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4 聖魔術師の幻影編

5-0 エルシア、厄介な現実と向き合う

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「《クラヴィス》」

《はいよ、主。準備は万端だよ》

 私は鍵穴のクラヴィスも呼び出した。

 クラヴィスは、フルヌビのタルト事件の時に暗躍していた杖精で、今では私の二番目の杖の座に収まっていた。

 そう。

 私の奥の手とは、このクラヴィスの存在。

「二人とも報告。聞こえるように」

 杖にも杖精にもならず、私と同化した状態の二人に命じると、二人はそれぞれ報告を始める。

《主、そいつは『幻影のイルシオン』。名前の通り、幻影や幻覚を固有能力として持つ魔導具だ。国家規模で幻影能力を発揮してやがる》

《主が、この国に来て感じた頭痛や違和感は、こいつの幻影能力に対する拒否反応だよ。主は魔術抵抗力もおそろしく高いものだから、普通に跳ね返すんだよね》

 二人が報告しているのは、銀色に見えた金冠の正体についてのこと。

 レティーティア殿から銀色の金冠の真名を教えられた私は、セラフィアスとクラヴィスに調査させていたのだ。

 イルシオンの名を持つ魔導具のことを。

 クラヴィスの固有能力は世界の穴を開けること、穴と穴を繋げること。
 簡単に言えば、どんな場所からでもどんな場所にでも行ける杖。

 そもそも、こういった固有能力というものは、主なしで使える物。主が出来ると固有能力の幅や種類も増えるんだそうだ。

 主という制限をつけて自分の力を解放するか、主という制限をなくして自分の力を限定させるか。どちらを選ぶか、杖精によって考え方は違うらしい。

 もちろんクラヴィスも転移能力以外の固有能力も解放されてはいるけど、一番得意なのは転移であるようだった。
 そのクラヴィスの能力を使って、私は二人を調査に適した存在の下へと送り込んだのだ。

「それで、ケルビウスはなんて?」

《あぁ、ケルビウスのヤツ。『幻影のイルシオン』の名前を出したら、一発で分かったよ》

《そいつは『銀冠』。『金冠』に形を似せて、後から作られた魔導具だってさ。幻影で色を変えれば『金冠』と見間違えても不思議はないって》

 二人はレティーティア殿を指して語っている。

 どうやら『銀色の金冠』=『銀冠』がレティーティア殿らしいんだけど、それには一つ疑問があった。

「でも、魔導具と杖精は同時に存在できないでしょ?」

《そこだよ、主。同時に存在しているように、見せているだけなんだよ》

《なにせ、固有能力が幻影だからね。片方が幻影で片方が本物なんだ。今は杖精が本物で、魔導具が幻影だね》

 レティーティア殿の顔が一瞬、ピクリと引きつる。この反応からすると、二人が調べてきたことは紛れもない真実。

 これで謎が解けて、スッキリした。

 魔導具と杖精、幻影と本物を入れ替えるのも一瞬だろう。私の感触からすると、幻影魔法自体は何重にもかかっているようだし。どうりでなかなか見抜けないはずだ。

「レティーティア殿、いったいこれは?」

 訳が分からないという顔のエンデバート卿は、声がどこから聞こえるのかと、あちこち宙を見回している。レティーティア殿に話しかける声にも力がない。

「聖魔術師、レティーティア・レクペラス本人が、新リテラ王国の国家魔導具『銀冠』その物ってこと。
 固有能力の幻影魔法で『銀冠』を『金冠』に見せて、『金冠』の不在を隠してたと」

