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2 暗黒騎士と鍵穴編
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ガゴッ
あれ? 痛い。なんか痛い。頭が痛い。
「エルシア。大丈夫か?」
「ほえ?」
目の前には赤みがかった茶髪に赤い瞳の男性。
あれ? 私、さっきまでセラフィアスとタルトを食べてなかったっけ?
「頭、ぶつけてたぞ」
「えっ?」
あー。そうだった。私、疲れてて馬車に乗って即行、寝ちゃったんだ。
だってだって、今日は朝から王女殿下の相手をして、かなり体力と精神力を削って、それでもって午後はフルヌビに連れていかれてと、ずっとフル稼働だったし。
私は痛む頭をさする。
「ガンガンぶつけて、頭、大丈夫か?」
「えっ!」
待って。私、そんなに頭をガンガンぶつけてたの?!
フルヌビから帰る馬車の中では、クラウドと二人だけ。
一人、先に帰ったリンクス隊長は暗黒騎士の呼び名の通り、黒い軍馬で颯爽と帰っていった。
残された私たちは軍馬車で移動。
私だって訓練を受けているので馬くらい乗れるし、なのに、軍馬車で移動だったのには訳があった。
クストス隊長が、フルヌビのお菓子をたくさん買い込んだから。きっと最初からこれが狙いだったんだと思う。
私とクラウドにお菓子を見張らせ、自分は御者に徹するクストス隊長。
お菓子のために安心安全な運行。
さすが隊長格の操馬技術は違う、何か違う。私なんて乗ったとたんに寝落ちしちゃうくらい、気持ちのよい静かな運行で感動したほどだった。
おそらく、この完璧な運行も乗っている私たちのためではなく、乗せているお菓子のため。お菓子に最大限の気遣いをするクストス隊長。違う、何か違う。何かが間違っているような気がする。
そんな気持ちいい乗り心地の中、私は寝ながら頭をぶつけてたわけか。どうりで頭が痛いはずだわ。
私は痛む頭をさすって、クラウドを睨む。
「なんで、私の頭を守ってくれなかったのよ!」
「いや、だってお前。この前、他人の頭を気安く触るなって言ってただろう」
あー
言ったな、言った。
でも、あれって、他人の頭をしゃかしゃか撫で回すのを注意したのであって、頭を強打するという危険行為を見逃すのとは違うような気がする。
とりあえず、言ったことには違いない。
「………………言った。だって、気安く触らせるなって、注意されてたし」
「だろう。だから、あ、え、て、頭がぶち当たるのを傍観してたんだ。分かったか」
何その屁理屈。ムカつくんだけど!
私はさらにクラウドを睨みつける。
ここで《威圧》でも発動すれば、私の勝ち確定。
とはいえ、口げんかで威圧するのは大人げないというか、子どもじみているような気がして、さすがの私もやらなかった。
その代わり、恨みがましい目でクラウドを見て、口をとがらせる。
「でも、ガンガンぶつけてたんなら起こしてくれたって」
普通の親切な同僚なら絶対に起こすか、頭をぶつけないよう措置を講じると思う。なのにクラウドはそれを怠った。由々しき事態だ。
ん?
「私が寝てたってことは、セラフィアスは意識がある状態だったわけだよね?」
こっそりセラフィアスに聞いてみた。
《おうよ、主。赤茶髪からは何も害は受けなかったぞ?》
やっぱり、セラフィアスは起きていたんだ。セラフィアスは、頭をぶつける程度では私の命に別状はないと判断したらしい。
それより、クラウドから何か実害を被らないかと見張ってくれていたようだ。
うん、私の頭も守ってほしかったかな。
私の意を察してか、セラフィアスは私が喋るより先に言い訳をした。
《それに、主、凄く気持ちよさそうに寝てたから》
だから起こせなかったと、セラフィアスはそう言いたいらしかった。
セラフィアスの言葉は聞こえてないはずのクラウドも、セラフィアスと似たような言い訳をする。
「気持ち良さそうに、口を開けて寝てたから。起こすのがちょっとかわいそうに思えて」
うん? 聞き捨てならない言葉が混じっていたので、思わず聞き返す私。
「え?! 口を開けて?」
「あと、くーくー、いびきもかいて」
「えええ?! いびきも?」
さらに凄い言葉も飛び出した。
つまり、口を開けていびきをかいて、頭をガンガンぶつけながら、気持ちよさそうに私は寝ていたと。
思考が停止する。
黙り込んだ私をクラウドは気の毒な目で見た。気の毒がるより気遣ってほしい。
私は片手で目の辺りを覆い、息を吐いた。
はぁ。
「私、そんなに疲れてたんだ」
まったく信じられない。そんな状態で寝るほど身体を酷使していたなんて。
私のつぶやきに、クラウドはなぜか、信じられないものを見るような目をする。
「お前、気にするのはそこか? そこなのか?」
「当然でしょ。私、身体を酷使しすぎて疲れてるんだわ!」
「違うだろ! 普通はもっと違うところを気にするだろ!」
なぜか食ってかかるクラウド。
「違うところって、あぁ、買ってきたお菓子? 大丈夫よ、クラウド。お菓子はいっさい問題ないから」
「いや、もういい。気にしないならそれでいい」
クラウドがどっと疲れたような顔をした。なんだ。クラウドも、自分が疲れていることを、気にしてもらいたかったのか。
まぁ、いまさら気遣いの言葉をかけても逆効果だろう。
「うん、今日は残業しないで定時で帰ろ」
そして私は宣言通り、その日は残業なしで帰宅したのだった。
あれ? 痛い。なんか痛い。頭が痛い。
「エルシア。大丈夫か?」
「ほえ?」
目の前には赤みがかった茶髪に赤い瞳の男性。
あれ? 私、さっきまでセラフィアスとタルトを食べてなかったっけ?
