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4 聖魔術師の幻影編

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「さーて、もうすぐ王都だね」

「ですね、ルベラス先輩」

 新リテラ王国を後にした私たちは、またもや、大型車に乗って、ひたすらグラディア王国を目指した。

 今回は、前の車に私、フォセル嬢、リュリュ先輩が乗り、後ろの車にはカス王子、ダイアナ嬢、ソニアとグリプス伯。

 私の方の車では、道中に飽きたリュリュ先輩がひたすら昼寝していたので、自然とフォセル嬢と話すことに。

 グレイもバルザード卿もまったくと言っていいほど、口を開かず、声も出さずという状況。

 クラウドやフェリクス副隊長含め、他の専属護衛たちも同様の状態だったので、車の中では私とフォセル嬢の声だけが響いていた。

 前の列に座るフォセル嬢が、くるりと後ろを振り返って、私に話しかける。もしくは、私が独り言をつぶやくと、フォセル嬢がくるりと振り向いて返事をする。そんな状態がずっと続いていた。

 リュリュ先輩は我関せず。正直、羨ましい。

 今もただ思いついたことを、ボソッと喋っただけなのに、相づちを打たれてしまったのだ。

 けして、会話をしようと思って、話しかけたわけではない。

 そして一度会話が始まると、しばらく続く。今もフォセル嬢は振り向いたままで、前に向き直ろうとしない。

 何か用があるのかと思って先を促すと、座席の背もたれに半分顔を隠して、恐る恐る口を開いた。

「ルベラス先輩の後援家門の人って、なんて言うか、迫力がありますよね」


 シーーーーーーーン


 静まり返る車内。

 うん、これは私が相手をしないといけないヤツだった。

 私は迫力の具体的な部分を聞いてみる。

「え? 顔が怖い? 目つきが怖い? 雰囲気が怖い? デカくて威圧感ある? 殺気を出してそうな感じ?」

 ちょっと大げさなのも混ぜてみた。

「えーっと、全部です」

 全部か。半分は冗談で混ぜたのに。
 思わず、うっと呻きそうになった。

「うん。みんな、そう言うかも」

 なんかもう、答えようがないけど。
 ハハハと乾いた笑いが、喉の奥から漏れた。

「なんだ、私だけじゃないんですね。良かった。ところで、ルベラス先輩は平気なんですか?」

「うん。付き合い長いし。一人は同い年の同期だし、もう一人は年も離れてるから頼りがいのあるお兄さん、て感じ?」

 ずいぶんと失礼な言い方だけれど、フォセル嬢の性質のせいか嫌な感じはしない。

 それに、北部辺境騎士団の人間が怖がられるのはいまさらだ。
 魔獣や魔物相手に戦っているのだから、優しいばかりでは生きていられない。生き残るために仕方ないことだと私は思っている。




 フォセル嬢に対して、比較的穏やかな気持ちで接していられているのに、びっくりすると同時に、私も大人になったなと自分で自分を誉めたくなった。

 そんな私の目の前で、クラウドとフェリクス副隊長が小声で話す内容が、こちらにも漏れ聞こえてくる。

「(なんだ。あいつら、同僚ポジションと兄貴ポジションか。距離感近いから、恋人ポジション狙いかと思ったよ)」

 勝ったな、俺。と含み笑いをするフェリクス副隊長。

 聞こえてる。聞こえないように小声のつもりだろうがしっかり聞こえてる。

 そりゃ、この距離だし。車内だし。

「(おい、フェリクス。耳元で、ゴチャゴチャ言うなよ)」

「(クラウドだって、どういう関係だか気にしてただろ?)」

「(それは、まぁ)」

 私は両隣に座るグレイとバルザード卿の表情を見ないようにした。

 が。

 表情は見なくても、喋る声はしっかりと聞こえてくる。

「(隊長のことを『頼りがいのあるお兄さん』扱いするのは、うちのお嬢くらいですよねぇ)」

「(黙れ、バルザード)」

 クラウドやフェリクス副隊長とまったく同じ大きさの小声だ。聞こえる。絶対に前の二人に聞こえる。
 わざとだ。わざと聞こえるような大きさの小声で喋ってるんだ。

 もしかして、フェリクス副隊長もわざとあの大きさの小声だったとか?

