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4 聖魔術師の幻影編
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騎士隊の訓練場は五分とかからず到着した。
どうやら、最初から騎士隊を見学させるつもりだったようだ。
でなければ、こんな最適経路で騎士隊のところへ来れていないと思う。
騎士隊を見せて「やっぱり新リテラ王国の騎士は素敵だね」と思わせたかったようだけど。
騎士隊の訓練場に着いて十分後、
「やっぱりうちの騎士は最高だね」
その場にいた騎士の、四分の一ほどを叩き伏せたバルザード卿を見て、私は思わず感想を口にしてしまった。
それにしても、新リテラ王国の騎士隊と私の専属護衛との対決だなんて、いきなりの展開。
「ところで、凄いことになったね」
また一人、バルザード卿が相手の騎士を叩き伏せた。
訓練用の剣を使った対戦なので、人死は出ないだろうけど。木で作られた模擬剣とはいえ、魔剣士が使えば十分、殺傷力のある武器となる。
バルザード卿は剣術大会で優勝した実力者ではあるものの、経験年数的には、騎士に成り立ての新人。
魔剣士を目指して修練していても、まだまだ魔剣士としての戦いは出来ていなかった。
それなのに、いい調子で相手の騎士を倒していく。自分のところの騎士が勝ちまくるこの爽快感。とても気分的がいい。
「て、エルシアが余計な口を挟んだからでしょう」
ソニアは私の隣でジロリと私を睨む。
「えー、本当のことしか言ってないし」
「だからって。新リテラ王国の騎士隊に向かって、うちの後援家門の騎士の方が強いと言い切るのも、どうなのかしら」
「えー、本当のことだし」
十分前の私はそんなことを言ってしまったのだった。向こうの騎士たちが、とてもとてもうざかったので。
騎士隊の訓練場は、グラディア王国の修練施設と似たようなところだった。
広い闘技場や試合場のような場所ではなく、狭めで、個別の練習が出来るような場所になっている。
私たちが着いたときには各々が剣の素振りをしたり、打ち込みをしたり、または組になって申し合わせ稽古をしたり。
グラディアの騎士団の訓練よりも少しのんびりした感じで、個別の訓練が行われていた。
ところがである。
私たちが、というより、エンデバート卿が私たちを連れて到着するやいなや、彼らは一斉に動きを止め、エンデバート卿に向かって待機の姿勢。
エンデバート卿が見学する私たちを丁寧に紹介している合間にも、少しざわざわとして会話が漏れ聞こえてきた。
「どっちが、バルシアス卿のお相手だ?」
と。
値踏みされるような目で見られて、私もおもしろくない。
ましてや、ぴったり隣に寄り添うグレイが、漏れ聞こえる会話を耳にして、ピクッ、ピクッと動いていた。
理由は分からないけど、グレイの機嫌がもの凄く悪い。長いつきあいなので雰囲気で分かった。
背中越しに、後方に控えるバルザード卿を見ると、
「(お嬢、隊長がヤバい)」
うん。 それは私も今まさに感じてる。言葉にしなくても分かるから。
だからといって、私に縋るような視線を送っても無駄なんだけど。
ふーっとため息を吐いて、視線を前に戻すと、今度はがやがやと賑やかな様子。
見ると、手のひらを上に向けて、私に手を差し出すエンデバート卿がいた。
「?」
なんだろう、この手。
私は眉を寄せ、目の前に差し出された手をじーっと見る。
滑り止めがついた鹿革の手袋をつけた手は、大きくがっしりとしていた。剣士の手だ。
普通の騎士は、利き手の方が少しだけ大きく、腕も少しずつだけ太いので、手を見れば、相手の利き腕やどんなタイプの剣士なのかが分かるんだそうだ。
その論拠からすると、エンデバート卿は右利きで、魔力をほとんど感じられないので、魔剣士や魔導騎士ではない純粋な騎士のようだった。
「レディ。お手を」
そう言って、コクリと首を傾けるエンデバート卿。自分の左手を差し出してくる。
あ。
これはエスコートか。
差し出された左手の上に、右手を重ねると、周りの騎士たちから沸き上がる歓声。
けれども、目の前のエンデバート卿は微妙な顔をしている。
そして、それは私の隣にいたソニアも同じだった。
「エルシア、何をしていますの?」
「え? 何って」
私はエンデバート卿の左手の上に重ねられた右手を見る。
「エスコートでしょ?」
「まぁ、そうですわね」
「だから、手を乗せればいいんでしょ?」
「まぁ、そうですわね」
「だから、手を乗せたんだけど?」
首を傾げて、今度はソニアの顔を見た。
やはり微妙な顔のままのソニアは、空いた左手を自分の口元に当てて、大きく咳払いをする。
「そこは、自分の手を乗せるものではなくて?」
私は再び重ねられた手を見た。
当然、私の手ではない。
差し出されたエンデバート卿の左手に乗せられているのは、ソニアの右手。
