運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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4 聖魔術師の幻影編

2-9

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 グラディアの使節団の部屋は、王宮の外宮にある迎賓館にあった。

 二棟に分かれている本館の半分がグラディア、半分がマギカイ、別館は人数が少ない参加国の要人が泊まるようだ。

 館に向かう途中、グレイが「誰かにつけられている」と野生の勘を働かせたため、渋々、遠回りをして館に戻ると、館の入り口に見知った人影。

 私はその人影に声をかけた。

「クラウド? 護衛は、大丈夫なの?」

 そう。そこにいたのはフォセル嬢の護衛をしているはずのクラウド。

 クラウドは私たちのところに走り寄ってくる。

「ミライラはエンデバート卿とバラを見ているから。フェリクスが同行している」

 あー、そうだった。

 ダイアナ嬢やカス王子もいたから、護衛団の騎士もかなり動員されてるはずだ。

「専属護衛は一人だけでかまわないと、言われたから」

 それで、フェリクス副隊長を置いてきたのか。後で文句を言われないといいけど。

 ところで何の用だろう。

 ソニアたちには先に戻ってもらうことにして、私は専属護衛といっしょに、この場でクラウドの用事を聞く。

「それで、エルシア。明日、城下に行く時間が取れるみたいなんだ」

「あー、いっしょに行こうって言ってたヤツ。行けそうなの?」

 クラウド、覚えていてくれたんだ。

 些細なことだけど、なんだか嬉しくて、思わずにんまりとしてしまう。

「新リテラの護衛隊の騎士たちに、こっちで流行りのスイーツ店も聞いておいたから、明日、行こう」

「流行りのスイーツ!」

 私の言葉に、専属護衛がピクリと動く。

 いやだって。せっかく国外に来たんだから、特産とか流行りものとか、食べてみたいじゃないのよ。
 ここでも美味しいものは食べられるだろうけど、自分の足であちこち歩いて食べる庶民料理だって美味しいものがあるし。

