上 下
184 / 247
4 聖魔術師の幻影編

0-1

しおりを挟む
 ハッとして目を開けると、目の前には黒髪金眼の少年の顔。

「主、疲れてるだろ? 僕の話、ちゃんと聞こえてたか?」

 私の杖、セラフィアスが人型に顕現していて、私の顔を覗きこんでいる。

 どうやらウトウトしていたようだ。

 お母さまといっしょで幸せだった頃を夢で見るなんて、かなり疲れがたまっているのかな。
 身体だけでなく精神的にも疲れているのかもしれない。

 で、なんだったっけ?

 そうだ、セラフィアスだ。

 お母さまの言うとおり、私のことを待っていた杖型の魔導具がいて。私は七歳の時に、その魔導具の主になった。

 七歳の私はすでに家から追い出され、魔塔の孤児院に捨てられていたので、主になったことをお母さまに報告することは叶わなかったけど。
 きっとお母さまも、私が主になったことを喜んでいてくれたはずだ。

 たとえそれが、病気を治せる『金冠』ではなく、他を圧倒する『鎮圧』だったとしても。

 セラフィアスは三聖の一つ。凄い魔導具なのに、見た目は私と変わらないくらいの子ども。
 髪の色も目の色も、私の色と揃えたようにぴったり同じで、最初に目にしたときはとてもびっくりしたものだ。

