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3 王子殿下の魔剣編
4-9 クラウド、隊長から責められる
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剣術大会ももう来週に迫った今日は、第二騎士団との手合わせだった。
エルシアとは相変わらず、まともな会話すら出来ていない。
この前もまた反省文になったようだ。
理由は詳しく聞いてないが、どうやら、また誰かを殴って、引きずり回したらしい。
最近、いっしょに行動することがまったくないので、今回の反省文も何がどうなってそうなったのかが、さっぱり分からなかった。
エルシアは短気でケンカっ早いところはあるが、理由もなく暴力に訴えるヤツじゃない。
何か理由があったんだろうけど、そばにいなかった俺では、エルシアを弁護することも出来ないのだ。
いったい、誰がエルシアの監視役だったんだか。
フェリクスではない。あいつは俺といっしょに手合わせに行っていたから。
でも、反省文が増えてしまうのなら、慣れているフェリクスがそばにいた方が、まだ良かったかもしれない。
まったく。団長も、もっとエルシアに合ったヤツをそばに置いてくれれば良かったのに。
俺は呑気にエルシアのそばにいるであろう、誰とも知らないヤツに対して、ささくれ立った感情を向ける。
知らず知らずのうちに、手に握る剣に力が入っていった。
「よしっ。ここまで」
第二騎士団の団長の号令が聞こえる。
気になることだらけで、集中できないまま、手合わせが終わった。
「ありがとうございました」
頭を下げ、後ろに下がる。
「ヴェルフェルム先輩、お疲れさま」
「あぁ、ありがとう、ミライラ」
後方で俺を迎えてくれたのはミライラだった。
このところ、応援をしに毎日のように顔を出してくれていたのだ。
昼もほぼいっしょに摂るので、最近はエルシアよりもそばにいる時間が長い。
ミライラから濡れたタオルを受け取り、額、首と順に汗を拭う。
渡された冷たい飲み物を一気に喉に流し込むと、身体が急速に冷えていった。
ミライラは冷たい飲物まで用意していてくれるので、とてもありがたい。
「へー、クラウド。お前、乗り換えたのか。良い判断だな」
火照った身体を冷やしている俺の背に、聞き覚えのある声がかけられた。
「は? リンクス隊長、何の話ですか?」
振り向くと、そこには予想通りの人物がニヤニヤして俺を見ている。
第二騎士団暗黒隊の自称暗黒騎士、リンクス隊長だ。
「女だよ、女。進展の見込みがまったくなさそうなあのルベラス魔術師殿から、気が利いて慕ってくれるかわいい後輩に乗り換えたんだろ?」
「何、言ってるんですか。違いますよ」
デッカい声で、突拍子もないことを喋り出すリンクス隊長に、俺は慌てて話の内容を否定した。
なのに、この人は他人の話なんて聞いちゃいない。
「まぁ、正直、ルベラス魔術師殿とお前とじゃ、天と地ほど実力に差があるし。釣り合いも取れてなかったしな」
痛いところをつつかれる。
つつかれはしたが、冷静になって考えてみると、実力差があれば恋愛も結婚も出来ないなんて、おかしな話だ。
だから、自信を持ってきっぱりと言い切った。
「恋愛に実力差なんて関係ありません」
「でも、乗り換えたんだろ?」
間髪入れずに、今度は別の質問。
乗り換えるも何も、エルシアとは付き合ってもないし、告白すら出来ていない。
フェリクスのヤツは、外聞もなくデートに誘いまくってるし、ついこの前は、剣術大会の祝勝パーティーでのパートナーを申し込んでいて(ただし、ぜんぶ断られているが)、気持ちの上でも遅れを取っていると感じる。
なんだか自分が不甲斐なさすぎて、情けなくなってきた。
「リンクス隊長、俺とミライラは、学院の先輩後輩ってだけです」
「その理屈なら、ルベラス魔術師殿とお前はただの同僚だな」
「ミライラとは何もありませんから」
「お前、ルベラス魔術師殿とも何にもないだろ?」
「それはそうなんですが」
リンクス隊長、今日はやけに絡んでくるな。
俺の戸惑った様子に、リンクス隊長は苦みのある笑みを浮かべて、俺の肩をバシッと叩く。
その流れで、自分の顔を俺の耳元に寄せると、周りには聞こえない声で囁いた。
「ルベラス魔術師殿に気があるなら、あの後輩とは一線を引け。今の様子だと、つき合ってると誤解される。
ルベラス魔術師殿だって、周りに女がいる男に言い寄られても、いい印象は持たないはずだ」
それは紛れもなく忠告だった。
「それは分かってるんですが、先輩として慕ってもらえると、突き放せなくて」
俺はチラッと後ろに視線をやる。
そこにはまだミライラがいて、俺の仕度が終わるのを待っていたのだ。
「分かっててそれなら自業自得だ。勝手にしろ」
バンバンと乱暴に俺の肩を叩くと、リンクス隊長は挙げた右手をヒラヒラさせて、どこかに歩いていった。
なんなんだよ、あの人は。
心の中で悪態をつく。
分かってるんだよ、俺だって。
でも、慕ってくれる後輩を邪険にするなんて出来ないだろう?
