦のような下品なドレスを着ているそうよ?
あの1年前のマリッサ嬢のようなドレスよ。頭がおかしいに決まってるわ」
「新貴族派は下品な品性の人たちなんだもの仕方ないわ」
「まぁ。おほほはほ」
そんな噂話も聞こえてきてあの日のマリッサが脳裏に浮かぶ。
そして無意識にアンナの姿と比べてしまう。
美しいのはアンナなのにマリッサが忘れられないのはどうしてなのか。
頭と心がちぐはぐな違和感に襲われるような恐怖。
心に従うべき?それは自分を否定することではないのか。
それに認めてしまえばもうアンナとは一緒にはいられないだろう。
だけど侯爵家には戻れない。マリッサとの婚約をダメにした僕を許してくれてはいないのだ。
平民になる道しか残されていない。
それがわかっているのならば理性に従い男爵家に留まるべき?
けれど、アンナに縋られるたびに感じる正体不明の居心地の悪さを胸に抱いてこのまま一生を過ごすことが出来るのだろうか。
男爵家はもともと裕福ではなかったし、マリッサの家への慰謝料の支払いで余裕がない。
援助先が見つからなければ男爵家が潰れるのもそう遠い未来ではないだろう。
答えが見つかるのが先か、潰れるのが先か。
僕が手に入れたものは本当に価値あるものなのか。
だけど手に入れたものの価値なんて本当はどうでもいいのかもしれない。
ただ一目だけでいい。
マリッサ、僕は君に会いたくてたまらないんだ。
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