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4 聖魔術師の幻影編

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「実は金冠はずっと起きている、とか?」


 シーーーーーン


 沈黙が場に流れる。

 そして、

「「ないな」」

 私の最後の意見はすぐさま否定された。

「えー」

「エルシー、金冠が起きたままなら、主がいるということよ? わざわざ、十年ごとにお披露目会なんてするかしら? しかも二回も」

 うん。そうだね。今回だけの話じゃなかったね。十年じゃなく、二十年間、起きたままってことになるよね。

「金冠に主がいれば、金冠の固有能力に制限はない。言葉通り使い放題になる。金冠一つで国が潤うんだ。他国を気にする必要もない」

 うん、それもそうなんだけどね。

 主がいれば、そう都合よく、力が無制限に使えるものなんだろうか。

「起きているけど、うまく力が発揮できていないとかは?」

 苦し紛れに出た意見を、アストル大公子が吟味し始めた。

「もし、目覚めている金冠に不調があるなら、新リテラ王国側は不調を隠そうとするだろうな。
 目覚めてないことにすれば、金冠を表に出さずに済む」

「おー」

 私の苦し紛れの意見が綺麗にまとまる。

 思わず満足げな声が出て、周りの人たちが苦笑したけど。

 けっきょくは、どれもこれも根拠のない推測で。時間をかけて推測と推論をこねくり回しただけなような気もしてきた。

「いろいろ挙げていったけど、どれも推測ですよね?」

「そうだが、これで新リテラ王国に行ったときに、何に注意すればいいか、分かったんじゃないか?」

「え?」

「強力な遺物がある、金冠が不在か不調」

 アストル大公子は私の目の前で、指を二本立てた。

「もしかして、私が使節団に選ばれた理由って」

「もしかしなくても、おかしい金冠の調査だよ」

 後ろから頭を殴られたような衝撃をうける。いやだって、王女殿下も招待されてたよね?という顔で、王太子殿下を見ると、

「デルティは未成年の王族だから、国外公務は参加できないんだ」

「そうだった、未成年」

 私と王太子殿下のやり取りに続いて、アストル大公子が口を開いた。

「うちが三聖五強の力で国を守っているのと同様、向こうは金冠と古代王国の遺物の力で国を守っている。
 強力な遺物があるなら、なんとしてでも金冠の主を見つけたいだろう。金冠が不在か不調なら、対外的には隠したいはず」

 うん、だろうね。

「じゃあ、調査内容ってのは?」

「今、意見を出し合ったもの…………
 遺物について。金冠の力を強くする、金冠の力を隠す、他。
 金冠について。金冠がいるかいないか、起きてるか寝てるか、万全か不調か」

「それ、最初からまとめておいてくれればいいのに」

 私がちょっとだけ文句を言うと、アストル大公子は、ごめんごめんとあっさり謝った。が、まとめておけなかった理由が酷かった。

「時間がなくて、今、集まって、今、意見交換が出来たばかりだったから」

 今回の使節団て、どれだけ、準備する時間がないのよ!