 十一歳の私は、セラフィアスに素直に謝る。

「ごめん、聞いてなかった」

「じゃ、最初から話すぞ!」

 聞いてなかったことはまるで気にする素振りも見せず、ちょっと偉そうな調子でセラフィアスの話が始まった。




 このとき、十一歳の私は、学院の入学準備のために後援家門の領地を訪れていた。

 黒髪だけど、魔力もそこそこあって、魔術師としての将来を期待されていた私は、学院入学が決まり。

 後援があった方が、学院でも学院卒業後も安心して生活が出来ると言われたとたんに、後援に名乗り出る家門があり。

 あれよあれよという間に後援が決まって契約も終わり。

 入学の下準備とか言われて、後援家門の領地がある北の果てに、さらわれるようにして連れてこられてしまい。

 なぜか、体力づくりと剣術のしごきにあい、空いた時間にはセラフィアスからの魔法の特訓と魔導具についての知識を詰め込まれる。

 というような、強化訓練もどきの毎日を送っていて、今も目の前のセラフィアスから延々と魔導具の話を聞いている最中だ。

「金冠?」

「そうだ、主」

 そう。今日の魔導具の話は金冠。
 だから、昔の記憶が夢に出てきたんだろうな。

 私はセラフィアスに質問をしてみる。

「金冠て、本当に存在するの?」

「三聖が存在するくらいだからな」

 えへんと胸を張るセラフィアス。

 うん、確かにそうかも。セラフィアスを見て、そう思ってしまう私。

「身体も心も元気にする力がある、って聞いたけど」

「金冠がちゃんと自分の力を使えればな」

「ちゃんと使えないの?」

「主がいなければな」

「じゃあ、私が金冠の主になっていれば、もしかして…………」

 そんな考えが頭に浮かび、思わず口から出たとたん。

「無理だ、主!」

 セラフィアスが突然、大声を出した。

「ごめん、セラフィアス」

 セラフィアスが気を悪くしたと思って、頭を下げる私。

 けれども、セラフィアスは「そうじゃない」と首を横に振った。

「僕の主が金冠の主になって誰かを助けるのは、ちょっと無理があるってことだ」

 私は首を傾げる。どういう意味だろう。

 私はセラフィアスの説明を待つことにした。私の予想通り、ちょっとの間があってから、セラフィアスは理由を説明し始める。

「金冠は十年に一度しか目覚めないんだ。しかも二週間だけ。
 だから、主探しも十年に一回、起きてる間に主と契約が出来なければ、また眠りにつく」

 セラフィアスの説明は、驚きの内容だった。

 なぜなら、普通の魔導具は主がいないというだけで強制的に眠りについたりはしないから。

 主がいないと能力は制限されるけど、力を使うことは出来るし、自由に眠ったり起きたりも出来るし。

 それだけ、金冠の力が強いか、もしくは特別な魔導具なのか。

「本当にそれしか起きていられないの?」

「主がいればずっと起きてられるさ」

 うん、やっぱり普通じゃなさそうな魔導具だ。お話の中の眠り姫のような。

 セラフィアスの説明は、それで終わりではなかった。

「それでな、最近、金冠が目覚めたって話を聞いたのが十五年前なんだ」

「最近で十五年前。そっか。それなら」

 十五年前に主が見つからなかったら、金冠は眠りについて、十年後、つまり五年前に起きているはず。

「あぁ、そういうことだ」

 今、金冠には主がいる。

 だからセラフィアスは、私が金冠の主になるのは『無理だ』と言ったのか。


 ふー


 私は下を向いて大きく息を吐いた。

 少しホッとしたような気分だ。気にしているつもりはなかったけど、心のどこかに引っかかりがあったみたい。

 私が金冠の主になっていれば、お母さまを助けられたのかも。お母さまが若くして亡くなることがなかったかも。

 そんな、自分自身を責める気持ちが心のどこかにあったんだろう。

 私がどう頑張ろうとも、金冠の主になるのは不可能だったと聞いて、ようやく引っかかりがなくなり、すっきりしたように思う。


 ゴスン


 と、目の前から鈍い、そして重い音が響く。

 続いて聞こえてきたのは、セラフィアスの金切り声。

「おい、何するんだ!」

 何事かと顔を上げると、セラフィアスがふんぞり返って座るソファーの真後ろに、あの人が立っていた。

 捨てられたばかりの七歳の私に、魔力暴走の鎮め方を教えてくれた、あの人。

 真面目で努力家の彼は、その後、着実に実力をつけ、自分の祖母方の家門に働きかけ、現在はそこの次期当主として経験を積んでいる最中だった。

 私の後援を真っ先に名乗り出てくれたのも彼だ。

 もっとも、私をしごきあげているのも彼なんだけど。

 自分の目標に向かって、自分を磨き上げ、努力している様を目の前で見せつけられると、私としてもぐうの音も出ない。

 その彼が、片手でトレーを持って立っていて、セラフィアスと何か話している。

 声が小さくて、しかもボソボソとしていて、何を話しているのかまったく聞こえない。

「あああああ?! そんな言い訳、通用するかよ!」

「セラフィアス、どうしたの?」

「主が元気ないのは、僕のせいだと!」

 いや別に、元気がないからため息のように、深く息を吐いたわけじゃなかったんだけどな。
 疲れているのは間違いないけど、疲れの原因はセラフィアスだけとも言い切れない。

 なのに、自分のせいだけにされたセラフィアスは、納得のいかない表情だった。

「主が元気ないのは、こいつのしごきがキツすぎるからだろ!」

 興奮したセラフィアスは、彼に原因をすべて押し付け始める。

 だから、どちらかだけが原因とも言い切れないのに。

「主、こんなヤツ捨てて、他の」

 セラフィアスがさらに何かを言い募ろうとしたところで、彼の威圧がセラフィアスを襲った。

「何か言ったか?」

「ぐぐぐぐ」

「何も言ってないな?」

 一瞬でセラフィアスを黙らせる。

 あの《威圧》、出来るようになったら便利そうだな。




「少し休憩しろ」

 そう言って、彼は持ってきたトレーをテーブルに置き、私のすぐ隣に座る。

 彼が持ってきたのは温かいミルクとクッキーだった。私はお礼を言って、クッキーを手に取る。

 一口サイズのクッキーは特別な物ではなかったけれど、クッキーなんて似合わなそうな彼が用意してくれたんだと思うと、嬉しくなった。

 クッキーをぱくんと口の中に放り込む。一瞬で、疲れた身体の隅々まで甘さが行き渡ったように感じた。

 クッキーとミルクで元気になった私の目の前で、セラフィアスは一人唸り声をあげる。

「くぅぅぅ、三聖のこの僕が気圧されるなんて、何なんだよ、こいつは」

 うん、普通に考えて、三聖を威圧で圧倒するなんて常識外れだ。

 しかも、セラフィアスは鎮圧の三聖。

 他を圧倒させるのに長けた魔導具が、ただの人間に威圧されている。

「まぁ、主もご機嫌そうだし? 今日のところは僕が引き下がってやるよ!」

 捨て台詞を吐くセラフィアス。

 彼はセラフィアスの様子を勝ち誇った表情で見ながら、私の頭を優しく撫でるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【1/1取り下げ予定】妹なのに氷属性のお義兄様からなぜか溺愛されてます(旧題 本当の妹だと言われても、お義兄様は渡したくありません!)

gacchi
恋愛
事情があって公爵家に養女として引き取られたシルフィーネ。生まれが子爵家ということで見下されることも多いが、公爵家には優しく迎え入れられている。特に義兄のジルバードがいるから公爵令嬢にふさわしくなろうと頑張ってこれた。学園に入学する日、お義兄様と一緒に馬車から降りると、実の妹だというミーナがあらわれた。「初めまして!お兄様!」その日からジルバードに大事にされるのは本当の妹の私のはずだ、どうして私の邪魔をするのと、何もしていないのにミーナに責められることになるのだが…。電子書籍化のため、1/1取り下げ予定です。1/2エンジェライト文庫より電子書籍化します。

断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。

甘寧
恋愛
断罪の最中に前世の記憶が蘇ったベルベット。 ここは乙女ゲームの世界で自分がまさに悪役令嬢の立場で、ヒロインは王子ルートを攻略し、無事に断罪まで来た所だと分かった。ベルベットは大人しく断罪を受け入れ国外追放に。 ──……だが、追放先で攻略対象者である教皇のロジェを拾い、更にはもう一人の対象者である騎士団長のジェフリーまでがことある事にベルベットの元を訪れてくるようになる。 ゲームからは完全に外れたはずなのに、悪役令嬢と言うフラグが今だに存在している気がして仕方がないベルベットは、平穏な第二の人生の為に何とかロジェとジェフリーと関わりを持たないように逃げまくるベルベット。 しかし、その行動が裏目に出てロジェとジェフリーの執着が増していく。 そんな折、何者かがヒロインである聖女を使いベルベットの命を狙っていることが分かる。そして、このゲームには隠された裏設定がある事も分かり…… 独占欲の強い二人に振り回されるベルベットの結末はいかに? ※完全に作者の趣味です。

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレンだったが・・・。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...