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4 聖魔術師の幻影編

1-0 エルシア、厄介な案件を任される

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 十六歳の私は職場の魔術師ユリンナ・ダイモス先輩に連れられて、団長室に来ていた。

 早く帰りたかったのに、面倒な話に捕まってしまった。ちょっとうんざりする。

「それは要請ですか?」

「というより、ご指名だなぁ」

 のんびりとした口調で話すのは、グラディア王国、王都第三騎士団のヴァンフェルム団長だ。私の上司の人である。

「使節団の一員として、ルベラス君に新リテラ王国へ行ってもらいたいんだって」

 団長の口調は、どこか他人事のようにも聞こえた。私が黙っていると団長はさらに話を続ける。

「使節団の目的は、金冠のお披露目会への参加だ」

 うん? けっこう重要な行事のように聞こえるんだけど。

「いいかい? これは決定事項だからねぇ」

 本当に私を指名していいの?




 私の名前はエルシア・ルベラス。

 第三騎士団の魔術師として配属されて、早くも一年の三分の一が終わろうとしている。

 魔術師に適性のない黒髪のせいで、嫌なことを言う人もいるけど、第三騎士団内では概ね、受け入れられている。

 まぁ、黒髪に金眼という組み合わせが異質さを感じさせるのか、恐々と遠巻きにされてる感がなくもないけど。

 恐々と遠巻きにされる理由はもう一つ。

 反省文の多さだ。

 自分では冷静だと思っているのに。自分で思っている以上にケンカっ早いらしく、すでに反省文が七つ目。

 このままのペースで行くと、一年が終わる頃には二十を超える。類を見ないペースらしく、大方の人は私をヤバいヤツ認定しているはずだ。

 さすがに私も、このままではマズいと思って、最近はおとなしくしていようと思い始めた。

 そんな矢先にご指名。

 おとなしくしていたいのに。どうしてこうも面倒な仕事ばかり持ち込まれるんだろうか。

 というか、反省文の多さならピカイチの私に、そんな重要そうな役目を持ってくるか? 普通、持って来ないだろ。何考えてるんだ、上層部。

 私が思いっきり不機嫌になる一方で、

「エルシア、凄いじゃないのよぅ! 旅行よ、旅行!」

 自分の仕事でもないのに、喜びの声をあげるユリンナ先輩。

「ダイモス君はちょっと黙っててくれないかなぁ」

 ヴァンフェルム団長は机をポンポン叩きながら、ユリンナ先輩を窘める。

 どう考えても面倒にしか思えない仕事なのに、ユリンナ先輩には楽しく聞こえたようだ。

 ここまでは一見すると、いつもの光景。

 いつもと違うのは団長の表情が少し堅いのと、団長が『楽な仕事』という言葉を使わないこと。
 団長が困ったように眉を少しだけひそめる姿は初めて見たような気がする。

 ユリンナ先輩を黙らせた団長は、突然降ってわいたような仕事の話を、説明し始めた。

「新リテラ王国の『金冠』の話は知ってるとは思うが」

 うん、知ってる。でも今は、

「興味ないんで」

「えー、エルシア。金冠よ金冠! 主に永遠の命を授けるとか、死ぬまで若さを保てるとか、怪しい噂の数なら三聖にも負けないっていう、あの金冠よぅ!」

 知ってる。知ってるから。

 すかさずつっこむユリンナ先輩。
 黙った状態は維持できなかったらしい。

 興奮するユリンナ先輩に続いて、第三騎士団の魔術師長、パシアヌス様が口を開いた。

「まぁ、ダイモス君の話はともかくですね。金冠が十年ぶりに目覚めたと、新リテラ王国から連絡があったんですよ」

 パシアヌス様の説明に、私は違和感を覚える。

「金冠というのはね、古代王国に存在した力のある魔導具よ」

 六歳の私に向かって、お母さまはそう言っていた。

 力のある魔導具が目覚めたことを、わざわざ周辺国に吹聴するのって、どうなんだろう?

 自我を持つ魔導具だろうから、盗むことは出来ないはずだけど。

 例えば、他の国の人間が主になって、金冠を国外に持ち出してしまったら? 新リテラ王国は大事な魔導具を失うことになってしまう。
 そんな危険を犯してまで他国に宣伝する理由が、私には分からなかった。

 疑問が口をついて出る。

「なんで?」

「はい?」

「なんで、わざわざ周りの国に連絡してくるですか?」

「それは、」

 一瞬、言葉につまるパシアヌス様。

「見せびらかすためよぅ! うちの金冠はこーーーーんなに凄いんだってね!」

 代わりにユリンナ先輩が答えてくれたのを、パシアヌス様がすぐさま否定した。

「違います」

「違うのぅ?」

 さきほどと同じく、少し堅い表情の団長が、パシアヌス様とユリンナ先輩のやり取りに割って入った。

「表向きは、十年ぶりに目覚めた金冠のお披露目とされてるがなぁ」

 団長はゆっくりと、パシアヌス様の方へ視線を送る。

 その視線を受け、パシアヌス様も大きく頷いた。

「主探しでしょうね」

 え?

 話がつながらず、私は首を傾げる。

「なら、他国に声掛けるのって、余計におかしくないですか?」

 私の二番目の疑問には、団長がすぐさま反応した。

「おそらくだけどね、新リテラ王国内で、新しい主が見つからなかったんじゃないかなぁ」

「だと思います。お披露目だというなら、参加者に条件をつけたりしませんし、人数も一、二名くらいで十分ですから」

 団長の返答に、パシアヌス様はまたもや大きく頷く。

 話を聞けば聞くほど、面倒くささがどんどん濃くなっていた。

 こんな話をおもしろそうに感じるのは、第三騎士団ではユリンナ先輩だけ。
 どうせなら、ユリンナ先輩が参加すればいいのに。本人も乗り気で、周りに被害も出なくて、まさに良いこと尽くし。

 そんなことを私が考えているところに、まさにそのユリンナ先輩が、疑問を投げ入れた。

「金冠て、家門付きの魔導具よねぇ?」

「新リテラ王国の将軍家だか宰相家だかの魔導具って話でしたっけ?」

 この話は、私の配属先である第五隊のクストス隊長が、話していたような気もする。

 そう。

 魔導具の中には、血筋にこだわる物がある。
 判明しているのは、特定の血筋や家門名が主になる条件に加わった、ということだけ。

 どうしてそんな不思議な条件がな加わるのかは、今後の調査を待っても分からないかもしれない。

「それなんだけどなぁ」

 私がそんなのとをふと思ったときに、タイミングよく、団長が喋り出した。

「新リテラ王国の将軍家、つまり、古くからの武家家門付きの魔導具なんだが。
 家門の一員とみなす条件が特殊なようでなぁ」

「グラディア王国でいえば、フェルム侯爵家みたいなものですか?」

「まぁ、フェルムも家門付きの魔導具があるけどなぁ。あれよりも条件がかなり緩いようなんだよなぁ」

 フェルムは優れた騎士を輩出する、グラディア王国の武家家門。

 ヴァンフェルム団長も、同じ隊で同期のクラウド・ヴェルフェルムも、フェルム一族だった。

 フェルム一族なんだから、フェルムの魔導具とやらに詳しいはずの団長が、言葉を濁す。

 と思ったら、「詳しくは王太子殿下に聞いて」とサラッと話を変えた。あまり触れてほしくない話題のようだ。

 まぁ、けっきょくのところ。

 私が金冠の使節団に選ばれて新リテラ王国へ行くことは決定事項であり、私の一存では変えられないことが分かっただけだった。
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