もちろん、私が右手首を掴んで乗せてあげたもの。
なんで、自分の手ではないかと言うと、
「私の右手は専属護衛に守られてるから」
「エルシア、意味が分からないわ」
当然、私の右手は、グレイの左手に握りしめられていた。離そうと思っても離してくれないんで、これは私のせいではないと言いたい。
「どう見ても、エンデバート卿はエルシアに向けて手を差し出してましたよね?」
「まぁ、とにかく、周りの騎士も喜んでるし」
そうなのだ。
エンデバート卿がソニアの手を取ったとたんに起こった大歓声。
「ついに、バルシアス卿にお相手が」
「隣国のご令嬢らしいぞ」
「おめでとうございます、バルシアス卿」
続く騎士たちの喜びの声に、私はわざとエンデバート卿がここに連れてきたことを、再度、認識した。
最初からこれが目的だったんだ。
大勢の同僚の騎士たちの前でエスコートをして、仲の良いところを見せること。
「(お嬢、周りの騎士たちも共謀ですよ。最初の計画では、お嬢だけ、誘い出すつもりだったんでしょうね)」
バルザード卿が囁く。
「(なのにカエルレウス嬢も同行した上、手を取ったのもカエルレウス嬢だったから)」
「(ソニアが狙っていたお相手だと勘違いして、喜んでるのか)」
ソニアの右手をエンデバート卿に譲り渡してしまったことを、内心、謝りつつ、私は周りの反応を冷静に窺った。
エンデバート卿の方は、自分から手を差し出しておいて、さすがにレディの手を振り払うわけにもいかないので、ソニアの手を握ったまま。
ソニアもソニアで、乗せられてしまった手を振り払うわけにもいかないので、そのまま。
周りの賑やかさと比べて、明らかに微妙な空気が二人の間に漂っている。
そして、ぎこちない空気感を、周りの騎士たちは読み切れていなかった。
エンデバート卿もそうだけど、ここの騎士たちはおおむね腹黒属性とは正反対の性質を持つ。空気を読むという、高等技術を持つ騎士は見るからに少ない。
「まったく、どうしようもないなぁ」
この空気感の原因を作った私が言うのもなんだけど。
状況を読み切れない残念な騎士たちを前にして、私も油断してしまったようで。
今まで掴んでいたソニアの右腕を離すと、私の口からポロッと言葉がこぼれた。
「うちの家門の騎士の方が、よっぽど優秀だわ」
これを聞き咎めた一部の騎士が騒いで、こちらも売り言葉に買い言葉のように応戦してしまい、最初の状態に戻る。
ともあれ、今のところ、バルザード卿は連戦連勝。負ける気がしない。
しかしここで、予想だにしない事態が生じた。
どうやら、最初から騎士隊を見学させるつもりだったようだ。
でなければ、こんな最適経路で騎士隊のところへ来れていないと思う。
騎士隊を見せて「やっぱり新リテラ王国の騎士は素敵だね」と思わせたかったようだけど。
騎士隊の訓練場に着いて十分後、
「やっぱりうちの騎士は最高だね」
その場にいた騎士の、四分の一ほどを叩き伏せたバルザード卿を見て、私は思わず感想を口にしてしまった。
それにしても、新リテラ王国の騎士隊と私の専属護衛との対決だなんて、いきなりの展開。
「ところで、凄いことになったね」
また一人、バルザード卿が相手の騎士を叩き伏せた。
訓練用の剣を使った対戦なので、人死は出ないだろうけど。木で作られた模擬剣とはいえ、魔剣士が使えば十分、殺傷力のある武器となる。
バルザード卿は剣術大会で優勝した実力者ではあるものの、経験年数的には、騎士に成り立ての新人。
魔剣士を目指して修練していても、まだまだ魔剣士としての戦いは出来ていなかった。
それなのに、いい調子で相手の騎士を倒していく。自分のところの騎士が勝ちまくるこの爽快感。とても気分的がいい。
「て、エルシアが余計な口を挟んだからでしょう」
ソニアは私の隣でジロリと私を睨む。
「えー、本当のことしか言ってないし」
「だからって。新リテラ王国の騎士隊に向かって、うちの後援家門の騎士の方が強いと言い切るのも、どうなのかしら」
「えー、本当のことだし」
十分前の私はそんなことを言ってしまったのだった。向こうの騎士たちが、とてもとてもうざかったので。
騎士隊の訓練場は、グラディア王国の修練施設と似たようなところだった。
広い闘技場や試合場のような場所ではなく、狭めで、個別の練習が出来るような場所になっている。
私たちが着いたときには各々が剣の素振りをしたり、打ち込みをしたり、または組になって申し合わせ稽古をしたり。
グラディアの騎士団の訓練よりも少しのんびりした感じで、個別の訓練が行われていた。
ところがである。
私たちが、というより、エンデバート卿が私たちを連れて到着するやいなや、彼らは一斉に動きを止め、エンデバート卿に向かって待機の姿勢。
エンデバート卿が見学する私たちを丁寧に紹介している合間にも、少しざわざわとして会話が漏れ聞こえてきた。
「どっちが、バルシアス卿のお相手だ?」