 私は移動車の天井を見上げた。

 ふぅぅぅ。

 息が詰まりそうだ。

「(良いじゃないですか。全面的に信頼されていて。どこかの同僚ポジションのヤツらとは違いますよ。あぁ、片方は同僚ポジションでもなさそうですけどね)」

「(だから黙れ。警護中だ)」

 だから、聞こえてるって。
 グレイも、注意する振りをしながらの、まんざらでもなさそうな口調ってのは止めてって。

 ほら、フェリクス副隊長がぐぅぅぅ、ってなってるから。

 私が聞こえてるんだから当たり前の話になるけど、フォセル嬢にも彼ら四人の会話は筒抜けで。

 私の方を振り向いたまま、頬をひくつかせている。

 そして、話題を変えようと思ったのか、突然、自分の個人的な話を喋り始めた。

「そうだ、私も後援が出来たんですよ!」

 あれ?

「平民ではなかったよね?」

 平民で魔導爵持ちともなると、強力な後ろ盾が必要となる。

 貴族同志の余計な争いに巻き込まれるのを防いだり、あるいは貴族や権力を持つ者たちから消耗品のように扱われるのを防ぐためだ。

 とくに平民で未成年の場合は、後ろ盾必須。

 フォセル嬢の場合、未成年の貴族令嬢だったはず。魔導爵を持っているかは不明だけれど、爵位が低くても貴族なら後ろ盾はいらない。なのに後ろ盾=後援が出来たという。

 念を押して聞いてみると、やはり、間違いないらしい。

「はい。いちおう貴族ですけど、小さな領地の男爵なんで。しっかりとした後ろ盾があるに越したことはないんです。貴族と言ってもいろいろですから。父も母もホッとしていました」

 生まれはどうしようもありませんから、と、明るく残念なことを言うフォセル嬢。

「へー。まぁ、魔術師コースの首席なら、後援に名乗り出るところも、ありそうだよね」

 かくいう私も魔術師コースの首席。すでに後援がいるというのにも関わらず、後援の名乗りがいろいろとあった。

 最後まで粘ったのが、アエレウス大公家とか、ルベル公爵家とか、アルブレート辺境伯家とか。

 最終的には全部、グレイが叩き潰した。

 とくに、アルブレート辺境伯家との全面戦争は凄かったそうな。いったい何をやったかは知らないけど。

「そうなんです。学院時代、頑張って良かったなって思って。
 突然、申し出があったんですけど、かなり気に入ってもらえてるので。後援の方のために、もっともっと頑張らなきゃと思って」

 だから、フォセル嬢へ後援の話が来るのももっともなこと。なんだけれど。何か嫌な予感がした。

「へー。支援じゃなくて、後援てことは婚約したの? それとも養子縁組?」

「養子です! でも、実の親とは縁を切らなくていいって言われてて。まぁ、名目上の養父ってところですね!」

 ずいぶんと気前がいい貴族が後援になったようだ。

「ふーん。それじゃあ、両親が二人ずつ出来たんだ」

 ひがみ口調になるのを、慌てて方向修正する。
 ついつい、羨ましさでいっぱいになりそうになるのを、大きく息を吐いて乗り切った。

 比べてはいけない。私だって、相当、才能にも資質にも人にも恵まれているんだ。無い物ねだりは良くない。

 実父に捨てられ、実母とは幼くして死に別れて、黒髪でちょっと人から嫌われてるだけ。

「それが。奥様はすでに亡くなられてるそうなんです。
 私の両親と同じくらいの年齢なんで、きっと子どもがいたら、私くらいの年頃だったんでしょうね」

 フォセル嬢はこの明るくて健気な性格が好かれるんだよな、と私は思った。

 きっとクラウドも、フォセル嬢のこの健気なところが好きなんだろう。

 才能も資質もあるし、ほどほど裕福に生きていて、家族にも恵まれている。そのうえ努力家で勤勉、かわいくて健気。図々しい部分も健気さがカバーしてくれていた。

「私の髪色が奥様にそっくりで、目の色は後援の方にそっくりで。それも養子の決め手だったみたいです」

「ともあれ、後援が出来て良かったね。少し気が楽になったんじゃない?」

「そうですね」

 フォセル嬢は明るく笑った。
 私にはやっぱり眩しいくらいの笑顔だった。

 理由もなく悲しくなった私の頭を、グレイがぽんぽんと撫でてくれていた。
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