「エルシアも、クストス隊長と同じで甘いもの、意外と好きだよな」

「意外? 意外ってどういう意味よ?」

 私がクラウドに言い募ろうとした矢先、ザワザワと話し声と足音が近づいてきた。

「おい、クラウド! お前、一人で、何やってるんだよ!」

 少し離れたところから、フェリクス副隊長の怒鳴り声。

「あ、ヤバい。フェリクスに見つかった。それじゃ、またな。エルシア、変なことするなよ」

「変なことって?」

「反省文になるようなこと」

「専属護衛もいるから大丈夫」

 な、はず。

「だな。じゃあな」

 クラウドは私の護衛に黙礼すると、一言残して走り去っていった。




「流行りのスイーツか」

 一夜明けて、翌日の朝。

 私は部屋で食後のお茶を片手に、見たこともないスイーツの妄想を頭の中で膨らませていた。

「エルシア、わたくしの話、聞いてましたの?」

「エルシア、大丈夫ー? 疲れてるー?」

「え、いやいや大丈夫大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだから」

「エルシア、本当に大丈夫ですの?」

「昨日からずっと部屋に籠もりっぱなしでしょー? 私とソニア、心配してたんだよー」

 そう。

 昨日、クラウドと話をした後、グレイの勧めもあって、私はずっと部屋で過ごしていたのだ。

 昨日の夕食も今日の朝食も、部屋でグレイと二人。

 そして、朝食の後でお茶を飲もうとしたところで、ソニアとリュリュ先輩の訪問を受け、みんなでお茶をしていたと。

「グリプス伯とクラウドとフェリクスとうちのリンクス隊長も心配してたし、おまけにヴォードフェルム隊長も心配してたー」

「え? ほぼみんな?」

「そーだよー、体調大丈夫なら、今日の夜は参加しよー?」

 どうやら、みんなに心配させてしまったようだ。

 でも。

 たっぷり休んだおかげで、体調不良は治まって、今日はすっきりしている。

「それで体調不良の原因は分かったんですの?」

 ソニアの問いかけに答えたものかどうか、うーんと考えてから、口を開いた。

「知らないうちに、いつもより多く魔力を使っていたみたいで」

「え? 知らないうちにってどういうことー?」

 がばっととリュリュ先輩が身体を乗り出す。

「リュリュ先輩は、私がセラだってことは知ってますよね?」

「もちろん、知ってるわー」

「セラって、鎮圧が得意なんですよ」

「それも知ってるー」

「つまり、こちらに攻撃を仕掛けてくる相手に対して、最大限の力を発揮させるんです」

「その話と、知らないうちに魔力を使ってるのと、どう関係するのー?」

 今までうんうん頷いていたリュリュ先輩か、うーん?と頭を斜めにする。

「相手からの攻撃って無差別なんですよ。合図があってから攻撃してこないんです」

「それはそうよねー」

「だから、相手からの攻撃に対して、意識しないでも対処します」

「え? 無意識にってこと?」

 リュリュ先輩が頭を斜めにしたまま、固まった。

「そうです」

「例えば、こっそり後ろから殴りかかろうとしたり?」

「通常は勝手に《防御》して、殴りかかられてもケガをしないようにするようです」

「あー、それで、知らないうちに魔力が減るとー」

 斜めの頭を真っ直ぐに戻して、リュリュ先輩はポンと手を打つ。そしてまた固まった。

「まさかとは思うけどー、『通常は』ってことは『通常じゃない時』もあるってことー? しかも無意識で?」

「私は意識してないんで、よく分からないんですよね」

 無意識で行っている行動など、覚えているはずがない。『勝手に防御』だって、グレイに指摘されて初めて分かったことだった。

 私とリュリュ先輩とのやり取りを黙って聞いていたソニアが、カタッとカップを置く。

 そして語り始めた。

「学院時代、エルシアのことが気に入らない人間がおりましたの、何人か」

 ソニアが語り始めたのは、学院時代の話だった。

 黒髪で魔術師志望の人間はほぼいない。私の代は私だけで、とにかく目立った。中には私のことを、というか、黒髪で魔術師コースを志望する人間を、よく思わない人もいる。

 そんな人間を牽制する意味もあって、グレイから最初にガツンとやれ、と言われて。その通りにガツンとやって。

 そのおかげか、表立って絡まれることはなかったけれど、隠れて何か言っている人はいたはずだ。

 そんなのをいちいち気にしていたら、キリがない。

 私が気にしなくても、ソニアは気にしていてくれたようだ。

「彼らはエルシアを害そうとして、階段から突き落とそうとしたり、上から物を落とそうとしたり、挙げ句の果てには馬車で轢こうとしましたわ」

 マジで? やられた私が、全然、気がつかなかったってどういうこと?

 しかも、

「最後のは、もはや犯罪」

「いやいや、エルシア。最初のも軽犯罪だから、ぜーーーんぶ犯罪よー!」

 私がボソッと漏らしたつぶやきに、リュリュ先輩が悲鳴を上げる。

「でも、そんなことされた記憶、ないんだけど」

「でしょうね。害そうとした瞬間、爆発したようですから」

 ソニアの口から不穏な言葉が出た。

「「爆発?」」

「おそらく、セラの自衛本能で勝手に相手を攻撃したんだろう、という結論に至りました」

「「勝手に攻撃?!」」

「被害拡大を防ぐためもあり、わたくしたちの代の魔術師コースは他の代やコースとの交流が制限されたのです」

「「えーーー」」

 私とリュリュ先輩が同時に悲鳴をあげた。

「て、なんでエルシアがいっしょになって驚いてるのよー」

「だって、初耳だし」

 セラフィアスやグレイはもしかしたら知ってたのかもしれないけど、とにかく、私の耳には入ってこなかったし、爆発についてもまるで気がつかなかった。

 そんなことある?

「というのが、『通常じゃない時』の一例ですわ。これで、お分かりいただけたでしょうか?」

 ソニアがさらっと話を締めくくると、私もリュリュ先輩も高速でコクコク頷いたのだった。




 ソニアの話が終わって、私たちは迎えを待っていると、

 コンコン

 と控えめに扉を叩く音が聞こえた。

 ようやく迎えが来たようだ。

 これから昨日の続きで、金冠の主になる儀式の予行練習をしたら、後は夜まで自由な時間。

 クラウドとの王都巡りを頭の中で思い浮かべ、呼ばれるのを待っていたが、いつまで経っても、部屋を出る気配がない。

 少し前、「お迎えにあがりました」という声に応じて、ソニアの専属護衛の騎士が扉の外に出ていったはずなのに。

「メッサリーナ様が来たのではなくて?」

 応じた騎士が迎えと話し込んでいるのを待ちきれなくなったのか、ソニアが立ち上がろうとしたところ、騎士が一人、慌てた様子で戻ってきて。

 予定外の人物がやってきたのを聞かされたのだった。
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