「ヴェルフェルム先輩、いったいどうしたんですか? 青い顔をしてますよ? 救護室に行きます? 私も同行しますので!」
「俺、そんなに顔色、悪いか?」
「はい、もう最悪なほど」
しばらくして、ミライラが心配そうに声をかけてくれた。
顔色が悪いかどうかは自分じゃ分からないけど、手が痛い。
じっと手のひらを見ると、両方とも赤くなっていた。あれこれ考えていて、剣を強く握りすぎてたな。
「手も痛いし、救護室に行ってくるよ」
「私、付き添いますね!」
元気な後輩が明るい声をあげた。俺を励ましてくれているようで、つられて俺も元気になったような気がした。
「それじゃあ、私はこれで。お大事にしてください、ヴェルフェルム先輩」
救護室で手の治療を受けた後、ミライラはぺこりと頭を下げると、やっぱり元気に帰っていく。
その後ろ姿に手を振っているところへ、
「クラウド」
背後から声がかけられた。
エルシアとは相変わらず、まともな会話すら出来ていない。
この前もまた反省文になったようだ。
理由は詳しく聞いてないが、どうやら、また誰かを殴って、引きずり回したらしい。
最近、いっしょに行動することがまったくないので、今回の反省文も何がどうなってそうなったのかが、さっぱり分からなかった。
エルシアは短気でケンカっ早いところはあるが、理由もなく暴力に訴えるヤツじゃない。
何か理由があったんだろうけど、そばにいなかった俺では、エルシアを弁護することも出来ないのだ。
いったい、誰がエルシアの監視役だったんだか。
フェリクスではない。あいつは俺といっしょに手合わせに行っていたから。
でも、反省文が増えてしまうのなら、慣れているフェリクスがそばにいた方が、まだ良かったかもしれない。
まったく。団長も、もっとエルシアに合ったヤツをそばに置いてくれれば良かったのに。
俺は呑気にエルシアのそばにいるであろう、誰とも知らないヤツに対して、ささくれ立った感情を向ける。
知らず知らずのうちに、手に握る剣に力が入っていった。
「よしっ。ここまで」
第二騎士団の団長の号令が聞こえる。
気になることだらけで、集中できないまま、手合わせが終わった。
「ありがとうございました」
頭を下げ、後ろに下がる。
「ヴェルフェルム先輩、お疲れさま」
「あぁ、ありがとう、ミライラ」
後方で俺を迎えてくれたのはミライラだった。
このところ、応援をしに毎日のように顔を出してくれていたのだ。
昼もほぼいっしょに摂るので、最近はエルシアよりもそばにいる時間が長い。
ミライラから濡れたタオルを受け取り、額、首と順に汗を拭う。
渡された冷たい飲み物を一気に喉に流し込むと、身体が急速に冷えていった。
ミライラは冷たい飲物まで用意していてくれるので、とてもありがたい。
「へー、クラウド。お前、乗り換えたのか。良い判断だな」
火照った身体を冷やしている俺の背に、聞き覚えのある声がかけられた。
「は? リンクス隊長、何の話ですか?」
振り向くと、そこには予想通りの人物がニヤニヤして俺を見ている。
第二騎士団暗黒隊の自称暗黒騎士、リンクス隊長だ。
「女だよ、女。進展の見込みがまったくなさそうなあのルベラス魔術師殿から、気が利いて慕ってくれるかわいい後輩に乗り換えたんだろ?」
「何、言ってるんですか。違いますよ」