と。
値踏みされるような目で見られて、私もおもしろくない。
ましてや、ぴったり隣に寄り添うグレイが、漏れ聞こえる会話を耳にして、ピクッ、ピクッと動いていた。
理由は分からないけど、グレイの機嫌がもの凄く悪い。長いつきあいなので雰囲気で分かった。
背中越しに、後方に控えるバルザード卿を見ると、
「(お嬢、隊長がヤバい)」
うん。 それは私も今まさに感じてる。言葉にしなくても分かるから。
だからといって、私に縋るような視線を送っても無駄なんだけど。
ふーっとため息を吐いて、視線を前に戻すと、今度はがやがやと賑やかな様子。
見ると、手のひらを上に向けて、私に手を差し出すエンデバート卿がいた。
「?」
なんだろう、この手。
私は眉を寄せ、目の前に差し出された手をじーっと見る。
滑り止めがついた鹿革の手袋をつけた手は、大きくがっしりとしていた。剣士の手だ。
普通の騎士は、利き手の方が少しだけ大きく、腕も少しずつだけ太いので、手を見れば、相手の利き腕やどんなタイプの剣士なのかが分かるんだそうだ。
その論拠からすると、エンデバート卿は右利きで、魔力をほとんど感じられないので、魔剣士や魔導騎士ではない純粋な騎士のようだった。
「レディ。お手を」
そう言って、コクリと首を傾けるエンデバート卿。自分の左手を差し出してくる。
あ。
これはエスコートか。
差し出された左手の上に、右手を重ねると、周りの騎士たちから沸き上がる歓声。
けれども、目の前のエンデバート卿は微妙な顔をしている。
そして、それは私の隣にいたソニアも同じだった。
「エルシア、何をしていますの?」
「え? 何って」
私はエンデバート卿の左手の上に重ねられた右手を見る。
「エスコートでしょ?」
「まぁ、そうですわね」
「だから、手を乗せればいいんでしょ?」
「まぁ、そうですわね」
「だから、手を乗せたんだけど?」
首を傾げて、今度はソニアの顔を見た。
やはり微妙な顔のままのソニアは、空いた左手を自分の口元に当てて、大きく咳払いをする。
「そこは、自分の手を乗せるものではなくて?」
私は再び重ねられた手を見た。
当然、私の手ではない。
差し出されたエンデバート卿の左手に乗せられているのは、ソニアの右手。
もちろん、私が右手首を掴んで乗せてあげたもの。
なんで、自分の手ではないかと言うと、
「私の右手は専属護衛に守られてるから」
「エルシア、意味が分からないわ」
当然、私の右手は、グレイの左手に握りしめられていた。離そうと思っても離してくれないんで、これは私のせいではないと言いたい。
「どう見ても、エンデバート卿はエルシアに向けて手を差し出してましたよね?」
「まぁ、とにかく、周りの騎士も喜んでるし」
そうなのだ。
エンデバート卿がソニアの手を取ったとたんに起こった大歓声。
「ついに、バルシアス卿にお相手が」
「隣国のご令嬢らしいぞ」
「おめでとうございます、バルシアス卿」
続く騎士たちの喜びの声に、私はわざとエンデバート卿がここに連れてきたことを、再度、認識した。
最初からこれが目的だったんだ。
大勢の同僚の騎士たちの前でエスコートをして、仲の良いところを見せること。
「(お嬢、周りの騎士たちも共謀ですよ。最初の計画では、お嬢だけ、誘い出すつもりだったんでしょうね)」
バルザード卿が囁く。
「(なのにカエルレウス嬢も同行した上、手を取ったのもカエルレウス嬢だったから)」
「(ソニアが狙っていたお相手だと勘違いして、喜んでるのか)」
ソニアの右手をエンデバート卿に譲り渡してしまったことを、内心、謝りつつ、私は周りの反応を冷静に窺った。
エンデバート卿の方は、自分から手を差し出しておいて、さすがにレディの手を振り払うわけにもいかないので、ソニアの手を握ったまま。
ソニアもソニアで、乗せられてしまった手を振り払うわけにもいかないので、そのまま。
周りの賑やかさと比べて、明らかに微妙な空気が二人の間に漂っている。
そして、ぎこちない空気感を、周りの騎士たちは読み切れていなかった。
エンデバート卿もそうだけど、ここの騎士たちはおおむね腹黒属性とは正反対の性質を持つ。空気を読むという、高等技術を持つ騎士は見るからに少ない。
「まったく、どうしようもないなぁ」
この空気感の原因を作った私が言うのもなんだけど。
状況を読み切れない残念な騎士たちを前にして、私も油断してしまったようで。
今まで掴んでいたソニアの右腕を離すと、私の口からポロッと言葉がこぼれた。
「うちの家門の騎士の方が、よっぽど優秀だわ」
これを聞き咎めた一部の騎士が騒いで、こちらも売り言葉に買い言葉のように応戦してしまい、最初の状態に戻る。
ともあれ、今のところ、バルザード卿は連戦連勝。負ける気がしない。
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