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4 聖魔術師の幻影編

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「そうだ、バルシアス。お前も、素敵なレディをエスコートしたらどうだ?」

 ルキウス殿下の突然の言葉に、エンデバート卿が見事に固まった。

 事前にそんな話はなかったに違いない。

 エンデバート卿はしばらく動きを止めた後、急に顔を真っ赤にする。この様子だと普段からも女性慣れしてなさそうだ。

「ルキウス殿下。お会いしたばかりのご令嬢ですよ」

 思いっきり狼狽えている。

 顔が良いヤツは無茶ぶりが過ぎてこまるよね。

 そこへ、つんつんとリュリュ先輩が私とソニアをつついた。

「(あの団長さん、もしかして、ソニアかエルシアに一目惚れー?)」

「(ないない。ソニアかリュリュ先輩の方じゃないの?)」 

 口を押さえて、でもニマニマを抑えきれないリュリュ先輩を囲んで、ヒソヒソ話が始まる。
 ルキウス殿下たちからは見えないよう、私の専属護衛の背に隠れて。

「(エルシア、黒髪は意外と騎士に人気ですのよ)」

「(私に人気があるなら、私の専属護衛選抜で立候補五人ておかしくない?)」

 自分で言ってて悲しいけど、私が人気なのはフェルム一族だけ。しかも、私が人気なのではなく、私の黒髪が人気なだけ。

「(ですわね)」「(だね)」

 私の言葉に、ソニアもリュリュ先輩も何かに気がついたように、揃って同意する。

 真顔で同意されると、さらに悲しいものがあった。




 エンデバート卿の方は、どうやら、ルキウス殿下に言いくるめられたようだ。

「だからじゃないか。気になるレディがいるなら、どんどん話しかけないとな」

「そうですね。では」

 と言って、こちらに近付いてくる。

 ヤバい。
 なんか、ムチャクチャこちらを見てる。

 エンデバート卿は真っ直ぐ歩いてくると、私の目の前でさっと跪いた。

「レディ。エスコートさせていただけますか?」

 エンデバート卿が口を開くや否や、目の前がぱっと暗くなり、エンデバート卿が消える。

 あれ?

 いつの間にか移動させられてる。

 私の専属護衛に。

 そして、私を庇う専属護衛の背中の向こうから、フォセル嬢の驚くような声が聞こえた。

「え! 私ですか!」

 うん。見えない。

 ソニアとリュリュ先輩も背中の向こう側だ。二人の声もヒソヒソと聞こえてくる。

「(今、何がどうなりましたの?!)」

「(エルシアの護衛が、エルシアを持ってくるっとやってたー)」

「(た、ただ者ではありませんわね)」

「(あの素早さ、やるわねー)」

 うん。つまり、エンデバート卿にエスコートを申し込まれようとしていた私を、護衛がとっさの判断で持ち上げて無理やり移動させて。

 エンデバート卿は勢い余って、私の後ろにいたフォセル嬢にエスコートを申し込んでしまったと。

 勢い余ったとはいえ、エスコートを申し込んじゃったのを、いまさら、間違えましたとは言えず。

「ミライラ・フォセルです。バルシアス卿、よろしくお願いしますね!」

「あ、あぁ。よろしく」

 ぎこちなく、フォセル嬢の手を取り、エンデバート卿は立ち上がった。

 離れたところで見守っていたルキウス殿下の笑みがわずかにヒクッとする。

「(普通、あそこで避けるか?)」

「(グラディアでは、あれが普通なのではないですか?)」

「(護衛の身のこなしが、かなり慣れておりましたよ)」

 ルキウス殿下は笑顔のままで、周りの騎士たちとヒソヒソ話しているのが聞こえた。

 ちなみに、ルキウス殿下はダイアナ嬢の手を取った状態。ダイアナ嬢を待たせまままだ。

 いつもなら、待たされて癇癪を起こすはずのダイアナ嬢も、ルキウス殿下の手をギューッと握り締めてご機嫌の模様。

 自分の魔力や魔法の能力を日頃から散々自慢しているダイアナ嬢。
 彼女のことだから、茶髪茶眼の魔力なしは嫌がりそうなものなんだけど。ルキウス殿下の顔はそのマイナス要因を遥かに上回ったらしい。

 顔が良いって最強なんだな。

 私はそっと、私の専属護衛を見上げる。

 私の護衛もそれなりに格好良いけど、ルキウス殿下ほどではないかな。そんなことを思いながら見上げてしまった。比べたら怒られそうだ。

 彼は今、半分だけの簡易兜をかぶり額当てを目元まで下ろしている。表情が分かりにくい。

 顔バレしたくないからの装備なんだろうけど、分かりにくくして正解だ。

 素顔は厳つい強面系で、無愛想な表情。普通に立っているだけでもかなり怖い。

 顔は怖いけど、中身はそれほどでも。

 しごきは容赦ないし、魔獣狩りでは魔獣より怖いし………………て、怖くない要素がなかったわ。

 私が見上げているのに気がついたのか、専属護衛がボソッと、私にだけ聞こえる声で囁いた。

「(あの男、潰しておくか)」

 え?

「(お嬢、隊長を止めてください! 向こうの騎士がもがれます!)」

「(殺ると問題になりそうだから。潰すだけにしておいてやる)」

「(ダメですよ、隊長。殴るだけにしておかないと)」

 うん。とりあえず、どちらの話も聞かなかったことにしよう。

 私は心に固く誓った。

 さてさて、エスコートはどうなったかといえば、

「他のご令嬢もエスコートが必要なら……」

 との、ルキウス殿下の申し出を、

「いらないいらない、そんな面倒なもの」

「専属護衛がいますから不要ですわ」

 と、ぶったぎって終わりとなった。

 私のエスコートももちろん専属護衛。

 護衛騎士団全体をまとめているヴォードフェルム隊長と、そのサポート役のリンクス隊長が、ソニアとリュリュ先輩をエスコートするしないという一騒動があったり。

 エスコートにあぶれたクラウドとフェリクス副隊長が、同じくあぶれた専属護衛たちとつまらなさそうに、後からついてきたり。

 ルキウス殿下にエスコートされて舞い上がったダイアナ嬢が、うっかりカス王子の悪口を言ったりしながらも、私たちは悪くない雰囲気のまま、講習会の会場へと向かった。
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