「頭、ぶつけてたぞ」
「えっ?」
あー。そうだった。私、疲れてて馬車に乗って即行、寝ちゃったんだ。
だってだって、今日は朝から王女殿下の相手をして、かなり体力と精神力を削って、それでもって午後はフルヌビに連れていかれてと、ずっとフル稼働だったし。
私は痛む頭をさする。
「ガンガンぶつけて、頭、大丈夫か?」
「えっ!」
待って。私、そんなに頭をガンガンぶつけてたの?!
フルヌビから帰る馬車の中では、クラウドと二人だけ。
一人、先に帰ったリンクス隊長は暗黒騎士の呼び名の通り、黒い軍馬で颯爽と帰っていった。
残された私たちは軍馬車で移動。
私だって訓練を受けているので馬くらい乗れるし、なのに、軍馬車で移動だったのには訳があった。
クストス隊長が、フルヌビのお菓子をたくさん買い込んだから。きっと最初からこれが狙いだったんだと思う。
私とクラウドにお菓子を見張らせ、自分は御者に徹するクストス隊長。
お菓子のために安心安全な運行。
さすが隊長格の操馬技術は違う、何か違う。私なんて乗ったとたんに寝落ちしちゃうくらい、気持ちのよい静かな運行で感動したほどだった。
おそらく、この完璧な運行も乗っている私たちのためではなく、乗せているお菓子のため。お菓子に最大限の気遣いをするクストス隊長。違う、何か違う。何かが間違っているような気がする。
そんな気持ちいい乗り心地の中、私は寝ながら頭をぶつけてたわけか。どうりで頭が痛いはずだわ。
私は痛む頭をさすって、クラウドを睨む。
「なんで、私の頭を守ってくれなかったのよ!」
「いや、だってお前。この前、他人の頭を気安く触るなって言ってただろう」
あー
言ったな、言った。
でも、あれって、他人の頭をしゃかしゃか撫で回すのを注意したのであって、頭を強打するという危険行為を見逃すのとは違うような気がする。
とりあえず、言ったことには違いない。
「………………言った。だって、気安く触らせるなって、注意されてたし」
「だろう。だから、あ、え、て、頭がぶち当たるのを傍観してたんだ。分かったか」
何その屁理屈。ムカつくんだけど!
私はさらにクラウドを睨みつける。
ここで《威圧》でも発動すれば、私の勝ち確定。
とはいえ、口げんかで威圧するのは大人げないというか、子どもじみているような気がして、さすがの私もやらなかった。
その代わり、恨みがましい目でクラウドを見て、口をとがらせる。
「でも、ガンガンぶつけてたんなら起こしてくれたって」
普通の親切な同僚なら絶対に起こすか、頭をぶつけないよう措置を講じると思う。なのにクラウドはそれを怠った。由々しき事態だ。
ん?
「私が寝てたってことは、セラフィアスは意識がある状態だったわけだよね?」
こっそりセラフィアスに聞いてみた。
《おうよ、主。赤茶髪からは何も害は受けなかったぞ?》
やっぱり、セラフィアスは起きていたんだ。セラフィアスは、頭をぶつける程度では私の命に別状はないと判断したらしい。
それより、クラウドから何か実害を被らないかと見張ってくれていたようだ。
うん、私の頭も守ってほしかったかな。
私の意を察してか、セラフィアスは私が喋るより先に言い訳をした。
《それに、主、凄く気持ちよさそうに寝てたから》
だから起こせなかったと、セラフィアスはそう言いたいらしかった。
セラフィアスの言葉は聞こえてないはずのクラウドも、セラフィアスと似たような言い訳をする。
「気持ち良さそうに、口を開けて寝てたから。起こすのがちょっとかわいそうに思えて」
うん? 聞き捨てならない言葉が混じっていたので、思わず聞き返す私。
「え?! 口を開けて?」
「あと、くーくー、いびきもかいて」
「えええ?! いびきも?」
さらに凄い言葉も飛び出した。
つまり、口を開けていびきをかいて、頭をガンガンぶつけながら、気持ちよさそうに私は寝ていたと。
思考が停止する。
黙り込んだ私をクラウドは気の毒な目で見た。気の毒がるより気遣ってほしい。
私は片手で目の辺りを覆い、息を吐いた。
はぁ。
「私、そんなに疲れてたんだ」
まったく信じられない。そんな状態で寝るほど身体を酷使していたなんて。
私のつぶやきに、クラウドはなぜか、信じられないものを見るような目をする。
「お前、気にするのはそこか? そこなのか?」
「当然でしょ。私、身体を酷使しすぎて疲れてるんだわ!」
「違うだろ! 普通はもっと違うところを気にするだろ!」
なぜか食ってかかるクラウド。
「違うところって、あぁ、買ってきたお菓子? 大丈夫よ、クラウド。お菓子はいっさい問題ないから」
「いや、もういい。気にしないならそれでいい」
クラウドがどっと疲れたような顔をした。なんだ。クラウドも、自分が疲れていることを、気にしてもらいたかったのか。
まぁ、いまさら気遣いの言葉をかけても逆効果だろう。
「うん、今日は残業しないで定時で帰ろ」
そして私は宣言通り、その日は残業なしで帰宅したのだった。
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