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4 聖魔術師の幻影編

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 パーティー会場からの帰りは、ソニアといっしょだった。

 未だ、パーティーは続いているので、会場である大広間付近からはキラキラと明かりがこぼれている。

 私たちはそんなキラキラに背を向けて、宿泊している迎賓館の本館へと、歩いていた。

 歩き、そう歩きで。

 新リテラ王国の王宮は、グラディアと違ってこじんまりとしている。徒歩であちこち歩いて回れるくらいの狭さ。
 王城内だけで一つの街くらいの大きさもあるグラディアとはまるで違う。

 大きく違うのは移動手段。

 グラディアの王城は広いので、王城内でも車を使っていた。
 普通の馬車であったり、今回使った大型移動車のような軍馬の車だったり、魔獣馬を使った車、最近、クズ男が開発している魔力車、様々な車が行き交う。

 対して、新リテラ王国の王宮は基本徒歩。

 獣馬の臭いが王宮内に立ちこめて不快だからと、馬車は内部では使わない。稀に、騎士が馬で移動するくらいだそうだ。

 ここで生活していると、足腰強くなりそうだわ。

 と最初は思っていた。

 あることを思い出すまでは。

 そう。新リテラ王国で魔術師といえば、回復魔法を扱う魔術師を指すほど、回復術師の数が多い。
 つまり、ここでは疲労や痛みなどは、魔法で簡単に治すのが当たり前。

 王宮内でも、回復場と呼ばれる小さな円形の場がところどころに設けられていて、そこでちょっとした疲れを回復できるそうな。

 そんなわけで、今、私とソニアもこの回復場を経由しながら歩いている。

「早くグラディアに帰りたい」

 回復場は回復魔法の術式が組み込まれた魔法陣がベース。毎日、王宮の聖魔術師たちがここに魔力を溜め込んで使えるようにしているらしい。

「疲れてますわね、エルシア」

「国外なんて初めてだし」

「まぁ、そうですわね」

 公爵令嬢のソニアもドレスで歩かされるとは思ってもいなかったようで、しっかり回復場を利用していた。

 いや、むしろ、使わないと歩けないレベルだろう。ドレスって生地が多くて意外と重いんだよね。

 それでも、回復場のおかげで会話をしながら歩けるくらいの余力はあるようで、私が何か喋れば、ソニアから何かが返ってきた。

「しかし。予想以上に複雑そうですわね。簡単に帰れるとよろしいんですけど」

「ソニア、不安なこと、言わないでくれる?」

「ですが、エルシア。あなた、狙われていますでしょ?」

 ソニアがはっきりと口にするのには理由があった。




 大広間から帰る直前のこと。

「エルシア・ルベラス様、折り入ってお話があるんですが」

 ソニアとともに会場から帰ろうとした矢先に、レティーティア殿が話しかけてきたのだ。

 銀髪銀眼に白い魔術師の服装。典礼用なのか、昨日から見ている物より紋様が派手に入っている。
 この紋様、見覚えがあるような気がするのに、未だに思い出せなかった。

 服装も目立つけれど、茶系統の髪色が多いこの国で、レティーティア殿の銀髪はとてもよく目立つ。

 にもかかわらず、周りの人間は誰一人、レティーティア殿に話しかけもせず、視線を止めることもせず。まるで、レティーティア殿がそこに存在しないかのように扱っていた。

 現に私たちに近づいてきたときも、ソニアやソニアの護衛騎士たちはまるで気がつかなかった。

 後から思えば、ソニアが気がつかないというのも、妙な話。

 なにしろレティーティア殿の魔力量は、かなりの物で、ソニアよりはるかに多い。人間にしては頭抜けている方だと思う。
 その魔力に、ソニアが気がつかないはずがないのに。

 もちろん、私もグレイもレティーティア殿の魔力に気がついて、思わず二人で身構えたことに、バルザード卿が気がついて。

「お嬢への公式面会は、グラディアのグリプス伯を通していただきたい」

 と、丁寧に応対してくれた。

 ところが。

「非公式なお話なんです」

 とレティーティア殿。

 いやいや、非公式な話をこんな人目のある場所で?

 バルザード卿もこの返しには呆れたようで、あっさりと切って捨てた。

「なら、お受けできませんね」

「では、公式な話にしてもよろしいのですね?」

「内容にもよります」

 脅すような言い方に何かを感じたのか、バルザード卿も言質を取られないよう慎重に返す。

「こちらもルベラス様に嫌われたくはありませんの。まずは非公式なお話として、お耳に入れてください」

 これは聞かないと帰してくれないヤツだ。
 私は早々に諦めて右手をくるっと捻る。

「私の目の前で独り言をつぶやくくらいなら、構いませんけど」

「他の方に聞かれますが、よろしいんですね?」

 またもや脅すような物言いのレティーティア殿。
 何か言いたげな顔をするグレイの腕を、右手でポンポンと叩いて落ち着かせると、私は返事をした。

「ソニアと私の専属護衛には聞かれても大丈夫です」

「周りの他の方にも聞こえますけど?」

 通常なら、パーティー会場の片隅とはいえ、人目も多く、内緒話をするようなところではない。

 それを指摘しているんだろうけど、ならば、こんなところで話しかけてくるな、と言ってやりたい。言わないけど。

 代わりに別なことを言ってあげた。

「大丈夫です。聞こえないので」

 そう。私たちの周りはすでに《遮音壁》で囲まれている。
 これに《認識阻害》も加えてあるので、周りは声も聞けないし、喋っていることすら分からない。ましてや、誰がここにいるのかも記憶に残らない。

「失礼しました。あなたはセラですものね」

 舐めてもらっては困る。
 勘違いしてもらっても困る。

 三聖の一つ、セラフィアスの主だからセラとは呼ばれているけど。それは『セラだから実力がある』とういうことではない。

 セラフィアスの言葉を借りれば『実力があるからセラになった』というだけ。
 杖の主になったからといって、元々の実力が伸びるわけではないから。

 レティーティア殿の言葉が、どちらを意味しているかは分からなくても、私がセラフィアスの主であることは認識されているようだ。

 彼女が持つ銀眼には、セラを見分ける能力はないので、おそらく、金眼のメッサリーナ殿からの情報か。

 どちらにしろ、私の手の内の半分はバレている。

「それで?」

 嫌な予感を胸にいだいたまま、慎重に先を促した。
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