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4 聖魔術師の幻影編
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私の専属護衛とも無事に合流し、私たちを乗せた大型車を先頭にして、移動は円滑に行われていた。
とはいえ、通常の倍の速さで移動できる特殊な軍馬を使っても、隣国の王都まではまる二日もかかるという。
うん、飽きる。
それに、乗りっぱなしというわけにもいかない。
私たちの車はある意味、慣れた人たちが乗っているので文句の一つも出ないのに対して、後ろの車では文句ばかり出た模様。
けっきょく文句に押されて、予定にない休憩を取ることになる。予定通りに行かずにイラつく使節団一行に護衛隊。
「誰だ、あんなカス、連れてきたのは」
休憩で真っ先にこぼしたのはリンクス隊長だ。
カスとはそう、あのカスで有名なカス王子、第二王子殿下。
問題なのは、どうしてカス王子がここにいるのか。
「カス、じゃなくて第二王子殿下が来るなんて、聞いてないけど」
「トリビィアス殿下が直前にケガをされまして。代わりにデュオニス殿下が」
同じく休憩で車の外に出てきたグリプス伯が事情を説明をしてくれたものの……
「タイミング、良すぎますよね」
「良すぎるってもんじゃねぇな」
「まぁ、そうなんですが」
誰かが何かやったんじゃないかと思えるほど、ピッタリのタイミングで、第三王子殿下がケガをした。
第三王子殿下は王宮騎士団の総副団長を務める武人。訓練中に、事故に巻き込まれ、足を負傷して、動くのに少し手が掛かるとのこと。
命に別状はないけど、ケガをした身体で国外公務はどうかという話になったんだとか。
「元々、外交部はデュオニス殿下の管轄なので、トリビィアス殿下の代わりにデュオニス殿下がいらしたというわけです」
「第二王子殿下は外交が得意なんですね」
意外だ。
「外面はいいですし。明るく社交的な性格ですからね」
「外面」
「あ、失礼。ご令嬢に聞かせていい言葉ではありませんね」
「気にしないでください。ご令嬢でもないですし、騎士団所属ですから」
グリプス伯も意外とバッサリとした物言いをするおじさんだった。
気さくさ、親しみやすさもあるし、外交部で長年なってきた割には、裏表はない性格に思える。
まぁ、裏表に関して実際どうなのかは、もう少し慎重に判断するようだけれど。
私の申し出を、グリプス伯はニッコリ微笑んでキッパリ却下する。
「いいえ、そういうわけにはいきません。ミレニア様のご息女様」
ミレニア様という言葉に息を飲んだ。私と私の護衛に緊張が走る。
そばで会話に加わっていたリンクス隊長も、私の事情は知っていたのか、無言で身構えていた。
グリプス伯はこちらの緊張にも動じず、ニコニコとしているだけ。
「私のことを知ってるんですね」
大きく頷く。
「だから、今回の使節団に選んでいただけたのです」
「私の母とはどういう関わりがあるんですか?」
尋ねると、グリプス伯は昔を懐かしむような、穏やかな顔をした。
もともと穏やかな顔立ちで穏やかそうな笑みを浮かべている人なのに、心の底から沸き上がってくるような感情が顔に出ている。
「私はミレニア様とともに外交に携わっておりました。ミレニア様は傍系の王族になりますので」
グリプス伯の話は初めて聞く話だった。お母さまの結婚前の、しかも、婚約破棄前の話はほとんど耳にしたことがない。
それもそのはず。
婚約破棄前の話は『真実の愛』の舞台。
現アルゲン大公妃がいかに可憐で素敵な女性であるかを際だたせるためなのか、対比として、お母さまは真面目で融通の利かない仕事人間のように言われていた。
どういう理由で、どんな仕事をしていたのかはまるで触れられておらず、その後、『運命の恋』に出会って素晴らしい女性に変わっていく、というのが世間一般のお話だった。
でも、グリプス伯の話で、ようやくお母さまの担っていた役割が分かったような気がする。
おそらく、結婚後は大公妃として、傍系王族の役割を果たすはずだったんだろう。
「傍系の王族として、とても頑張っておられましたのに、あんなことになるなんて」
残念そうに語るグリプス伯。
「例の婚約破棄か」
リンクス隊長の気まずそうなつぶやきに、グリプス伯は首を横に振った。
「それより問題なのは筆頭殿ですよ。才知あるミレニア様を閉じ込めるようにしてしまって。
とはいえ、国も筆頭殿とは対立したくありませんでしたしね」
そうか。
お母さまは結婚して仕事を辞めて、幸せな毎日を過ごしていたのだと思っていた。
自分を愛して大切にしてくれる人と結婚したのだから、幸せだったとは思う。
でも、仕事を辞めて家に閉じこめられるような暮らしが幸せだったのか。今となっては分からない。
お母さまの意志に反して閉じこめたのだとしたら、本当にろくなことしないな、あのクズ。
実力のある優秀なクズほど、嫌なものはない。
自分の思い描いた未来を実現させるため、他人の人生を振り回してぶち壊して。
挙げ句の果てに、手に入れた未来が思い描いた通りじゃないと、切って捨てる。
「そういえば、十年前。お披露目会に参加するとき、ミレニア様から走り書きのメモをいただいたんです」
グリプス伯は思い出したように、話を加えた。
