上 下
150 / 238
3 王子殿下の魔剣編

3-4

しおりを挟む
「はぁぁぁ、あのカス王子。ろくなことしないわ」

 話を聞いた正直な感想がこれだ。

 タルパー卿の話では、王族の墓所に無断で侵入したのはカス王子だという。

 何度も言うが、王族でも自由に出入り出来ないのが王族の墓所だ。直系王族だって王太子だって国王陛下だって、このルールを破ることは出来ない。

 それをあっさり破り、お仲間といっしょになって、王族の墓所の中を移動しているそうで。

 はぁぁぁぁぁ。

 頭が痛い。

「あいつ、カスなだけじゃなくてバカでもあったのか」

 考えていたことが口から出た。

「エルシア、それはちょーーーっと不敬なんじゃないのぅ?」

 珍しくユリンナ先輩がまともなことを言う。でも、話題の相手はまともではない人間。

 私は隣を歩くユリンナ先輩にしっかりと反論した。

「王女殿下から許可をいただきました」

「王女殿下から許可もらってるなら、仕方ないわね~」

 ユリンナ先輩が肩をすくめる。

「て、そんなわけありませんからね」

 前を歩いていたタルパー卿が、立ち止まってクルッと振り向いたので、


 コツン


 肩をすくめた姿勢のまま、ユリンナ先輩が派手にぶつかった。

 気がつくと、石造りの扉の前にたどり着いている。どうやらここが墓所への入り口のようだ。

 でも、なんだか、空気がピリピリしていて、おかしい。

 私たちの到着に気がついたのか、扉の脇の小さな建物から、近衛の制服を来た騎士がぞろぞろと出てくる。警備の騎士の詰め所だろう。

 ここへの道は三つ。

 私たちが歩いてきた抜け道の他に、正規の道と、もう一つの抜け道があった。

 タルパー卿にぶつかったユリンナ先輩は、顔を押さえたまま騒ぎ出す。

「いたたたたたたた。タルパー君、相変わらず、かった~い」

 うん? それは性格が? それとも胸板が?

 タルパー卿の背はそれほど高くない。平均より少し低め。
 そのタルパー卿に、同じく平均より低めのユリンナ先輩が突っ込んだので、ちょうど胸のボタンに顔をぶつけたようだ。