 セラフィアスとクラヴィスの話をまとめて、分かりやすく説明したはずなのに、エンデバート卿は頭を軽く振って、ハハハと呆れたように笑った。

 そして、幼い子どもを諭すかのような口振りで、私に話しかける。

「まさか。レティーティア殿はどう見ても人間だ。手足があって自分で歩く魔導具なんて、あるはずがないだろう?」

 本気で言ってるのか、こいつ。

「こちらこそ、まさかなんだけど、杖精や剣精を知らないの?」

「ジョウセイ? ケンセイ?」

 腕を組んで首を傾げるエンデバート卿。

「新リテラ王国は、私たちの国ほど魔導具が多くないんです。ましてや、精霊付きの物は希少ですから、ご存知ないのは仕方ないかと」

「遺物はあるのに?」

「遺物にしても、どれだけあるものやら。詳細は一切、公表されていませんので」

「なるほど」

 グラディア王国の三聖五強も似たようなものだった。三聖五強の存在は公表しているけど、主の有無など詳細は非公開。

 唯一、五強リグヌムだけ公表されているんだったか。

 その情報についても、カス王子がペラペラ喋りまくったせいで広まってしまって。後から、正式に主を公表したという話だ。

「魔法にしても、回復魔法や治療魔法といった、穏やかな魔法が主流ですからね」

「魔法に対する認識や一般的な知識も、グラディアとは違うってことですね」

 私は返事をしながら、新リテラ王国の王族の色を思い出していた。

 茶系統の髪と目を持つ彼らは、魔法とは縁遠い生活をしているようだったし、だとすると魔法に対する教育体制も大きく違うのだろう。

 とはいえ、回復も治療も術式を逆転させれば、立派に危険な魔法に変わってくるのに。知識は大事だなぁと思う私だった。

 それはさておき。

 レティーティア殿が魔導具だという話を聞いて呆れ顔をし、杖精や剣精という言葉に首を傾げる、目の前のこの男。

 どうしてくれようか。

 チラッと視線をレティーティア殿の方へ走らせると、表情が抜け落ちた作り物の仮面のような顔で、私の方をじっと見ている。瞬き一つしない。

 お気楽なエンデバート卿と違って、レティーティア殿はすでに私の杖精の気配を感じ取っているはずで。

 気配を感じ取ったからこその、この反応だと思うことにしよう。ちょっと怖いけど。

 そうなると、次はだめ押しと行こうじゃないの。

 私は私の杖の名を呼ぶ。

「《セラフィアス》」

「面倒くさいヤツだな、こいつ」

 黒髪に金色の瞳の十歳くらいの少年が、私のすぐ右横にフッと現れた。
 目がややつり上がっていて、勝ち気そうな顔をしている。
 私の公務に合わせたのか、白い半袖のワイシャツに黒い膝丈のズボン、黒いベストに黄系統のタイという略式の礼装。

「《クラヴィス》」

「まったくだね」

 銀髪に赤銅色の瞳の十歳くらいの少年が、今度は左横に現れる。
 目はややたれ気味で穏やかな顔。服装はセラフィアスとそっくり同じでタイの色は赤系統。

 クラヴィスに初めて会ったときと、だいぶ姿が変わっている。最初は私より年上で背の高い青年姿だったのに。その姿から若返って、今ではすっかり子ども姿が板に付いていた。

「いつの間に子どもが?」

「「はぁああああ?!」」

 エンデバート卿の失礼な言葉に、杖が同時に声をあげる。

 うん。訂正しよう。二人ともに目つきがムチャクチャ悪い。元々つり目のセラフィアスに加えて、クラヴィスまでも目をつり上げていた。

 その様子に、ようやく、レティーティア殿の表情が動く。

「杖精が二人いるなんて」

 力のないつぶやきが唇から漏れた。

「これで分かったでしょ? 三つ目の魔導具との契約なんて、最初から無理な話だって」

 がっくりと肩を落とし、うなだれるレティーティア殿。

「こちらの情報では、杖は『鎮圧のセラフィアス』のみだと…………」

 途中まで喋って、後は口ごもる。

 あまりの落ち込みように、なんだか悪い気がしてきた。

 声をかけようとして、グレイの後ろから前に出ようとすると、私より先に両脇の二人が動く。

 二人してささっとグレイの前に出ると、落ち込むレティーティア殿に向かって、お返しとばかりに生意気な言葉を言い放った。

「なんだ。杖精のくせに、魔導具は二つまでしか契約が出来ないことを、知らなかったのかい?」

「だいたい、杖精のくせに、自分に見合った主を待とうという、心掛けも忍耐力も足りないよな」

 ペチャクチャとどう見ても子どもな二人は、子どもの口調でバカにしたようにせせら笑った。

「僕は七百年くらいかな」

「僕なんて千年以上、待ったぞ」

 うん、この二人。お一人様の期間が、十年二十年というレベルじゃなかったわ。
 それだけ使いこなせる魔術師がいなかった、ということになる。

 二人の年数自慢を聞いて、レティーティア殿は顔を赤らめた。

 心掛けや忍耐力が足りないと言われてカッとなったのか、はたまた、待ち時間の短さを恥じたのか。

 さて。

 こちらの奥の手は見せたわけだし、そろそろ、このバカげた話し合いを終わりにするとしようか。

「私の杖の話はおいといて。いい加減、ふざけたことは止めてくれない?」

 自分の負けを悟ったレティーティア殿は脇に置き、状況がまるで分かっていないエンデバート卿に対して、私は指を突きつけた。

 もちろん、グレイの背中越しに。
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