「新リテラ王国で『金冠』を名乗っている物に気をつけろ、と」
それは今にも通じるお母さまからの『警告』だった。
とはいえ、通常の倍の速さで移動できる特殊な軍馬を使っても、隣国の王都まではまる二日もかかるという。
うん、飽きる。
それに、乗りっぱなしというわけにもいかない。
私たちの車はある意味、慣れた人たちが乗っているので文句の一つも出ないのに対して、後ろの車では文句ばかり出た模様。
けっきょく文句に押されて、予定にない休憩を取ることになる。予定通りに行かずにイラつく使節団一行に護衛隊。
「誰だ、あんなカス、連れてきたのは」
休憩で真っ先にこぼしたのはリンクス隊長だ。
カスとはそう、あのカスで有名なカス王子、第二王子殿下。
問題なのは、どうしてカス王子がここにいるのか。
「カス、じゃなくて第二王子殿下が来るなんて、聞いてないけど」
「トリビィアス殿下が直前にケガをされまして。代わりにデュオニス殿下が」
同じく休憩で車の外に出てきたグリプス伯が事情を説明をしてくれたものの……
「タイミング、良すぎますよね」
「良すぎるってもんじゃねぇな」
「まぁ、そうなんですが」
誰かが何かやったんじゃないかと思えるほど、ピッタリのタイミングで、第三王子殿下がケガをした。
第三王子殿下は王宮騎士団の総副団長を務める武人。訓練中に、事故に巻き込まれ、足を負傷して、動くのに少し手が掛かるとのこと。
命に別状はないけど、ケガをした身体で国外公務はどうかという話になったんだとか。
「元々、外交部はデュオニス殿下の管轄なので、トリビィアス殿下の代わりにデュオニス殿下がいらしたというわけです」
「第二王子殿下は外交が得意なんですね」
意外だ。
「外面はいいですし。明るく社交的な性格ですからね」
「外面」
「あ、失礼。ご令嬢に聞かせていい言葉ではありませんね」
「気にしないでください。ご令嬢でもないですし、騎士団所属ですから」
グリプス伯も意外とバッサリとした物言いをするおじさんだった。
気さくさ、親しみやすさもあるし、外交部で長年なってきた割には、裏表はない性格に思える。
まぁ、裏表に関して実際どうなのかは、もう少し慎重に判断するようだけれど。
私の申し出を、グリプス伯はニッコリ微笑んでキッパリ却下する。
「いいえ、そういうわけにはいきません。ミレニア様のご息女様」
ミレニア様という言葉に息を飲んだ。私と私の護衛に緊張が走る。
そばで会話に加わっていたリンクス隊長も、私の事情は知っていたのか、無言で身構えていた。
グリプス伯はこちらの緊張にも動じず、ニコニコとしているだけ。
「私のことを知ってるんですね」
大きく頷く。
「だから、今回の使節団に選んでいただけたのです」
「私の母とはどういう関わりがあるんですか?」
尋ねると、グリプス伯は昔を懐かしむような、穏やかな顔をした。
もともと穏やかな顔立ちで穏やかそうな笑みを浮かべている人なのに、心の底から沸き上がってくるような感情が顔に出ている。
「私はミレニア様とともに外交に携わっておりました。ミレニア様は傍系の王族になりますので」
グリプス伯の話は初めて聞く話だった。お母さまの結婚前の、しかも、婚約破棄前の話はほとんど耳にしたことがない。
それもそのはず。
婚約破棄前の話は『真実の愛』の舞台。
現アルゲン大公妃がいかに可憐で素敵な女性であるかを際だたせるためなのか、対比として、お母さまは真面目で融通の利かない仕事人間のように言われていた。
どういう理由で、どんな仕事をしていたのかはまるで触れられておらず、その後、『運命の恋』に出会って素晴らしい女性に変わっていく、というのが世間一般のお話だった。
でも、グリプス伯の話で、ようやくお母さまの担っていた役割が分かったような気がする。
おそらく、結婚後は大公妃として、傍系王族の役割を果たすはずだったんだろう。
「傍系の王族として、とても頑張っておられましたのに、あんなことになるなんて」
残念そうに語るグリプス伯。
「例の婚約破棄か」
リンクス隊長の気まずそうなつぶやきに、グリプス伯は首を横に振った。
「それより問題なのは筆頭殿ですよ。才知あるミレニア様を閉じ込めるようにしてしまって。
とはいえ、国も筆頭殿とは対立したくありませんでしたしね」
そうか。
お母さまは結婚して仕事を辞めて、幸せな毎日を過ごしていたのだと思っていた。
自分を愛して大切にしてくれる人と結婚したのだから、幸せだったとは思う。
でも、仕事を辞めて家に閉じこめられるような暮らしが幸せだったのか。今となっては分からない。
お母さまの意志に反して閉じこめたのだとしたら、本当にろくなことしないな、あのクズ。
実力のある優秀なクズほど、嫌なものはない。
自分の思い描いた未来を実現させるため、他人の人生を振り回してぶち壊して。
挙げ句の果てに、手に入れた未来が思い描いた通りじゃないと、切って捨てる。
「そういえば、十年前。お披露目会に参加するとき、ミレニア様から走り書きのメモをいただいたんです」
グリプス伯は思い出したように、話を加えた。
「新リテラ王国で『金冠』を名乗っている物に気をつけろ、と」
それは今にも通じるお母さまからの『警告』だった。
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