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3 王子殿下の魔剣編

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 探している犬が見つかった。しかも逃げずにおとなしくしてくれている。

 ごくり。

 落ち着け、私。

 私は姿勢を低くすると、犬の視界に入らないよう後ろから手を伸ばした。緊張で手が震える。ここでパッと走り出されたら、無事に捕まえる自信はあまりない。

「生死問わずなら良かったのにな」

「エルシア、そういうこと言うな」

 オルドーに怒られる。

 だいたい、なぜか私だけ「生きて元気な状態で保護すること」と念を押されたんだよな。

 なんでもかんでも、殴って気絶させて捕まえると思われてるんだろうか。そんなことはあのクズ男にしかしないのに。

 そんなことを考えながら、私はそろーーーっと指を伸ばす。

 落ち着け、落ち着け。

 相手は動物だ。野生でない飼い犬だとしても、動物には違いない。しかも、本来は獲物を狩って生きていた種族だ。

 こちらのちょっとした動きや感情も、敏感に察知するだろう。

 私は汗でダラダラな内心を隠して、後ろに回した手を指をさらに伸ばす。指先が犬のフワフワした毛に触れた。さらに伸ばすと今度は違う感触の物。

 うん、これがきっと首輪だな。

 私は毛にめり込ませるように指先を立て、ぐっと首輪を掴んだ。犬は抵抗するそぶりも見せない。

 よしっ。

 思い切って犬を自分の身体によせ、逃げないよう魔術処理をした綱を首輪につけた。

 ふぅ。

 息を吐く。見つかった、逃げられたでは最初に逆戻り。捕まえる瞬間が一番緊張する。

 綱をつけられた犬は嫌がる様子もなく、舌を出し、ハッハッハッハッと息を吐きながら私を見上げていた。

 あれ?

 もっと暴れん坊なのかと思ったけど。

 暴れて逃げたのではなく、飼い主側の不手際で、迷い犬になっただけだったのか。

 ともあれ、無事に生きたまま捕まえられて良かった。




 さてと。

 空は暗雲。森は大混雑。
 こんなところからは早めに退散したい。

 私は犬の綱をしっかり握ると、まぁ、魔術処理してある綱なので多少のことでは逃げられないけど、それでもしっかり握って立ち上がった。

「じゃあ、さっさと、」

 と言い掛けたところで、そばに走り寄ってきたユリンナ先輩が、私の方に突進してきたかと思うと、

「帰るわけないでしょぅ!」

 と叫んで私の口を手で塞ぐ。

「もがもが」

「せーーーーーっかく許可も取って、じぃやたちにお願いしたのに。ぷんぷん」

 苦しいって。

 私は片手で、ユリンナ先輩の手を無理矢理引きはがした。

 私のもう片方の手は真っ白な犬から伸びる綱の端をしっかりと握る。見つけたばかりの犬を逃がしたくはない。

 確保した犬はユリンナ先輩の勢いに怯える様子を見せたものの、私が引き寄せて体躯を撫でてあげると、クーンと安心したような声をあげる。

 大事な犬が大丈夫なのを確認して、私は視線をユリンナ先輩に向けた。

「じぃやって言っちゃってるよね」

「ぷんぷんって口で言ってるよな」

 オルドーも同じようにつぶやく。

 それから、私とオルドーは顔を見合わせて肩をすくめた。

 オルドーは同じ魔塔孤児院出身。性格も互いによく分かっているので、実のところ、クラウドやユリンナ先輩より、はるかにやりやすい相手だったりする。

 加えて、身長差があまりない。

 私は女性の平均よりやや高め、オルドーは男性ほど平均よりやや低めなので、ちょっと目線がずれる程度。

 クラウドや保護者なんかは私より頭一つ以上背が高いので、見上げて視線を合わせるのも一苦労だけれど。
 彼らに比べたらオルドーは横を向くだけで目で会話できるので、アイコンタクトもとりやすい相手だった。

 作戦中に魔術師同士やり取りするには抜群の相手だというのに、オルドーと組んで仕事をするのはこれが初めて。

 この機会に、ユリンナ先輩よりオルドーの方が仕事がしやすいことをアピールしてみようかと、本気で思っていたんだよね。

 まぁ、とにかく今は仕事のことよりユリンナ先輩だ。だだをこね始めたユリンナ先輩をどうにかしないと。

 絶対に面倒なことになる。

「「はぁぁぁ」」

 二人してため息をついた。

 どうやらオルドーも同じ結論に至ったらしい。

「分かった、分かったから。ちょっと休憩していくだけだからな」

 けっきょく、オルドーが折れる。

 ユリンナ先輩はやると言い出したら引かない性格。

 オルドー、面倒になったな。

 私は心の中でつぶやくだけで、口には出さず。表情にも、たぶん出ていない。

 その代わりに私は別のことを口にした。

「オルドーの方が先輩っぽいよね」

 オルドーに許可をもらって小躍りするユリンナ先輩と、やれやれと頭に手を当てるオルドー。
 どちらが先輩でどちらが後輩なんだか、区別が付かない。

 そして、二人をチラリとも見ずにチャキチャキと動く初老チーム。
 これはこれである意味、立派なものである。

 こんなかんじで、早く帰りたい私を完全に無視して、お茶の準備は進んでいった。

 そして、

「犬はこちらでお預かりいたします」

 とシルバーグレーのお爺さんのに声をかけられたときには、お茶会の準備はすっかり終わっていたのだった。
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