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3 王子殿下の魔剣編
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こうして、ユリンナ先輩により無理やり始まってしまったお茶会。
両手にカップを持ったまま呆然とする私の口から、声が漏れた。
「仕事、終わったのに」
「ま、仕事の一環だと思えばいいんじゃないか?」
オルドーは私の隣。カップを口元に運んで一口すする。余裕があるのか、諦めたのか、達観した表情。
「でも、いくら、団長が許可したからっていっても、仕事中にお茶を飲んでお菓子を食べるだなんて」
確かに騎士団でも、書類仕事の合間にお茶とお菓子で休憩を取ることはあるけど。
目の前のテーブルに広げられているものは、どう見ても、仕事合間の休憩レベルのものではなく、完全にお茶会だ。それもけっこうちゃんとしたヤツ。
プラエテリタの森の備品に過ぎなかったただの石のテーブルには、ところどころに鮮やかな刺繍が入った白いテーブルクロスが引かれ、ただの石のスツールにはこれまた刺繍入りのクッション。
天候は曇天、黒い雲が垂れ込めて今にも降ってきそうな空模様だったのに、テーブルの上には天幕が張られ、しかも内側は青空模様。芸が細かい。
さらに、天幕の四隅には花飾り、おまけにテーブルの周りにも生花が生けられていた。
自称ユリンナ先輩のお友だちたちは、手際もさることながら、習熟度もかなりのものだったのだ。
そんな中でオルドーは平然とお茶を飲んでいる。
「お前、仕事中に王女殿下のお茶会に呼び出されてるじゃないか」
「あれは仕事」
「これも同じように考えればいいんだよ」
「うーん」
そう簡単には割り切れないんだけどな、と考えながら、手にしたカップを口に運んだ。フワッとフルーツのような爽やかな香りが鼻に抜ける。
「これ、美味しい」
カップを覗き込んだ。まぁ、覗き込んだところで美味しさの元が見つかる訳じゃないけど。
「だろ?」
「それになんだか、気分がいい」
「だろだろ?」
「なんか、危ない薬でも入ってるのかな」
「どうして、そうなる?! ただの美味しいお茶だろ?!」
いやだって。ただのお茶にしては効き目がありすぎるし。
「まったく。素直に普通に考えろよ」
何事も疑うところから入れって、私の保護者は言ってたけどな。
口にはしなかったけど、心の中でそんなことを思いながら、お茶のお代わりを頼んだ。「俺も」とオルドーもお代わりをする。
ユリンナ先輩はお茶会が始まってからというもの、静かにニタニタと緩んだ笑みを浮かべているだけ。不気味だ。
お茶のお代わりが注がれると、シルバーグレーのお爺さんが優雅に一礼をする。
「フェルアス様、ルベラス様、御両名様に喜んでいただけて感無量にございます」
おおっ。
お爺さん、かっこいい。渋い。
なんだけど。ユリンナ先輩のニタニタ笑いはまだ続いてる。なにゆえ?
ユリンナ先輩のニタニタを気にすることもなく、シルバーグレーのお爺さんは口上を続けた。黒い眼鏡がキラリと光る。
が、その内容がヤバかった。
「今日のお茶ですが。まず、フェルアス様のお茶は、トランクィラの茶葉に竜の骨と大牡蠣の殻を焼き上げたものを配合し、鎮静作用を増強いたしております。
これで、ユリンナお嬢さまの無茶ぶりにも慌てず騒がず落ち着いて対処できることかと」
「はぁ?!」
ゲホッとお茶を吹き出して、大声をあげるオルドー。
シルバーグレーのお爺さんの解説は私のお茶に移った。
「ルベラス様のお茶は、マギアナの茶葉を大雪山の清水で沸かしアサイアの果汁を加えて、魔力増強と回復を最大限に促す逸品に仕上げました。
魔力の量、質、強さ、すべてが人外のルベラス様に、少しでも気持ちよくお茶を堪能していただけますよう」
「いや、私、ふつーの人間だけど?」
お茶の内容ももちろんヤバいんだけど。
話の内容はさらにヤバい。
だって、このお爺さん。私の魔力を観察できている。
私の魔力は完全にコントロールされていて、おまけに《魔力隠蔽》しているものだから、他の人からはいっさい魔力が感じられないはずだ。
まぁ、人外っていうのはかなり盛っているけど。私が他人より少しばかり魔力量が多く魔力の威力も強いのは事実。
「ホーッホホホホ。うちのじぃやは見る目があるのよぅ!」
突然、ユリンナ先輩が高笑いを始めた。
「痛み入ります」
と控え目に言うシルバーグレーのお爺さん。ええいもう、呼び方、ユリンナ先輩のじぃやさんでいいや。
ふと、私はじぃやさんの眼鏡に視線が留まる。そうか。
「金眼持ちか」
「やはり、セラの目は誤魔化せませんね」
そう言うとじぃやさんは黒い眼鏡を外して、改めて一礼した。顔を上げてまず目に入るのは、薄い金色の瞳。
「私、この目と特技を生かして、体調管理を長年努めて参りました」
「その目で相手の体質や特徴を見極めて、身体にあった薬茶を作ってるんだね」
「左様でございます」
「うん、ありがとう。美味しかった」
私はお代わりをぐっと飲み干し、空になったカップをテーブルに置き、「でも」と付け加える。
