上 下
146 / 238
3 王子殿下の魔剣編

3-0 エルシア、カス大公家を目撃する

しおりを挟む
 迷子の犬探しでプラエテリタの森に行った翌々日のこと。 

 私は朝から団長室勤務だった。

 今の時期は天気が悪い日が多い。騎士は屋内で個人訓練となる。不思議と対外業務も一番少ない時期だった。

 そんな事情もあって、この時期に個人戦の剣術大会、続いて、団体戦の闘技会と開催されているそうだ。

 つまり、この時期、個人訓練にいそしむ騎士とは違って、魔術師は比較的暇。

 対外業務が少ないとはいえゼロではないわけで。自分のことで忙しい騎士に代わって出来る業務は率先して魔術師が引き受けて、魔術師に経験を積ませるという流れになっていると。まぁ、上手くできる。

 というわけで、今日は第三隊と第四隊の魔術師以外は全員が団長室に集められていた。うん、いつものメンバーだ。

 別に第三隊と第四隊を仲間外れにしているわけではない。第三隊担当者は今日は三聖の展示室の案内だし、第四隊の担当者は休養日。
 だから、自然といつものメンバーが集まった。

 そして交わす会話もいつもの会話。

 だったはずが。

「えー、あの犬。逃げちゃったんですか?!」

「そうなのよぅ! せっかくキラキラしたお家を用意してあげたのにぃ!」

 まさかの事態を知る。




 プラエテリタの森を撤収する際、問題になったのが保護した犬。

 最初に保護したのは探していた迷子の犬なので、捕まえて騎士団に連れ戻ればそれでよしだった。
 それに対して、次に保護したのは、湿った土の匂いが漂う、見た目は普通そうな犬。

 ただの犬にしては毛並みはいいし、訓練も受けているようだし、捨てられたか、主人とはぐれた犬だと私は睨んでいた。

 それに人の会話に聞き耳を立てる素振りもみせる。食べ物が目の前にあるのに興味をしめさない。何気ないところに目を向けてみると、ただの犬とは思えない賢さを感じた。

 そんなこともあって、このまま森に置き去りにするのもなぁ、と悩んでいたところに、

「お嬢さま、ダイモス邸に連れていきましょうか?」

 初老チームのひとりがそう申し出てくれたのだ。

 ユリンナ先輩も、ふむ、と腕を組む。

「そうねぇ。一匹増えたところで大差ないでしょうしねぇ」

 と言ってくれて。

 でも、ここで疑問が。

「ユリンナ先輩って。犬、飼ってるんですか?」

 どちらかというと世話してもらってる側のユリンナ先輩が、手の掛かるペットなんて飼うんだろうかと。

 尋ねてみたものの、疑問はユリンナ先輩本人と初老チームによってとても簡単に解消した。

「実家の方でね」

「闘犬が十匹ほど暮らしております」

 て。

「「闘犬!」」

 闘う犬と書いて闘犬。文字通り闘いに生きる犬。

 犬同士を闘わせる娯楽で活躍する一方で、邸宅への侵入者対策として使用される場合もある。

 いずれにしても強い犬だ。

 そんな犬を十匹って?!

