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2 暗黒騎士と鍵穴編

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 どうりで見覚えがあるはずだ。

 自称暗黒騎士はフルヌビにいた例の黒ずくめで間違いない。私が怪しい人物として報告書にあげた二人のうちの一人。

「なぁ、エルシア」

「なによ、クラウド」

「第二騎士団がフルヌビの件を昔から担当していて、その第二騎士団がフルヌビを見張っているのは、ちっとも怪しくないんじゃないか?」

 クラウドの指摘はもっともらしく聞こえる。

「フルヌビでまた事件が起きたって、なんで分かるわけ?」

「フルヌビ側が第二騎士団に連絡したって言ってただろ?」

 そうだった。

「フルヌビに行くたびにいたのは?」

「毎日見張ってたんじゃないか?」

「クラウドが王女殿下の庭園近くで見かけたのは?」

「庭園近くというか、連絡通路で見かけたからな。騎士なら普通に通るところだ」

 つまり、相手が第二騎士団の人間であるなら、王女殿下の庭園近くで見かけても怪しくはないということか。それを早く言ってほしい。

「黒ずくめの格好をしてるのは?」

 私は暗黒騎士を指差した。

「黒はうちのトレードカラーだが?」

「トレードカラー?」

 私がムムッと眉を寄せると、クラウドが慌てて説明をする。

「エルシア、つまり、黒は暗黒隊の識別色のようだ」

「何なの、その、暗黒隊とかトレードカラーとか」

 訳の分からない説明にイラッとして、私はつい、声を荒げてしまった。クラウドはクラウドで、私の頭を鷲掴みにする。

「エールーシーアー。お願いだから、おとなしくしててくれ!」

「痛い痛い。だって、筋肉隊とか暗黒隊とか」

 掴まれたまま、ユサユサと揺さぶられる私。クラウド、酷い。

「いいから」

「ハッ。うちの隊ほど、黒が似合うところはないからな」

「私の保護者だって、黒が似合うし」

 クラウドに頭を掴まれて抑え込まれたまま、私は抗議をした。それにしてもどういう馬鹿力なのさ。

「エルシア。張り合わなくていいから。くそっ、クストス隊長、早く来てくれよ」

「だって、こいつが」

「指、さすな!」

 騒ぐ私を気にもかけず、自称暗黒騎士は鼻で笑う。

「言っただろ、強い方が上だと」

「なら、こっちも実力を見せてあげようじゃないの!」

 売り言葉に買い言葉というヤツだ。

 私は余裕ぶる相手を前に実力発揮の宣言をした。私だって、バカにされてばかりはいられないもの。

 クラウドの大きな腕を振り切り、私は自称暗黒騎士、本名リンクス隊長の前に立ちふさがった。

 ちょっとでも強く見せようと、リンクス隊長を真似て腕を組んでみる。うん、腕の太さはぜんぜん違った。でも問題ない。大事なのは見た目ではなく中身だ。

 睨み合う私たちの横でクラウドが慌てている。

「バカッ、余計なことは言うなって!」

 クラウドの慌てぶりを見て、リンクス隊長はさらに挑発してきた。

「やっぱり止めたとか、言うつもりじゃないよな?」

「言う訳ないでしょ、受けて立つわ!」

 その挑発、乗ってあげるわ!

