上 下
141 / 238
3 王子殿下の魔剣編

2-7

しおりを挟む
 ダイアナ嬢とフォセル嬢の会話を完全に無視した形で、アルゲン大公子は話を続けた。これはこれでいい性格をしている。

「それで、君たちも魔剣の捜索か。残念だけど、魔剣は僕が見つけるよ。悪いね」

 私自身、『魔剣の捜索』とは一言も言ってない。相手が勝手に勘違いしているだけ。

「(こっちは一言も『魔剣の捜索』なんて言ってないけどぅ!)」

 お願いだから、笑いをかみしめながらヒソヒソ会話しないで欲しいんだけど。

「(騎士団の任務を関係ない人間に喋るのは規律違反だしな。当然の対応だよな)」

 だから、黙って。顔がひきつる。

 私は心の中で冷や汗をダラダラ流した。それでも視線はアルゲン大公子とマリーアンに向けたまま。
 にっこりと笑うまではしないにしろ、ここで視線を外すことも出来ない。

 だいたい、こういう役割はオルドーでしょ。
 一番上のユリンナ先輩に話をさせるととんでもないことになるらしいので、やっぱりここはオルドーだ。

 なのにオルドーは私の前に出ようともしない。

 そんな中、私の心の声に構うことなく、アルゲン大公子を囲む人たちも、アルゲン大公子の天幕にいる令嬢たちも、キャーキャー言っていた。


「まぁ、シグナルト様ったら!」

「シグナルト様、素敵ですわぁ!」

「シグナルト様ならすぐ見つかります!」


 そんな周りの声を聞いて疑問に思う。

「お茶会っぽいことしてるだけなのに、魔剣が見つかるわけ?」

 あ、口から出た。

「その辺は突っ込んでやるなよ、エルシア」

 ついにオルドーもちゃんとした声で話しかけてくる。が、アルゲン大公子はオルドーのことは見ない。

 え? なんで?

「(アルゲン大公子といえば、女性としか話をしないことで有名なんだ)」

 オルドーが脇でヒソヒソと話しかけてきた。

「(見た目はちょーーっとイケメンなんだけどぅ、ただの女好きよぅ!)」

 ユリンナ先輩も後ろからヒソヒソと話しかけてくる。

 二人の話の内容が酷い。

 あぁ。だからか。

 アルゲン大公子を囲んでいるのは女性のみ、熱い視線を送っている。男性は遠巻きにしていて、アルゲン大公子を見る視線がやけに冷たい。

 話しかけても無視されるのだとしたら、あの冷たい視線も無理はないか。

 オルドーの言うとおり、オルドーのことは無視して、アルゲン大公子は私の独り言に返事をしてくれた。

「心配には及ばないよ、レディ。配下の騎士たちに魔剣の捜索は任せているから」

 騎士団でいえば、団長のようなポジションだろうから、言い分は分かる。

 ヴァンフェルム団長だって、捜索をする人ではなく、捜索する人を管理する人。

 ただ、みんなの上に立つ人が、捜索している騎士の目の前でお茶会やっているってのは、どうなんだろう?
 少なくとも、わざわざ、令嬢を集める必要はないと思う。

 私はアルゲン大公子の行動に少し疑問を持った。

 ところで。

 アルゲン大公子に話しかけられたのは私なので、返事を返すべき?




 私がちょっとの間考え込んだせいで、言い返すのがちょっと遅れる。その隙に、私とアルゲン大公子の会話にマリーアンが割って入った。

「さすがはシグナルト様。適材適所ですわねぇ」

「まぁ、そうとも言うけど」

 アルゲン大公子をそれとなく持ち上げるマリーアン。

 マリーアンの言うとおりではあるので、同意はしたけど、でも、なんかおかしい。

 マリーアンは、王女殿下やダイアナ嬢みたいな自己主張強めの傲慢さはあまり感じられず、空気が読めなさそうで、しっかり空気を読んでくる令嬢だ。

 他人の会話に強引に割って入るなんて、もってのほか。つきあいが短い私でも、マリーアンならやらないだろうことくらい分かる。

 なのに、マリーアンは躊躇することなく割って入った。まるで、私とアルゲン大公子に会話をさせたくないような、そんな雰囲気で。

 そしていいタイミングで、ユリンナ先輩が大声をあげる。この場にいる全員に聞かせるように。

「エルシア、こっちもお茶の用意が終わったって!」

 あれ? お茶、飲み終わったよね?

 首を傾げて、ユリンナ先輩の方を見る。

「あらぁ、お茶会でしたのねぇ」

 間髪入れず、マリーアンも声を上げた。こちらもいいタイミングだ。示し合わせてもいないのに息ぴったり。

 するとアルゲン大公子は、これはしまった、というような顔をして、こちらに謝罪してきた。

「あぁ、邪魔してしまったな」

「ですわねぇ」

 マリーアンがすかさず、アルゲン大公子に同意をすると、

「それではよい一時を」

 と言って、アルゲン大公子は再び、自分のデカい天幕に戻っていったのだった。

 もちろん、マリーアンもいっしょに。

 いったいなんだったのか、マリーアンが何をしたかったのか、今ひとつ分からない私だった。




 パチン!


「ユリンナさん、ナイス」

「えへ」

 私の後ろでユリンナ先輩とオルドーがハイタッチをしているところを、呼び止めた。

「今の、何だったんですか?」

 私だけ何がなんだか分かってなくて、仲間外れになっているような、疎外感を感じる。

「「あー」」

 二人の声が揃った。

「(たぶんだけどな、カリュブス侯爵令嬢は忠告しに来たんだ)」

「(そぅそぅ。あの天幕、アルゲン大公子のだとは思わなかったわよぅ!)」

「(こちらの不手際でございます。調査が徹底できず申し訳ございません)」

 じぃやさんまでヒソヒソ会話に加わってくる。

「(アルゲン大公子ってイケメンだけど、女好きであちこち手を出しまくってるのよぅ。そんなヤバいヤツと、うちのエルシアを会わせるわけにはいかないもんね!)」

「(だよな。だから、気をつけろって言いに来たんだよ、あの令嬢。なのにアルゲン大公子が出てきちゃったからな)」

「(そぅそぅ。カリュブスちゃん、慌ててたわよねぇ! アルゲン大公子を天幕に引き戻そうと必死だったわよぅ!)」

「うん、そうなんだ」

 よく分からないけど、どうやらそういうことらしい。

 私たちのヒソヒソ会話が中断したところで、

「あのー」

 と声を控えめにかけてくる人物がいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

処理中です...