 私とオルドーが同時に叫んだのも無理からぬことだと思う。

「お嬢さまは飼育には携わっておりませんので、安全ですよ」

 じぃやさんが一言付け加えてくれたけど、どういう意味で安全なのかが今ひとつ分からない。

 ただの犬ではなさそうだし、闘犬の中に放り込んでもいいものなんだろうか。

 同じことをオルドーも思ったようだ。

「こいつ、どこからどう見ても普通の犬だぞ? いや、むしろ駄犬。そんなところに混ぜて大丈夫なのか?」

 そんなことを口にしながら、私の膝の上の犬をつつこうとするオルドー。私は魔の手から犬を守る。

「ちゃんと区域を分けて放し飼いしてるから、大丈夫よぅ!」

「それぞれ担当区域がありますから」

 じぃやさんの話では、闘犬は縄張り意識が高いので、同じ区域で二頭以上は飼えないんだそうだ。

 同じ区域にすると、どちらかが噛み殺されてしまうこともあるんだとか。うん、怖いな、闘犬。

 それで区域を分けて飼うんだそうだけど。

「凄いな、豪邸かよ」

「ユリンナ先輩の家って、大きいんだね」

「大きいってもんじゃないだろ」

 スケールの大きさに唖然とする私とオルドー。

 私もオルドーも魔塔育ち。魔塔は上には高いけど、一階ごとの広さはそれほどでもない。

 ユリンナ先輩の大きな家を想像して、これなら安全に暮らせるに違いないと、私はちょっと安心したのだった。




 なのに。

「キラキラした家にするから、逃げたんだろ。普通に考えろよ、普通に。犬がキラキラした家に住みたがるか?」

 もっともである。

 それより何より、問題は犬の家がキラキラしていることじゃない。犬がいなくなったことだ。

「ユリンナ先輩、ちゃんと世話するって言ってたじゃないですか!」

「だって、じぃやが!」

「じぃやさんのせいにしないでください!」

 ビシッと言うと、とたんにユリンナ先輩がシュンとなった。

 今頃どこで何をしてるのかな、あの犬。
 お腹、空かせてないかな。ひとりで寂しくないかな。

「大丈夫かな、あいつ」

 オルドーも逃げた犬のことを心配してくれていた。

 オルドーは、ある日突然、事故で親を失って孤児になったと聞く。
 私と同じく、ひとりぼっちの寂しさを分かっている人間だから、ひとりぼっちの犬に自分を重ねているのかもしれない。

「こんなことになるなら、エルシアが飼えば良かったな」

 はぁ?

 そこは、自分が飼うって言うところだよね?

 と思いながら、私は言葉を返す。

「あー、それが。私のところはちょっと」

「えー、なんで?」

「ペットを飼うときは保護者に許可とらないといけないし、それに」

「それに?」

「うちには猫がいるから」

 そう。

 私のところには猫がいるのだ。

 私の保護者と共同で飼っていることもあって、猫は私のところと保護者のところを行ったり来たり、気ままに生きている。

 保護者がつけた名前は《マグヌス》。

 小さくてかわいくておとなしいのに、マグヌス=大きいという意味の名前をつけられたせいか、周りからはなぜか怖がられていた。

「そうだ。エルシアのところは、魔王猫がいたな」

 まぁ、マグヌスは少しばかり普通の猫ではない。魔猫の最上位種の魔王猫、カタディアボリだったりする。

 飼う前はあんなに面倒に思っていたのに、いざ、飼ってみたら思いのほか、かわいい。

「うんうん。魔王猫って、うちの闘犬よりヤバいわよねー」

「獰猛で乱暴で傲慢。まさしく最恐種だよな」

「エルシアのとこで犬なんて飼ったら、魔王猫が犬を食べちゃうわよぅ」

「確かにな」

 て、猫が犬を食べる話になってる!

「うちのマグナスは、犬なんて食べませんから!」

 と大きな声で否定したのに。信じてくれる人は誰一人いなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

貧乏令嬢の私、冷酷侯爵の虫除けに任命されました!

コプラ
恋愛
他サイトにて日間ランキング18位→15位⇧ ★2500字〜でサクサク読めるのに、しっかり楽しめます♪ 傲慢な男が契約恋愛の相手である、小気味良いヒロインに振り回されて、愛に悶えてからの溺愛がお好きな方に捧げるヒストリカル ロマンスです(〃ω〃)世界観も楽しめます♡  孤児院閉鎖を目論んだと思われる男の元に乗り込んだクレアは、冷たい眼差しのヴォクシー閣下に、己の現実を突きつけられてしまう。涙を堪えて逃げ出した貧乏伯爵家の令嬢であるクレアの元に、もう二度と会わないと思っていたヴォクシー閣下から招待状が届いて…。 「君が条件を飲むのなら、私の虫除けになりなさい。君も優良な夫候補が見つかるかもしれないだろう?」 そう言って、私を夜会のパートナーとしてあちこちに連れ回すけれど、何だかこの人色々面倒くさいわ。遠慮のない関係で一緒に行動するうちに、クレアはヴォクシー閣下の秘密を知る事になる。 それは二人の関係の変化の始まりだった。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...