 押さえた手の隙間から見える皮膚は、とくに赤くもなってないので、大げさに痛がっているだけのよう。
 大したことはなさそうで、私もちょっと安心した。

 顔を隠したまま、ユリンナ先輩はひんひんと泣き真似を続ける。

 が、タルパー卿はまったく動じなかった。眉一つ動かさずに口だけ動かす。

「ダイモス嬢は相変わらず、ゆるすぎですよ」

 泣き真似を見抜かれている。

 ユリンナ先輩に気がある騎士なら、あれでイチコロなのに。やるな、タルパー卿。

「相変わらず、かたいわねぇ。だから未だに彼女なしなんでしょぅ!」

「はっ。恋人なしなのは、お互い様でしょう?」

 軽口を言い合う二人。

 どうやらユリンナ先輩とタルパー卿は以前からの知り合いのよう。もしかして同期とか? あり得る。

 私は二人のことをじっくり観察した。

「意外と仲がいい」

「「どこが?!」」

 そして、息もぴったり。

「かわいい振りをする、年齢でもないでしょうに」

「近衛には、私のかわいらしさが通じないのよぅ!」

 常套手段が通じなくて、ご機嫌斜めのユリンナ先輩。

 タルパー卿どころか、タルパー卿に同行している騎士二人も、ユリンナ先輩に興味なさげ。それも気に入らないようだ。

 まぁ、当然といえば当然。

 近衛は王族の護衛を任せられるような部署。簡単に魅了されるようでは、王族の守りがあやうくなるから。

 ユリンナ先輩から視線を逸らし、タルパー卿の真面目そうな横顔をじっと眺めていると、タルパー卿は私の視線など気にする風もなく、私たちに釘をさした。

「とにかく。この国の第二王子殿下なんです。失礼のない呼称でお願いします」

 言い切ったところで、どこからか、空気を切り裂くような甲高い声。

「それなら、カス王子で構わないわ!」

「だそうですよ、タルパー卿」

 続いて、わざとらしく爽やかさを装った声が聞こえた。

 どちらも聞き覚えしかない。

 タルパー卿はもう一つの抜け道に視線をやり、はぁ、とため息をついた。




「王女殿下」

 詰め所にいた近衛が全員ずらっと並び、敬礼をする中、タルパー卿の嫌そうな声が響く。

「まったく、デュオニスお兄さまったら、迷惑極まりないわね!」

「迷惑極まりないのはあなたもですが」

 こめかみをぐりぐりやりながら、タルパー卿が二回目のため息をついた。

「あら、タルパー卿。言うじゃないの!」

 タルパー卿は王女殿下の話を最後まで聞かず、王女殿下の隣に立つカイエン卿に声をかける。

 うん、タルパー卿も十分、不敬だよね。

「カイエン、お前がついていて、なんで王女殿下を連れてきた?」

「上の許可が出てる以上、こちらではどうしようもない」

 うん、タルパー卿だけでなく、カイエン卿も不敬だわ。

 というか、王女殿下があまり敬われていないのか。

 私はなんとなく、気分が悪くなった。

 空気はピリピリして刺すようだし、気分も悪い。さっさと仕事を終わりにするか。




 ところが、タルパー卿とカイエン卿はヒソヒソとやり取りを続けていて、私も王女殿下も立たされたまま。

 こちらはこちらで話を進めてもいいのだろうか。ええい、いいことにしてしまえ。

 吹っ切れた私はツカツカと歩いて、王女殿下のそばへ。

 私の歩みを止めようとした近衛が、割って入ろうと、動こうとしてはピクリと身体を硬直させる。

「ここで私とやり合えるわけないでしょ」

 私はバカにしたようにつぶやいた。

 ここは墓所の入り口。すでに地盤の魔力が濃くなっている。三聖の展示室同様、ほとんどの人間が制限を受ける場所。

 加えて、ピリピリする空気。

 こんな場所で私とやり合うのは分が悪いと思ったのか、自然と感じたのか。さすが近衛。勘の悪い騎士はいないようだ。

 周りを圧して、王女殿下を促す。

「王女殿下は何をしにこちらへ?」

「もちろん、エルシア嬢の大活躍を見物するためよ! おもしろそうじゃないの!」

 動きを止めた近衛とは違って、魔力に余裕のある殿下は、臆することなく腕を振り回して返事をした。

「ですよね~! 私、王女殿下と波長が合いそうぅ!」

「ホホホホホ。わたくしと同じことを考えるなんて、あなたもなかなかだわ!」

 どうしてだか、意気投合する二人。
 性格はともかく、声のキンキンさは似たものがある。

「えー、おもしろくなくても、静かにしててくださいね、二人とも」

「「もちろん!」」

 声も揃う二人。

 私たちの様子に気がついたタルパー卿が、慌てて戻ってきた。

「ルベラス魔術師殿、待ってください」

「ムリ」

「無理って、勝手なことをされては困ります」

 タルパー卿の方こそ勝手なことを言う。

「勝手に、私を指名してここに連れてきたのはそちらでしょ。だから勝手なのは私じゃないわ」

「ですが、ここではこちらの指示に従っていただかないと」

「はぁぁぁぁぁぁ?!」


 バチンッ!


 私の声に応じて火花が散った。

「いったいこれは?」

 カイエン卿もそばにきて、火花に警戒をする。

「墓所の状況が分かるんですよね? 説明してください。こちらで指示を出しますから」

 火花を見てもタルパー卿は動じることなく、冷静だった。
 私に状況報告を求め、指示は自分で出すという。

「責任者は私です。他の方に責任を負わすわけにはいきません」

 凛とした表情のタルパー卿。

 そうか。この人は、ただの傲慢で自分が指示を出すと言ってるわけじゃなかったんだ。

 私は肩の力を抜いて、タルパー卿に状況報告をし始めた。

「墓所に吹き出している地盤の魔力が荒れています。おそらく、勝手に入った人たちのせいで」

 空気がピリピリしているのは、地盤の魔力が荒れているせいだ。そして、この騎士たちは魔力の荒れを体感できてない。

「そこに私、魔力量が多い人間が来たので、荒れた魔力が私の魔力に刺激され、さらに荒れて火花が散ってます」

 火に油をそそぐというか。私がいることで悪循環を起こしている。

 解決方法は、荒れている原因をなくすか、荒れている魔力をなくすか。

「さっさと終わらせないと、地盤の魔力がどんどん荒れて、今の火花がどんどん大きくなります」

「予想より状況は悪そうですね」

 私の話を聞いて、タルパー卿はあごに手を当て考え込む。

「ルベラス魔術師殿は、ここから出来る範囲で第二王子殿下を見つけてください。位置が分かれば、近衛が突入します。
 分からなければ、近衛の警護の下、中に入って再度、探索をお願いします」

 私は黙って頷いた。

「《探索》に集中できるよう静かにしててください」

「承知いたしました」

「それじゃあ、始めるんで」

 私はさっそく魔法陣を展開させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

処理中です...