運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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3 王子殿下の魔剣編

3-8

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 引き留める声を無視して、彼らは私たちがいる部屋に押し入ってきた。

 ノックもなしに、バーーーンと乱暴に扉は開かれる。入室の挨拶もない。逆に、自分たちが入ってきたのに、なんで挨拶しないのか、とでもいうような態度。

「(何ですか、あれ?)」

「(噂の大公夫妻よぅ。エルシア、見たことないのぅ?)」

「(見たことくらいはありますけど)」

 確か、私の母親の追悼の儀のときにいたよな、あのド派手なピンク。忘れようとしていた記憶を掘り起こす。

 が、途中で再び埋め戻した。

 記憶の底から掘り起こしたところで、徒労感に襲われるだけだったから。

 あれは知らない人、あれは知らない人、あれは知らない人。

 おまじないを三回唱えて、私は改めて入室者を観察した。ソファーの陰に隠れ、隣に座るユリンナ先輩とくっついて、こっそり様子を窺う。




 突然の闖入者は、ユリンナ先輩の話の通りのアルゲン大公夫妻だった。

 現在、グラディア王国に大公家は二つ。

 先だっての魔術大会で、いっしょに運営側として参加していたアエレウス大公家もその一つ。
 もう一つが、目の前で傍若無人な振る舞いをしているアルゲン大公家。

 アルゲン大公も大公妃も、二十一歳の子どもがいるとは思えないほどの若作り。

 大公妃なんて、もう、三十八歳。なのに細かい宝石を縫い付けてキラキラしている派手なピンクのドレスに、同じような作りの派手なリボンを結い上げた髪につけ、フワフワがついたやっぱりド派手な扇子をフリフリ。

 装いだけで判断すると、どこかの大富豪の愛人にしか見えない。

 いやー、これが自分の親だとすると、かなり痛い。百歩譲って、二十年前の年齢ならまだ許せる、かな。四十近くにもなってこれはないよね、これは。

「(エルシア、絶対に、失礼なこと考えてるわよねぇ~)」

「(気のせいです)」

 気のせいじゃないけど。

 これ以上、アルゲン大公妃を見てると、顔にいろいろ出るので、隣に立つアルゲン大公の方に目を向けた。

 金髪碧眼で優しそうな面持ち。見るからに年齢問わず女性にモテそう。

 カス大公子と違って、カス感はまったくない。平民の服を着て街角に立てばどこにでもいそうな好青年(青年ではないけど)。貴族の服を着て髪をビシッと決めてるいまは、理想の王子様(王子様ではないけど)。そんな雰囲気だ。

