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3 王子殿下の魔剣編

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 「優勝はケイオス・バルザード」


 ワァァァァァァァァァ


 大歓声があがる。

「うん、この決勝も長かったねぇ」

 騎士下級部門の優勝者は、バルザード卿に決まった。

 バルトレット卿も一歩も引かない戦いぶりで、試合は長引いたけど、ハラハラ手に汗握る展開。
 試合が長引いていても、ぜんぜん飽きることがなく、むしろ、引き込まれるような戦いだった。

 観客全員、総立ちで拍手と声援を二人に贈っている。

「あの犬は出てこなかったな」

「どこかに逃げたんじゃないか?」

「酷いこと、されてないといいけど」

 灰色の犬は姿を消したまま。どうやら、カスカスの二人を狙っただけだったよう。
 でも、そうなってくると、なんで狙われたのが気になってくる。

 私が考え込んでいると、右から声がかかった。

「そうそう。次の試合はあの男が出てくるぞ、主」

「あの男?」

「ほら、偽爽騎士とか主が言ってたヤツ」

 セラフィアスの視線を追ってみると、ちょうど次の試合の騎士が現れるところで。

 入り口から現れたのは、近衛の制服を来た黒褐色の髪の男。赤い眼を細めて対戦相手の騎士を見る様は、爽やかさ全開の偽の姿。カイエン・ヴェルフェルム卿だ。

 私は彼の姿を認めると、くるんと右手の指を回す。
 向こうの思惑に乗るつもりはない。

 予想通り、カイエン卿は私の席の真下にやってくる。

 「ルベラス嬢が、私の応援に来てくれるとは。あなたの姿を見ただけで、力が湧いてきます」

 距離は離れているけど、聞こえなくはない声。

「私、後援家門の騎士の応援に来ただけだけど?」

「大観衆の面前で親密な振りをして、印象づけようとしているんだろうね」

 クラヴィスも嫌なものを見るような目で、カイエン卿を睨みつける。

 「愛しいルベラス嬢のために、必ず、優勝してみせますので」

 私の返事は期待してなかったのか、カイエン卿は言いたいことだけ言って試合場に向かった。

「え? でもそれは、周りに声が聞こえていれば、の話でしょう?」

「そうだな。声が聞こえていればの話だよな、主」

 セラフィアスは、私が準備した魔法陣に気がついていたようだ。笑いを噛みしめている。

「今、大声で喋ってなかったか?」

 クラヴィスの方は気づかなかったようで、訳の分からない表情。

「大声で喋っていても、周りに声が聞こえているとは限らないわよね?」

「そうだな。例えば範囲魔法で《遮音壁》みたいなのを作ってしまえば、声なんて届かないよな」

「そうだよね。《遮音壁》を作って、周りには声が届かないようにすれば、ぜんぜん聞こえないよね」

「同時に《通音》も発動させれば、何を言ってたのかは、こっちだけには丸聞こえだしな」

「《通音》は発動させた側だけ、声が確実に聞こえる魔法だからね」

「そうだな。そんなことが一瞬の隙に出来れば、だけどな」

「そうだよね。そんなことが一瞬の隙に出来れば、だよね」

 会話を止めて、ニヤリと笑う私とセラフィアス。
 ここでようやく、何が起こったのか理解するクラヴィス。

「あーーー! 《遮音壁》に《通音》!」

「クラヴィス、うるさい」

 観客からは、一瞬立ち止まって、観客席を見上げ、そのまま試合場に向かったように見えたはずだ。

 狙い通りにいかなくて、残念だったね、カイエン卿。

「主、クラヴィスにも《遮音壁》、作ってやったらどうだ?」

 セラフィアスが意地悪くクラヴィスを見る。

「いやいやいやいや。魔法レベルが凄すぎてヤバい。あの一瞬で二つ同時に発動させて、僕らまで《通音》が効くってどういうレベル?!」

 クラヴィスが興奮してしまった。

 セラフィアスはただの意地悪で言っただけだろうけど、興奮してこれ以上騒ぐようなら、本当に《遮音壁》かな。

「まぁ、努力の賜物だな」

「魔力コントロールは相当頑張ったよね、私」

「いや、魔力コントロールの問題じゃなくないか?」

 この辺でこの話は切り上げようと、私はさり気なく、カイエン卿の試合へと視線を移動させた。

「さー、偽爽騎士の対戦相手を応援しよっと」

 試合は今まさに始まろうとしている。

「まぁ、でも、あの男。実力だけはありそうだぞ、主」

 ケルビウスの情報誌を覗き込んで、セラフィアスが不安げなことを言い出した。

「あー、優勝したりしないよね?」

「さぁな」

「まぁ、そのときはそのときだね」




 そんな会話の十五分ほど後。

「優勝したな」

「優勝しちゃったね」

「優勝したってことは…………」

「絶対に主に金章を捧げにくるな」

 私たちの周りだけ静まり返る。

 どういうわけか後援家門の騎士たちも、カイエン卿などから金章を捧げられる云々については知っていて。
 みんなして全力で、打倒フェルムを掲げていたという。

「刺し違える覚悟で、ヴェルフェルム卿を倒しにいきました」

 とは下級部門でクラウドを負かしたバルザード卿の言。

 中級部門に出場していた騎士たちは、全員、カイエン卿にやられたんだそうで。

「帰ったら、特別訓練だな」

 と遠い目をしていた。

 ちなみに今回は上級の騎士はおらず、保護者は特級なので「フェルムの頭を潰す」と漏らしていたそうだ。

 話は元に戻して、問題はカイエン卿だ。

「そんなことされても嫌なんだけどね」

「そういうルールだし、捧げられた方に拒否権ないらしいからな」

「まぁ、他のヤツも優勝することを祈るしかないな、主。ほら、確か副隊長のあいつも」

「フェリクス副隊長か」

 騎士上級にはフェリクス副隊長が出場してきる。すっかり忘れてたけど。

「あー、あいつも決勝まで残ってたのか」

「優勝したら、偽爽騎士より優先順位が上になるだろう?」

「それはそれで面倒なんだよね」

 フェリクス副隊長は、カイエン卿とは違う意味で苦手だった。

「偽爽騎士よりマシだよね? だって、偽爽騎士は絶対に裏があると思うよ?」

「まぁ、マシはマシだけど」

 気がついたらそばにいるし、拒絶するようなことを言えば喜ぶし。
 フェリクス副隊長ははっきり言って、変な人過ぎてちょっと怖い。

「あいては、おっと、暗黒騎士か」

 暗黒騎士といえば、第二騎士団暗黒隊のリンクス隊長。保護者似の黒髪黒目で、服装は全身真っ黒。

「騎士上級って隊長クラスが出てるのを考えると、副隊長なのに頑張ったね」

「それでも相手が悪かったな」

「リンクス隊長、意外と強いからねぇ。まぁ、私ほどじゃないけど」

「主より強いヤツって、あまりいないからな」

 すでにこちらは、フェリクス副隊長が負ける方向で話が終わっていた。
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