運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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2 暗黒騎士と鍵穴編

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「ほら、エルシア」

 誰かが私を呼ぶ声で目が覚めた。

「あ、お母さま?」

 と、口にしてからハッとする。

 いけない、寝ちゃった。寝るつもりはなかったのに。それに寝ている場合でもないのに。

 ばっと周りを見回すと、そこは暗くて狭い場所。

 私の隣に、くっつくようにして座る人物が、呆れたような声を上げた。

《また、こんなところで縮こまって。みーーーんな、心配してたぞ》

 私より少しだけ身体が大きくて、ハッキリキッパリ喋っているのは、セラフィアスだ。

 私がよく隠れているこの場所は、肩と肩が触れ合うくらいくっついて、ようやく子どもが二人、入れる程度の狭さ。

 魔塔の一階入り口を入ってすぐにある、上の階層への階段。その裏側にある物入れのような場所がここだった。

 肩を私にくっつけて自分の頭をぐりっと横に向け、私の顔を眺めるセラフィアスは、怒ったように眉毛をキリリとつり上げている。

 セラフィアスは普段、私の中で眠っている。

 セラフィアスの話によると、名のある魔法の杖というものは本来そういうものであるらしい。

 杖は自我を持つ魔導具で主の一番そばにいる。とはいえ、主の私生活や個人的な事情に勝手に立ち入るのは、禁忌。
 禁忌を犯さないようにするため、主と一体化しているときは、意識がなくなり休眠状態になるんだそうだ。

 杖にもいろいろ面倒なルールがあって、意外と大変そう。

 ちなみに、休眠状態から復活して杖が自分の意志で活動をするのは、主が呼んだとき、主が活動を停止しているとき、主に危機が訪れたとき。

 セラフィアスも同様で、私が眠りについたときや、私の感情が高ぶって無意識に呼んでしまったときも動き出していた。

 今回は、隠れてひとりで寝てしまった私を守るために起き出して、そのまま隣にいてくれたんだろう。きっと。

 そのセラフィアスがぴったり隣に張り付いて、怒ったような勢いでいるものだから、私はちょっとひるんだ。

 膝を抱えて座り込んだ姿勢から、少し身体を起こし、両手で顔を覆う。

 セラフィアスに表情を見せないようにして、私はボソボソと言い訳を口の中でつぶやいた。

「だって、独りになりたかったんだもの」

 そして、沈黙。

 怒られるか何かするかと思って身構えていたのに、セラフィアスは何も言わない。

 恐る恐る両手を下ろし、セラフィアスを見る。

 セラフィアスはやっぱり何も言わない。

 しばらく沈黙が続いた後、セラフィアスは片手を私の前に差し出した。

《ほら、これ》

「タルト?」

 私は首を傾げ、「あ」と声を漏らす。

 そうだ。眠ってしまう前のことを思い出した。

 私がここに逃げ込む前、他の子どもたちといっしょにこのタルトを食べていたんだった。




 魔塔にはたまに、魔法や魔力コントロールの訓練をしに人が訪れる。

 この日、魔塔を訪れていたのは、学院の騎士コースに所属する微妙な年齢の人。
 学院は十三歳になる年から入るので、年齢上はまだ子ども。なのにずいぶん大人びた人。

 私はこの人のことを前から知っていた。

 セラフィアスと初めて会話したあの日、魔力暴走を起こした私を助けてくれたあの人だ。

 あの人も魔力暴走を起こすので、魔塔で訓練を受けていて、それで私と出会ったんだそう。
 学院に入学してからも、月に一回、定期的に魔塔で訓練を行っていて、お菓子の差し入れをしてくれていた。

 遊びに来ているわけではないので、直接、会話をすることは滅多にない。

 それでも、自分のやりたいことに向かって努力して頑張っている姿を見かけると、私も頑張らないとと思って、力が湧いてくる。

 そうして差し入れしてくれたのが、セラフィアスが手にしているタルトだ。

 なんで、セラフィアスが持っているのかは分からないけど。さっき食べたときは懐かしくて嬉しくて。でも、お母さまを思い出してしまって、だんだん悲しくなってきて。

 そして一人、ここに隠れてしまった。

 私はセラフィアスのタルトをじっと見る。

 セラフィアスのタルトは紙に大事に包まれていて、さっき食べたものとまったく同じだった。

《主だけ、特別にもう一個だと》

 セラフィアスはボソッと声を出す。

 そうか。私が寝ている間に、あの人がここに来たんだ。

 誰かに気にかけてもらえるのが嬉しくて、でも自分だけもう一つタルトをもらえるのが、なんだか申し訳なくて。

「いいのかな、私だけ」

 口から出たのはそんな言葉。

 臆する私に、セラフィアスはずかずかと言葉を発した。

《あいつがくれるって言うんだから、もらっとけよ、主。あいつ、すっかり主の保護者気取りだからな》

 私は差し出されたセラフィアスの手を、両手でそっと包むようにして握ると、セラフィアスに尋ねた。

「セラフィアスは食べられないの?」

 杖精がお菓子を食べるなんて聞いたことがないから、変な質問だと思われたかもしれない。私は言ってから後悔した。

 けれども、セラフィアスは変な顔をすることもなく、

《主の菓子を狙う趣味はないぞ》

 と胸を張って言う。

 それってつまり、食べようと思えば食べられるってこと?

「食べられるなら、半分にしよう」

 私はセラフィアスに向かって、そう提案した。

「お母さまがね、一個はぜんぶ食べられないって言って。だから半分にして二人で食べたんだよ。お母さまと私と二人で半分ずつ」

 今はもう手に入らない生活。私は過去を懐かしむように、セラフィアスに語って聞かせる。

「だから、セラフィアスとも半分で食べたいんだけど」

 呆れたのか諦めたのか、セラフィアスはあっさりと承諾してくれた。

《主がそこまで言うなら、いっしょに食べてやっても構わないぞ》

「ありがとう、セラフィアス」

 照れくさいのか、セラフィアスは顔を赤くしてちょっと上から目線な物言い。私は気がつかない振りをして、セラフィアスにタルトを半分、手渡した。

 残り半分のタルトを見て、私はつぶやく。

「また、お母さまに会いたいな」

 この願いはきっと叶うことはないだろうけど。
 そう思いながら口にしたタルトは、さっきよりも少しだけ塩辛い味がした。

「ところで、セラフィアス」

 お互いタルトを食べ終わって、改めて、セラフィアスに問う。

「みんな心配してたって言ってたけど。みんなはここのこと、知らないよね?」

《はぁあ? 何を言ってるんだよ、主! 僕もあいつも凄く心配したんだぞ!》

 なんだ、心配した『みんな』って、魔塔のみんなのことじゃなく、セラフィアスとあの人のことか。

 セラフィアスは泣きながら眠ってしまった私を、いかに心配したか、延々と語り続けた。

 私はフフっと笑って、そんなセラフィアスをずっと眺めていたのだった。
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