 私は勢いよく同意して、クラウドは頭を抱えたのだった。




 そして。

 一時間の筋力トレーニングと一時間の走り込みが終わる間際に、話を聞いたギャラリーがぞろぞろと集まってきた。

 何だろうね。第二騎士団と第三騎士団の対決だとでも聞いたんだろうか。

 演習場を取り囲むようにしている中に、第二騎士団の筋肉隊や、第三騎士団の第一隊と第五隊もいる。

「それで、クラウドだけでなく、エルシアまで訓練に参加していると」

 走り込みが終わった私とクラウドを見て、クストス隊長が渋そうな顔をした。

 その隣には第一隊のカニス隊長。

「クストス、エルシアはどうにかならなかったのか?」

「おい、カニス。こいつはエルシアだぞ? どうにかできるようなヤツじゃないだろ」

「まぁ、エルシアだからなぁ」

 会話の意味が分からない。

 カニス隊長の後ろにはフェリクス副隊長もいて笑顔で手を振ってるし、ユリンナ先輩は筋肉隊のお兄さん?おじさん?たちに囲まれてご満悦だ。

「なーーーんで、最後にはみんな、口を揃えて『エルシアだから』って言うのよ」

 私はユリンナ先輩を目で追いながら不満を漏らす。

 呆れたように答えるのはカニス隊長だ。

「それ以外、言いようがないだろ」

「しかし、意外とついていけるんだな」

 クストス隊長は余計な一言を挟んでくる。
 直属の上司に『意外と』扱いされたよ、私。なんで上司なのに私の性能、知らないのかな。

 ジロッと上司を睨む。

「魔術師も体力が必要だから(保護者の個人的な見解)って言われて、保護者に鍛えられましたので」

 私は事実だけを簡単に告げた。

 私の個人情報に隊長二人が食いつく。クラウドやフェリクス副隊長も興味があるのか、こちらの話を窺っていた。

「エルシアの保護者って、実の親のことじゃなくて、後援家門のことだよな?」

「騎士家系の家門なのか?」

「まぁ、そうですね」

 二人の質問には曖昧に返事をしておく。

 第三騎士団と私とは仕事でのつきあいしかないから、個人情報はほどほどでいいんじゃないかな。

 隊長たちは顔を見合わせ、ヒソヒソと何か会話をしていた。

「あの魔猫を、素手で殴って制圧したんだと」

 ゲホ

 ケニス隊長がむせた。後ろの方でフェリクス副隊長も咳き込んでいる。

「嘘だろ?」

「どうやら本当らしいぞ」

「マジか」

 保護者の強さに驚きを隠せない隊長たちを見て、ちょっと胸がすっきりした。




 少しの休憩を挟んで、リンクス隊長から新しい指示が飛んだ。

「次は対戦形式の実戦訓練だ。一対一。勝ったヤツは続行。負けたヤツは下がれ」

「「オウ!」」

 騎士たちが元気に声を上げる。声といっしょに腕も空に向かって突き上げる。

 私も騎士たちに倣って、腕を突き上げたみた。

「おー」

「エルシアは下がれ!」

 クストス隊長の声が聞こえたような気もするけど、すぐさま、リンクス隊長の指示が飛ぶ。

「何をしてる? そこの生意気な魔術師も加われ!」

「おー」

 やっぱり騎士たちみたいな野太い声は出ないな。

 上げた腕をおさめると、私はスタタッと小走りでクラウドの後を追った。

「待て、エルシア! リンクス、エルシアは魔術師だ!」

「それがどうした?」

 クラウドに追いついてから、振り向いてクストス隊長の方を見る。

 クストス隊長はリンクス隊長に詰め寄って何か訴えているようだけど、強ければオーケーみたいな思考を持つリンクス隊長が、取り合うとも思えない。

 数分後、クストス隊長は自分の頭を押さえながら、リンクス隊長から離れていった。

 うん、諦めたな。

 私がそう思っていると、見学スペースまで下がったクストス隊長が突然、私に向かって叫ぶ。

「エルシア、ケガしないうちに負けて下がれ!」

「はぁあ?! 私がこんなヤツらに負けるわけないでしょ!」

 準備運動代わりに腕をぐっと伸ばしていた私は、自信を持ってクストス隊長に言い返した。

「ダメだ。完全に乗せられている」

「エルシア、バカな真似はしないでくれよ」

 ケニス隊長とクストス隊長のがっくりとした声が聞こえるのを無視して、私は実戦訓練の順番を待つ列に加わる。

 そして、実戦訓練が始まった。
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