デッカい声で、突拍子もないことを喋り出すリンクス隊長に、俺は慌てて話の内容を否定した。
なのに、この人は他人の話なんて聞いちゃいない。
「まぁ、正直、ルベラス魔術師殿とお前とじゃ、天と地ほど実力に差があるし。釣り合いも取れてなかったしな」
痛いところをつつかれる。
つつかれはしたが、冷静になって考えてみると、実力差があれば恋愛も結婚も出来ないなんて、おかしな話だ。
だから、自信を持ってきっぱりと言い切った。
「恋愛に実力差なんて関係ありません」
「でも、乗り換えたんだろ?」
間髪入れずに、今度は別の質問。
乗り換えるも何も、エルシアとは付き合ってもないし、告白すら出来ていない。
フェリクスのヤツは、外聞もなくデートに誘いまくってるし、ついこの前は、剣術大会の祝勝パーティーでのパートナーを申し込んでいて(ただし、ぜんぶ断られているが)、気持ちの上でも遅れを取っていると感じる。
なんだか自分が不甲斐なさすぎて、情けなくなってきた。
「リンクス隊長、俺とミライラは、学院の先輩後輩ってだけです」
「その理屈なら、ルベラス魔術師殿とお前はただの同僚だな」
「ミライラとは何もありませんから」
「お前、ルベラス魔術師殿とも何にもないだろ?」
「それはそうなんですが」
リンクス隊長、今日はやけに絡んでくるな。
俺の戸惑った様子に、リンクス隊長は苦みのある笑みを浮かべて、俺の肩をバシッと叩く。
その流れで、自分の顔を俺の耳元に寄せると、周りには聞こえない声で囁いた。
「ルベラス魔術師殿に気があるなら、あの後輩とは一線を引け。今の様子だと、つき合ってると誤解される。
ルベラス魔術師殿だって、周りに女がいる男に言い寄られても、いい印象は持たないはずだ」
それは紛れもなく忠告だった。
「それは分かってるんですが、先輩として慕ってもらえると、突き放せなくて」
俺はチラッと後ろに視線をやる。
そこにはまだミライラがいて、俺の仕度が終わるのを待っていたのだ。
「分かっててそれなら自業自得だ。勝手にしろ」
バンバンと乱暴に俺の肩を叩くと、リンクス隊長は挙げた右手をヒラヒラさせて、どこかに歩いていった。
なんなんだよ、あの人は。
心の中で悪態をつく。
分かってるんだよ、俺だって。
でも、慕ってくれる後輩を邪険にするなんて出来ないだろう?
「ヴェルフェルム先輩、いったいどうしたんですか? 青い顔をしてますよ? 救護室に行きます? 私も同行しますので!」
「俺、そんなに顔色、悪いか?」
「はい、もう最悪なほど」
しばらくして、ミライラが心配そうに声をかけてくれた。
顔色が悪いかどうかは自分じゃ分からないけど、手が痛い。
じっと手のひらを見ると、両方とも赤くなっていた。あれこれ考えていて、剣を強く握りすぎてたな。
「手も痛いし、救護室に行ってくるよ」
「私、付き添いますね!」
元気な後輩が明るい声をあげた。俺を励ましてくれているようで、つられて俺も元気になったような気がした。
「それじゃあ、私はこれで。お大事にしてください、ヴェルフェルム先輩」
救護室で手の治療を受けた後、ミライラはぺこりと頭を下げると、やっぱり元気に帰っていく。
その後ろ姿に手を振っているところへ、
「クラウド」
背後から声がかけられた。
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