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4 聖魔術師の幻影編

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 私はグラディア王国の王都を出た後のことを思い出していた。

「ミライラの護衛になるなんて、あの時、初めて聞かされたんだ」

「うん、上司からの命令じゃ、仕方ないよね」

 前と後ろの大型車に分かれてから、一度だけ、クラウドと話す機会があった。

 どこか焦ったようなクラウドに呼び止められて、なんか言い訳のようなことを言われて。

 私だって、まさか、彼らが専属護衛としてついてくるとは、まったく知らされていなかったので。クラウドがそんなに焦らなくてもいいのに、と思っていた。

 むしろ、焦るのは私の方だ。

 急な国外任務の連絡をしたのに、怖いくらいに静かだった私の保護者。

 どうりで静かなはず。

 同行することになってたわけだから。

 そう。

 急遽、変更になった私の専属護衛は、後援家門の騎士二人。
 私の自称保護者のグレイと、新人騎士のバルザード卿。二人ともこの前の剣術大会の優勝者だ。

 グレイが強いのはさておき、バルザード卿もクラウドを破って決勝まで進出し、見事に優勝。

 強さは剣術大会の結果の通りだし、後援家門の騎士なので、私の行動パターンは熟知していた。まさに護衛にうってつけ。

 王太子殿下から、私の国外行きはかなり心配されている。だから、いろいろな意味で最強の専属護衛をつけるのは当然といえた。

 とはいえ、自由に行動できなくて、私は困っていた。

 今もピッタリ、グレイに見張られているし。

「向こうについたら自由時間もあると思うから、その、いっしょに王都でも見て歩かないか?」

「え?」

 おずおずと、クラウドが切り出してきたのは、自由時間のお誘い。

 グレイの様子から見て、グレイは私が何かやらかすと思っている。そんなグレイの見てる前で、そんなこと言うかなぁ、言っちゃうかなぁ。

「ほ、ほら。エルシア、甘いものとか、珍しいものとか、好きだろ? 新リテラ王国なんて滅多に来れないんだし、いっしょに探すのもいいかなと思って」

 甘いもの、ちょっとだけ心が惹かれる。

「うん。私、新リテラ王国に初めて行くから。誰かがいっしょなら、安心できると思う」

 たぶん、私の専属護衛もいっしょについてきそうだけど。そのときはそのときだ。

 とにかく、これで反省文の心配がなくなる。

 と、次の瞬間、

「ちょっと待った! エルシア、俺もいるんだけど!」

 叫び声と同時に、クラウドが体当たりされて脇にとばされ、私はグレイにひょいと持ち上げられて距離を取らされた。

 文字通り、割り込んできたのはフェリクス副隊長。

「フェリクス、自由時間は交代で、ってさっき話しただろ」

「抜け駆けする話は聞いてない! だからエルシア、俺もいるんだけど」

 同じ事を二度言った。フェリクス副隊長がいるから何なんだろう?

