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2 暗黒騎士と鍵穴編

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「アルジアルアルジアアアアアアルルルルジジジジィィィィィ!」

 意味の分からない呻き声をあげだしたのは白髪の杖精だった。

 倒れたままの体勢で呻く。

 と思ったら、ピタッと呻き声を止め、ガバッと半身を起こした。

 ギギギッと音が出そうなほどのカクカクとしたぎこちない動きで、身体や顔を動かし、クズ男を正面に捉える。

 目が限界まで見開き、瞬き一つしない。

 クズ男は、そんな異様な杖精の様子にも興味なさそうに応じるだけ。

「なんだよ、こいつ。うるさいなぁ」

「我が主、三年前に封印処分をしたときに主従契約を破棄していなかったのでは?」

「あれ。仮契約のままだったろ?」

「我が主。この杖と契約状態になっているようだが」

「あー、封印したから、そのままにしちゃったのか」

 二人の会話からは、クズ男の無責任さがヒシヒシと伝わってきた。

 クズ男擁護に回った隊長二人も、今はただ黙っている。隊長たちの顔色は、さきほどより悪くなっていた。

 まぁ、どうせ、クズ男の無責任発言に幻滅しているわけじゃない。クズ男のどこかしらに美点を見つけようと、会話に集中しているだけなんだ。




 私が心の中で隊長たちにがっかりしていると、ヴァンフェルム団長がクズ男とアキュシーザに話しかけた。

「ま、筆頭殿もアキュシーザ殿も、思い出していただけたようで、なによりだ。
 自分で作った杖なら、暴走くらい簡単に処理できるだろうしなぁ」

 団長ののんびりした声はどこかしら、辛辣な響きがある。

「当然だろう」

 団長の言葉にふんと鼻を鳴らして、クズ男はアキュシーザに命じた。

「《アキュシーザ》」

 アキュシーザがほぅっと光に包まれたと思ったら、杖の形に戻り宙に浮かぶ。

 そして、ふっと消えたと思ったら、クズ男の手の中に収まった。この時には、クズ男はすでに魔法陣を二つ作り上げている。

 一つは、

「《破魔封印》」

 魔導具の魔力と能力を封じる魔法。

 アキュシーザの呼び出しから、魔法陣の展開、魔法の発動まで、流れるような滑らかさ。

「魔法の腕はさすがだよなぁ」

「ふん」

 むくれてみたものの、これには私も舌を巻く。

 性根は腐りまくったクズだけど、さすが王国一の魔導師と言われるだけある。

「これで性格もまともだったらなぁ」

 うん、まぁ、ファン以外のまともな人はそう思うよね。

 そして、クズ男のもう一つも発動した。

「《壊魔消滅》」

 魔法を壊し消し去るための魔法。

 クズ男は自分で作った魔導具に対して、なんのためらいもなく、消滅の魔法を発動させる。

 白髪の杖精の床から天井にかえて、光の柱が立った、と思ってすぐ光は消えた。床の上には杖精がさきほどと同じ姿で残っている。

「アアア………………ル…ル…ル…ル……ジ」

「やっぱりダメだな」

 二つ目の魔法はあっけなく失敗して、クズ男は何かを放り出すような仕草で、言葉を吐き捨てた。




 その時。

「クラウドー、ルベラス君をよーく押さえておけよー」

 ヴァンフェルム団長の声。




 クズ男の隣にはいつの間にか人型に顕現したアキュシーザがいる。

 クズ男に喋らせておくとマズいと判断したのか、おおよそのことをアキュシーザが説明し始めた。

「第二騎士団と第三騎士団。暴走した杖の回収、ご苦労だった。
 この杖は役に立たない上、人間を食べるようになったので、三年前、我が主によって封印処分になった杖だ」

「さっき筆頭殿が、昔、作ったとか言っていたが」

「あぁ、そうだ。我が主が転移魔法をさらに発展させるため、鍵穴の杖の能力を複製した杖を製作した」

 クラヴィスがいろいろ暴露してしまったのでこれ以上、隠す必要もないのだろう。

 アキュシーザが主のために気を遣う一方で、アキュシーザを気にすることもなくクズ男は思うままに喋る。

「短時間で能力を得た杖は、人間の子ども以下。まるでダメだな。能力はあるはずなのにまったく使えない」

「ま、普通の杖は長い時間をかけて出来あがるそうだからなぁ。それで、さっきので終わりなのかい?」

 ヴァンフェルム団長がじわりとクズ男に詰め寄る。言葉をさらっと発しただけなのに、騎士特有の圧もかけられていて、空気が重い。

 私はクラウドに見張られて、クラウドの背中の後ろから団長たちのやり取りを眺めていた。
 ただ、やり取りを眺めるだけなのは、隊長たちもクラウドも記録官も同じなのに、私はなんだか自分が不甲斐なく感じたのだ。