「私、人外じゃないから」
その言葉にじぃやさんは無言で頭を下げるだけだった。
両手にカップを持ったまま呆然とする私の口から、声が漏れた。
「仕事、終わったのに」
「ま、仕事の一環だと思えばいいんじゃないか?」
オルドーは私の隣。カップを口元に運んで一口すする。余裕があるのか、諦めたのか、達観した表情。
「でも、いくら、団長が許可したからっていっても、仕事中にお茶を飲んでお菓子を食べるだなんて」
確かに騎士団でも、書類仕事の合間にお茶とお菓子で休憩を取ることはあるけど。
目の前のテーブルに広げられているものは、どう見ても、仕事合間の休憩レベルのものではなく、完全にお茶会だ。それもけっこうちゃんとしたヤツ。
プラエテリタの森の備品に過ぎなかったただの石のテーブルには、ところどころに鮮やかな刺繍が入った白いテーブルクロスが引かれ、ただの石のスツールにはこれまた刺繍入りのクッション。
天候は曇天、黒い雲が垂れ込めて今にも降ってきそうな空模様だったのに、テーブルの上には天幕が張られ、しかも内側は青空模様。芸が細かい。
さらに、天幕の四隅には花飾り、おまけにテーブルの周りにも生花が生けられていた。
自称ユリンナ先輩のお友だちたちは、手際もさることながら、習熟度もかなりのものだったのだ。
そんな中でオルドーは平然とお茶を飲んでいる。
「お前、仕事中に王女殿下のお茶会に呼び出されてるじゃないか」
「あれは仕事」
「これも同じように考えればいいんだよ」
「うーん」
そう簡単には割り切れないんだけどな、と考えながら、手にしたカップを口に運んだ。フワッとフルーツのような爽やかな香りが鼻に抜ける。
「これ、美味しい」
カップを覗き込んだ。まぁ、覗き込んだところで美味しさの元が見つかる訳じゃないけど。
「だろ?」
「それになんだか、気分がいい」
「だろだろ?」
「なんか、危ない薬でも入ってるのかな」
「どうして、そうなる?! ただの美味しいお茶だろ?!」
いやだって。ただのお茶にしては効き目がありすぎるし。
「まったく。素直に普通に考えろよ」
何事も疑うところから入れって、私の保護者は言ってたけどな。
口にはしなかったけど、心の中でそんなことを思いながら、お茶のお代わりを頼んだ。「俺も」とオルドーもお代わりをする。
ユリンナ先輩はお茶会が始まってからというもの、静かにニタニタと緩んだ笑みを浮かべているだけ。不気味だ。
お茶のお代わりが注がれると、シルバーグレーのお爺さんが優雅に一礼をする。
「フェルアス様、ルベラス様、御両名様に喜んでいただけて感無量にございます」
おおっ。
お爺さん、かっこいい。渋い。
なんだけど。ユリンナ先輩のニタニタ笑いはまだ続いてる。なにゆえ?
ユリンナ先輩のニタニタを気にすることもなく、シルバーグレーのお爺さんは口上を続けた。黒い眼鏡がキラリと光る。
が、その内容がヤバかった。
「今日のお茶ですが。まず、フェルアス様のお茶は、トランクィラの茶葉に竜の骨と大牡蠣の殻を焼き上げたものを配合し、鎮静作用を増強いたしております。
これで、ユリンナお嬢さまの無茶ぶりにも慌てず騒がず落ち着いて対処できることかと」
「はぁ?!」
ゲホッとお茶を吹き出して、大声をあげるオルドー。
シルバーグレーのお爺さんの解説は私のお茶に移った。
「ルベラス様のお茶は、マギアナの茶葉を大雪山の清水で沸かしアサイアの果汁を加えて、魔力増強と回復を最大限に促す逸品に仕上げました。
魔力の量、質、強さ、すべてが人外のルベラス様に、少しでも気持ちよくお茶を堪能していただけますよう」
「いや、私、ふつーの人間だけど?」
お茶の内容ももちろんヤバいんだけど。
話の内容はさらにヤバい。
だって、このお爺さん。私の魔力を観察できている。
私の魔力は完全にコントロールされていて、おまけに《魔力隠蔽》しているものだから、他の人からはいっさい魔力が感じられないはずだ。
まぁ、人外っていうのはかなり盛っているけど。私が他人より少しばかり魔力量が多く魔力の威力も強いのは事実。
「ホーッホホホホ。うちのじぃやは見る目があるのよぅ!」
突然、ユリンナ先輩が高笑いを始めた。
「痛み入ります」
と控え目に言うシルバーグレーのお爺さん。ええいもう、呼び方、ユリンナ先輩のじぃやさんでいいや。
ふと、私はじぃやさんの眼鏡に視線が留まる。そうか。
「金眼持ちか」
「やはり、セラの目は誤魔化せませんね」
そう言うとじぃやさんは黒い眼鏡を外して、改めて一礼した。顔を上げてまず目に入るのは、薄い金色の瞳。
「私、この目と特技を生かして、体調管理を長年努めて参りました」
「その目で相手の体質や特徴を見極めて、身体にあった薬茶を作ってるんだね」
「左様でございます」
「うん、ありがとう。美味しかった」
私はお代わりをぐっと飲み干し、空になったカップをテーブルに置き、「でも」と付け加える。
「私、人外じゃないから」
その言葉にじぃやさんは無言で頭を下げるだけだった。
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