 ついでだから、気になることは全部質問して良いと言われ、私はあれこれ、ルビー大公女に聞いてみた。

「お披露目会は毎回やってるんですか?」

「金冠のお披露目会は『三聖の展示室』の見学会と同じような趣旨のものなのよ」

 さすがに、知識量はセラフィアスより多い。

「国民全員の中から、将軍家の血筋、これは薄い血でもいいからその血筋と、将軍家に輿入れ出来る女性を拾い上げ、主を探すわけ」

 ということは、私たちが大慌てで準備している間、新リテラ王国の方も大慌てで国民から主候補を見つけていると、いうことか。

「もちろん、主探しの最初は将軍家の直系や傍系、血が濃いところから順番に。それで、気に入った主が見つからなければ、眠りについちゃうのよ」

 国をあげて主を探させ、気に入らなければ十年寝るとは、とんでもない魔導具もあったものだ。

 静かにしていたセラフィアスまでも、呆れたように声を出した。

《まったく、短気なヤツらだよな。僕なんて千年以上も主が見つからなかったのに》

 千年。それはそれでどうかと思う。こちらはこちらで、もっとどうにかならなかったのか。

「普通の杖精を、セラフィアスといっしょにしないでちょうだい」

《げっ。お前も普通なのかよ》

「やめるんだ、二人とも」

 私が魔導具たちの感覚に引いていると、またもや、ルビー大公女とセラフィアスが言い争いを始め、王太子殿下に怒られていた。




「わたくしが直接、行ければ良かったんだけれどねぇ」

「バレたら国際問題になるから。止めてくれ、ルビー」

 うん、絶対バレるって。

 ただ、ルビー大公女の発言はもっともで。知識の探求という面においてルビー大公女に優っているものはいない。

「分かってるわよ、だからといって、わたくしのエルシーに肩代わりのようなことをさせるだなんて」

「「適任なんだ」」

「二人してこんな感じなのよ、エルシー」

 私は最初の話を思い出す。

 強力な力を持つ女性魔術師五人以上、これが使節団の条件だ。

「新リテラ王国側の条件に合ってるってことですよね」

「それに、国家間の行事になるから王族の仕事になるんだ。現在、継承権持ちで未婚の成人女性はエルシーしかいない」

「アリアナ大公女も未成年だからな」

 アリアナ大公女は、アストル大公子の妹君。兄と同じく金髪金眼、ふわふわした髪が特徴的なお姫さまだった。

 年齢は王女殿下と同じか一つ下だったかな。

「王女殿下と違って、アリアナ大公女はかわいくて性格が良いから、成人しても国外公務は心配ですよね」

 素直でハキハキしていて、見るからに頑張り屋さん。フォセル嬢と重なる部分はあるけど、アリアナ大公女の方が健気要素が高い。

 あんなかわいくて素直な子を国外なんかに出したら危険。誰しもそう思うはず。

「そういうことにしておくとして、ルベラス嬢しか適任者がいないことは、理解できただろうか」

「でも、未婚と指定されてませんよ?」

 話の流れから、向こうの将軍家との婚姻の可能性が示唆されるわけなので、既婚可にはならないだろうけど、とりあえず、突っ込んでみる。

 既婚の王族なら、王太后陛下、ルベル公爵夫人、王妹殿下。
 中でも王妹殿下は、学院の魔術師コースの教授もしている才媛だった。王妹殿下はご主人と死別だか離婚だかしているそうなので、既婚者だけど、結婚も可な人ではないだろうか。

 私の突っ込みに王太子殿下は、残念そうに答えた。

「招待状の原文には、ご令嬢と書いてあるんだ。だから叔母上は不可だな」

 王妹殿下のことを考えていたことまで、お見通しのよう。

「それで、残ったのがエルシーなんだよ」

「まさかの消去法」

「ルベラス嬢は力が強すぎて厄介な人物、第一位だ。何をしでかすか想像もつかない。出来れば国外になぞ行かせたくない」

「まさかの全否定」

 行かせたくないなら、私を使節団にご指名しないでくれる?

 そう口にしようとしたときに、ルビー大公女が、忘れていた事実を思い出させてくれた。

「そもそも、エルシーを国外に行かせられるのかしら。あれが大反対するわよ」

 ヤバい!

「私、国外の使節団の話、してない!」

 そう、保護者だ。保護者に国外に行く話をまったくしていない。使節団の話が公になってすぐ、ここに連れてこられたので、連絡を取る隙もない。

 どうしよう!

 サーッと全身から血が抜けていくような感覚に陥る。

 マズい。目の前が白くなる。

「落ち着け、ルベラス嬢。とにかく、呼吸をしろ」

 王太子殿下の声で、私は自分の息が止まっていたことに、気がつく。

 はぁー、はぁー、はぁー

「ルベラス嬢でも、あいつは怖いのか」

 ようやく、息が落ち着き視界が戻る。

「いえ。今のはうっかり忘れていたのにびっくりして、焦っちゃって。今までこんなことなかったのに。
 王都で騎士団に配属されて、気がゆるんだのかなって思ったら、余計に焦っちゃって」

 騎士団に配属されてから、いろいろな人と出会ったり、いろいろなことが起こったり、日々忙しいとはいえ、詳細を伏せて連絡をしておくべきだった。

「きちんと連絡を取るのは、王都で働くときに決めた約束だから」

 うん。この話が終わったら、手紙を書こう。

 さっさと話を終えようと、私は最後の質問をした。

「二十年前に行った人は誰かいないんですか? 話を聞いてみたいんですけれど」

 この質問には王太子殿下が答える。

「二十年前に行ったのは、今回や十年前とは違って少人数だ。そのときの参加者は二名」

「ずいぶん少ないんですね」

「エルシー、普通のお披露目はそのくらいの人数なんだよ」

「人数のことは分かりました。それで、その二人とは話は出来るんですか?」

 私はテーブルの上の、二十年前の資料を手に取って、めくり始めた。

 うん? 返事がない。

 顔を上げると、王太子殿下と大公子が二人で何かヒソヒソ話し込んでいた。

「あのー、早く終わりにして、グレイに連絡したいんですけど」

 私の声を聞いて、パッと弾かれたように顔を私に向ける。

「何か?」

 首を傾げて返事を催促すると、王太子殿下は気まずそうな表情になった。

「それが、二十年前の参加者は、当時王太子だった私の父と、君の母上、ミレニア・ルベル公爵令嬢だ」

 はぁ?

「つまり、今、手にしている資料で我慢してくれ」

 私は手にした資料の紙をそのまま握り潰した。
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