 私たちが注目する中、クズ男はアキュシーザの合図を無視してベラベラと喋る。

「今、見たとおり。壊すことが出来ないから封印するしかないのさ。まったく迷惑な魔導具だよ」




 クズ男の言葉はこの場にいる全員の耳に届いた。もちろん、魔力と能力を封じられた杖精の耳にも。

「ア…………………………ル…ジジジジ……………」

 クズ男の言葉をどこまで理解が出来たのかは分からない。
 杖精はクズ男を『主』と呼ぶと、カツンと床の上に転がった。杖の姿に戻って。

「あなたもクズ男の被害者なんだね」

 私は床の上に転がる杖を見て、つぶやくことしか出来なかった。

「エルシア? どういう意味だ?」

 クラウドが後ろにいる私をチラッと見て、そう聞いてきたけど、私は答える気にもなれなかった。




 さらに問題なのはその後だ。

「でもま、杖のような高位魔導具まで作り出すとは、さすがは筆頭というところだなぁ」

 ヴァンフェルム団長の、賞賛すると見せかけて嫌みを言う口撃に対して、クズ男は思いっきり嫌な顔をする。

「これ以降、杖は作ってない。僕が作った失敗作の子どもや魔導具は、簡単に廃棄できたけどさ。失敗作の杖は破壊も廃棄も出来なくて面倒だからね」

「失敗作とは穏やかじゃないなぁ」

 失敗作という言葉をヴァンフェルム団長が聞き咎め、同じ言葉が私の胸をえぐった。

 失敗作の子ども。私のことか。

 簡単だったろうね。サイン一つで廃棄出来たんだから。

 身体が震える。

「失敗作じゃなければ、なんだ、失敗例? 未完成品? ともかく、出来損ないなんだよ」

 クズ男のあまりの言い方に、それまでおとなしくしていたクラヴィスが噛みつきだした。

「お前が作ったのに出来損ないってなんだよ! お前が創造主なら途中で放り出さず最後まで責任を取れよ!」

 クラヴィスはクラヴィスなりに、白髪の杖精に責任を感じているんだと思う。

「出来損ないだろ? 人を食う杖だぞ?」

「それは確かにそうだが」

「修復不可能だと判断したから、責任をもって封印処分にしたんだよ。悪いのはその封印を解いたヤツだ」

 あぁ、悪いのは私なんだ。

 それならばお望み通り、悪いことをしてあげようか。

 私の意思に応じるように、身体の周りの空気も震えた。




「クラウド! ルベラス君はどこだ?!」

「エルシアは俺の後ろに、え?」


 バコン!


 まず一発をアキュシーザに食らわす。背後から。これは避けられない。アキュシーザは一発で崩れ落ちた。


「マズい、王太子殿下を呼べ! 早く!」


 失敗作だなんて。

 そう思いながら、次はクズ男だ。


 バコン!


 一発でクズ男も崩れ落ちる。アキュシーザが隣で殴られたんだから、少しは反応すればいいのに。自分は殴られないとでも思ったのか、こいつ。


 出来損ないだなんて。

 そう思いながら、もう一発。


 バコン!


 王宮魔術管理部の時だって、この黄色い旗で殴られてるだろうに。学習能力ないのか、こいつ。




「ルベラス君、落ち着け!」

 団長の声が遠くで聞こえる。

 私は今、自分がどんな表情をしているかも分からず、ひたすら、自分の杖をセラフィアスを振るい続けた。


 バコン!


 クズ男が暴力女とか騒いでいるけと、よく聞こえない。

「出来損ないの性格破綻者はお前だろう」


 バコン!


「こんなクズ、消してやる」




 キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ




 空気がさらに震える。




「退避! 全員、部屋から退避しろ!」

「しかし、エルシアが!」

「後は殿下に任せろ、クラウド!」




 周りの声が途切れ途切れ耳に入る。




「だから…………」

「それで…………」

「…………を、呼ん…………」




 ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥィィィィィ




「間に合わな…………………」




 ィィィィィィィィィィィィィィィィン




 空気の震えが止まり、私の中に黒い塊が出来上がった。

 これをぶつければ、クズは消える。

 私の口の端が少しだけ、つり上がった。クズを消せて私は嬉しいんだ。

 さぁ、これで終わりだ。




 私の中の黒い塊を握りしめ、振り上げたその時。




「シア!」




 馴染みのある優しい声。

 ここにいるはずのない人の声が耳元で聞こえた。

 そのとたん、私の中で何かがぷつりと切れる。黒い塊が霧散し視界が滲み、そして、私は。

 抱きしめられた状態で、声を上げて泣き出した。

 背中をぽんぽんと優しく叩かれる。

 私は、自分自身を失敗作と否定されて、悲しかったんだ。
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