 私はグレイに庇われる状態で二人を見て、首を傾げる。

「さきほど聞いたので知ってますけど?」

「だからつまり、俺も新リテラ王国に着いたら、エルシアと、」

 王都巡りは一回行けば十分なんだけど、私的には。

「自由時間に二回も王都巡りしなくていいですよね?」

 私はフェリクス副隊長の提案を、出される前に却下した。

 それからすぐ、騎士たちがざわざわし始めた。

「そろそろ、それぞれの車に乗ってください。出発しますので」

 リンクス隊長の声が辺りに響く。リンクス隊長は続けて周りの騎士たちにも指示を出した。

 どうやら、休憩は終わりのようだ。

 グラディア内で一泊して、明日には新リテラ王国との国境を越える。

 私はグレイに促された。無言の圧というやつだ。話をしてないでさっさと車に乗れと。

「クラウドも護衛であまり自由に動けないと思うから。また向こうでね」

「あぁ、エルシア。楽しみにしているからな」

「エルシア、まだ俺の話は終わってないから!」

 そんな会話をして、私は車に乗った。

 それから、クラウドとは個人的に会う機会はまったくなかった。

 新リテラの王都観光、ちょっと楽しみに思ったけど、クラウド、きっと忘れてるよな。




「お疲れさまでした。晩餐の時間まで、部屋でおくつろぎください。庭園をご覧になりたい方はお申し出くださいませ」

 最後のメッサリーナ殿の発言で、それぞれ、部屋を退出する準備を始める。

 もっとも、私もソニアもリュリュ先輩もすでに立ち上がって、出る準備は終えていたけど。

「エルシア、どうするー? 庭、見に行くー? でも頭、痛いんだよねー?」

 リュリュ先輩が心配そうな顔で、私の顔を覗き込む。隣にいるソニアも同じ顔だ。

「ちょっとだけ、見ていこうかな」

 少し考え込んでから返事をすると、いつの間にかやってきたのか、ルキウス殿下の声。

「それなら、バルシアスに案内させよう」

「「え」」

 私たち三人の声が揃う。
 リュリュ先輩とソニアは思いっきり迷惑だという顔をしていた。きっと、私も同じ顔だ。

 なのに、ルキウス殿下はお構いなし。

「いい、いい。遠慮などしないでくれ」

「遠慮します」「面倒なんで」

 私たち、どう見ても、遠慮する顔はしてない。むしろ、迷惑だという顔を全面に押し出している。

 それでも、ルキウス殿下は話を進める。

「ほら、バルシアス。しっかりやれよ」

 バシッと隣に立つエンデバート卿の肩を叩いた。

「殿下」

 エンデバート卿の方は見るからに困っている。だから、女性慣れしてない人に無理やり誘わせるのはダメだって。

「案内、いらないって言ってるのに」

「強引な男は嫌われるんだよねー」

 ルキウス殿下とエンデバート卿に聞こえるよう、わざと大きな声で、私とリュリュ先輩が文句を言った。

 私たちの声にピクリと反応するエンデバート卿。

「殿下、レディたちもあまり気乗りしていないようですから」

 ルキウス殿下は整った顔をしかめて、エンデバート卿に言い返す。

「バルシアス、そんな受け身でどうする? 剣術の試合と同じだよ。君の持ち味は果敢な攻めなんだから」

「そう言われましても。いきなり知らない男性に話しかけられても、お困りでは?」

「自分を知ってもらうためにも、まずはいっしょの時間をもたないとな」

 うん、話し合いが始まってしまった。

「リュリュ先輩、この隙にさっさといこうよ」

「だねー」

 私たちの方を見てない二人に対して、丁寧にペコリとお辞儀をすると、くるっと後ろを向いて、その場を後にした。

「庭園はまた今度だね」

「だねー」




 私たちの後ろの方で、エンデバート卿の声が再び聞こえた。

「それでは、レディ」

「え?!」

 あー、この声はフォセル嬢だ。

 ちょうどいいタイミングで、エンデバート卿のそばを通ったのか。

 ルキウス殿下たち、部屋を出てすぐの場所に陣取ってたから。嫌でも殿下たちの前を通らないと、部屋から出られない

「バルシアス卿。またエスコートしていただけるんですか。ありがとうございます」

「あ、あぁ。庭園のバラが見頃となっているんだ」

 チラッと後ろを振り向くと、エンデバート卿が気まずそうな顔で再びを誘い、ルキウス殿下があからさまにため息をついている様子が見えた。

「巻き込まれる前に、行きますわよ」

「うん」

 ソニアに促され前を向く私の背に、今度は別の声が聞こえてくる。

「まぁ、バラですか? わたくしも庭園の散策がしたいのですが、ルキウス殿下」

「ならば、ご案内します。ちょうどデュオニス殿下もいらっしゃいましたので、ご一緒に」

「え、わたくしは、ルキウス殿下と…………」

「ダイアナ嬢とバラを見られるとは、素晴らしい計らいだな」

 フフフ。

 ダイアナ嬢の方はルキウス殿下と二人で散策がしたかったようだけど、綺麗にかわされた模様。

 ともあれ、また声をかけられる前に、ここから早く移動しないと。

 早く移動するため早足で歩くことに夢中になっていた私は、後を追うようにとある人影がついてくることに気がつかないままだった。
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