 それに、カス王子のような変な決めポーズもしない。

 うん、ちょっと語弊があるかな。『意図して決めポーズをしない』と言った方がいいかな。

 腕を組んだり、手を顎に当てたりするちょっとした仕草はもちろん、何もしないで立っている姿だけでも、自然と決めポーズになっている

 さすがは『真実の愛』の主人公。

 クズ男も『運命の恋』の主人公だけど、こういう格好良さはないし、あまり取り沙汰されていないし、もてはやされてもいない。

 ただひたすら、奥さんを溺愛する愛情の深さが共感を呼び、万人に指示されているんだそうだ。気持ち悪い。

 こちらの『真実の愛』の主人公もクズ男と同様だけど、

「(見た目の格好良さでも人気があるのよぅ。エルシアは興味ないだろうけどぅ)」

 とユリンナ先輩も言っているくらい。

 でも、元々は、私の母親と婚約していた人だ。

 真実の愛を見つけたという自分勝手な理由で、大勢の前で婚約をなかったことにした酷い人間。

 お母さまはこの人のことが好きだったのかな。お母さまから、前の婚約者の話を直接聞いたことがないので、実際のところはよく分からない。

 婚約破棄してから、二度と会わなかったのは未練があったからなのか、自分を裏切った人物を許せなかったからなのか。

 お母さまともっとたくさん、話をしておけば良かったな。

 私は大公夫妻を見て、しんみりした気持ちになってしまった。




 この直後に、私のしんみりをぶち壊してくれたのも大公夫妻だった。

「シグナルト、聞いたぞ! 魔剣を発見したんだってな。凄いじゃないか、さすがは我が息子!」

「シグナルト、凄いわ! 天才だわ! すべての幸運に愛されてるんだわ! さっそく魔剣をお披露目しないとね!」

「ルル、いい考えだ。さすが最愛の妻!」

「魔剣があれば剣術大会も優勝間違いなしよね、フィル!」

「あぁ、間違いない。剣術大会優勝の前祝いも兼ねて、舞踏会と晩餐会、どちらがいいかな?」

「もちろん、舞踏会だわ、フィル。シグナルトのファンのレディもたくさん招待しないとね!」

「あぁ、なんて素晴らしいんだ、ルル!」

「フィル、あなたのおかげよ!」

「愛してるよ、ルル!」

「愛してるわ、フィル!」

 口を挟む隙もなく、ガガガーーーーとまくし立てた二人。

 言いたいことを言い終えたのか、最後は相互に愛の言葉を告げて、王太子殿下もカスカスも近衛騎士も、おまけに私たちもいる目の前で、チュッチュッとキスをし始めた。

 私は何を見せられてるんだろう。

 唖然とした空気の中、二人のイチャイチャは続く。

「何これ」

 思わず、普通に喋ってしまった。周り全員同じ事を思っているのか、咎める人は誰もいない。

 それどころか王太子殿下が私のつぶやきに、説明を加える。

「これが通常のアルゲン大公家だ」

「ヤバさが爆発してる」

「言っておくが、近しい代では王家と血筋は繋がってない」

 まぁ、確かにそうだ。

 十代くらい前のかなり古い代に、王室、アエレウス大公家、アルゲン大公家と分家していて、アルゲン大公家にはその後、王室から降嫁した人はいないから。

 私と王太子殿下の方が血筋的には近かった。

 にも関わらず、カス王子とアルゲン大公家が似通っているのはどうしてなのか。気になって聞いてみる。

「カス具合が、あれ(カス王子)と似てるんだけど」

 タルパー卿も周りの近衛騎士も同じ事を思っていたようで、ぐっと口元に力が入った。吹き出すのを堪えている顔だ。

「気のせいだな」

 周りの反応を気にすることもなく、王太子殿下はさらっと答える。

「血筋から言えば、ルベラス嬢のあいつの方が近いだろう」

「顔とか、ぜんぜん似てないけど」

 私は、保護者の厳つくて無愛想で、ときおり見せる微かな笑みを思い出して、王太子殿下に答えた。
 血筋が近いと言われても、似てないものは似ていない。

「まぁな。あいつは祖母の家系にそっくりだからな」

 そうか。そういうものか。

 王太子殿下の言葉が自然と腑に落ちる。だって私も、クズ男とは似てないものな。顔も性格も。

「で、王太子殿下。どうするの、これ」

 私は事態の収拾を王太子殿下に投げた。

 私の杖、セラフィアスによれば、王太子殿下は『なんとかするのが得意』だそうだから。

「とりあえず、二人とも一晩、独房に泊まってもらうよ。罰則は必要だからね」

「はぁ、疲れた」

 探索から捕縛した後まで、精神的に疲れる仕事だったな。




 しかし、世の中、油断して気持ちが緩んだときにこそ、事は起きる。

「あら、あなた!」

 イチャイチャに没頭していたはずの大公妃が、何か気になることがあったようで、誰かに声をかけた。

 カス大公子の処分も決まったんだし、さっさと部屋から出ていってくれないかな。

 そんなことを考えていると、また声がかかる。

「あなたよ、あなた!」

 えええっ、もしかして私?!

 絶対に声をかけられたくない人から、声をかけられたときの絶望感。私はそれに襲われていた。

 おかげで、大公妃と視線を合わせるだけで、何も言葉が出ない。

 アルゲン大公妃は、無言の私を気にすることもなく、自分勝手に話し続ける。

「あたた、なんとなーーくだけど、ミレニア様に似てるわね!」


 ドクン


 心臓が跳ねた。息が止まる。

 いまさらながら、私がお母さまの娘と気がついたのだろうか。

 私は大公妃の顔をまじまじと眺める。屈託のない笑顔が私に向けられていた。

 その笑顔の主の肩に、優しく手が置かれる。

「ルル、いくらなんでも、あのディルスと夫人の間に黒髪の子が生まれるわけないだろう?」


 ドクン


 また心臓が跳ねた。息が出来ない。

 大公妃の肩に手をかけた大公も、屈託のない笑顔で話す。

「ディルスは当代一の大魔導師、魔法の才能に溢れた天才。夫人も魔力量が多くて魔法適性もあった。
 その二人の子どもなんだから、黒髪はないよ。きっと、魔法の才能に溢れた子だったはずさ」

「あらそうよね。他人の空似かしらね!」

 二人の会話が空々しく聞こえた。




 その後、カス王子とカス大公子が揃って連れていかれ、アルゲン大公夫妻も追い出されるように部屋から去っていった。

 その間の記憶は朧気だ。

「はぁぁぁ、疲れた」

 疲労感だけが身体に重くのしかかる。

「あのお花畑な親も独房に入れてほしい」

「さすがにそれは無理だな」

 私のつぶやきを、王太子殿下だけがしっかり受け止めてくれていた。
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