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2 暗黒騎士と鍵穴編

2-10 ヴォードフェルムの話し合い

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 その日、俺は家の居間で荒れる兄貴を目撃した。

 騎士団所属の場合、実家が王都にあっても通常は官舎住まいとなるのだが、我が家はおやじの方針で実家住まい。俺も兄貴も実家で生活している。
 
 そんな兄貴とはよく衝突するものの、家族仲、兄弟仲自体は悪くない。

 にもかかわらず、その日の居間は吹雪が吹き荒れているような有り様で、俺は思わず、目を疑った。

「兄貴、どうしたんだ?」

「最近の生意気な魔術師は、シュシャの良さも分からないのか」

「だから、どうしたんだよ?」

 俺は呆れながら、ソファーに腰掛ける。

 他の家族もいつものように、居間に集合していたが、みんな、兄貴の様子を恐々と窺うだけで誰も何も喋らない。

 おやじと目があうと、なぜだかコクコクと頷かれた。

 はぁぁぁぁ。

 これは、俺が兄貴に子細を聞けというヤツだ。

 はぁぁぁぁ。

 俺はもう一度、大きくため息をついた。




 俺の家はヴォードフェルム。フェルム一族の一つで、後継の座から一番遠い家だ。

 優秀な騎士である姉ヴェルフェルム第一騎士団団長と、戦略家として才のある弟ヴァンフェルム第三騎士団団長に挟まれた俺のおやじは、フェルム侯爵の子どもの中で一番、騎士としての才能がない人間だった。

 騎士としての才能だけでない。性格的にも穏やかで温厚、争いごとは避けて歩き、自分から前に出て何かをやるタイプでもなかった。

 意外にも領地経営や商業の才はあったようで、そっち方面では生き生きとして、手腕を発揮していたのだ。

 だが、フェルムは騎士の家系。

 そして、騎士の才はなくても長男はうちのおやじ。前例に従えば、おやじが次期侯爵となるところだったのだ。

 ところが、騎士としての成果を重んじる俺の祖父、フェルム侯爵は前例を覆す。三人の子どもに伯爵位を与え、競い合わせて、後継を決めると宣言したのだ。

 意外と喜んだのはおやじだったようだ。無理やり騎士の道に進まなくて済むと言って、同じく温厚な俺たちの母とともに、ヴォードフェルムの道を突き進んだと。

 そんなわけで、目下、後継争いはヴェルフェルムとヴァンフェルムに絞られている。

 俺と兄貴は騎士としての道を進むことになったが、それに対して、おやじは何か言うことはなかった。やりたいことを全力でやれ、と、笑ってそう言ったのだ。

 そんなおやじが、今、機嫌の悪い兄貴に隠れてブルブル震えている。

 かなり情けない。




 おやじはともかく、兄貴の方だ。とりあえず、言い分を聞いてみる。

「せっかく、この俺がシュシャの作品展に誘ってやったのに。あの生意気女のヤツ、芸術に興味がないと言い切ったんだ。信じられるか?」

 あー、生意気女でピンときた。

 エルシアだ。

 確かさっきも生意気な魔術師とは言っていたな。

 ソファーの隅で弟妹が小さな声で会話をしている。

「ノア兄さん、エルシアさんに振られたの?」

「あの調子なら、振られる以前だな」

「エルシアさんに、まったく相手にされてないんだね」

 ここで言ってやるなよ、それ。

 でもまぁ、エルシアは美術鑑賞なんてするようには見えないし、無理なら無理だと遠慮なくいうヤツだ。

「エルシアなら、普通に言いそうだよな」

「シュシャだぞ、シュシャ!」

「いや、そんなマニアックな作品展に行く方がおかしいだろ? 兄貴、頭でもぶつけたのか?」

「なんだと。お前もシュシャの良さが分からないのか!」

 分かるか!

 そう言い返そうとして、思いとどまり周りを見ると、家族全員がコクリと大きく頷いていた。
 全員で、兄貴のシュシャを完全否定したんだな。機嫌が悪くなるはずだ。
 マニアックな芸術家の作品を選ぶ兄貴も兄貴だが。

「俺なんて『運命の恋』の観劇に誘ったのに断られたんだぞ!」

 すると、ソファーの隅で弟妹がまた小さな声で会話をし始めた。

「フェリクス兄さんも、エルシアさんに振られたの?」

「あの調子なら、ノア兄さんと同じだな」

「同じ相手に、まったく相手にされてないんだね」

 弟妹の言葉が地味に心をえぐる。お願いだから聞こえるように言わないでくれ、絶対、わざとだろ。

 弟妹の会話は聞こえないのか、兄貴が俺に声をかけてきた。

「生意気女なら、簡単に言いそうだな」

「『運命の恋』の観劇チケットだぞ! 巷では黄金チケットなんて呼ばれるくらい、取るのが難しいんだ!」

 自然と声に力が入り、手を握りしめる。

「むしろ、よく取れたな、そんなチケット」

「あぁ、頑張ったよ、俺!」

 誰か、誉めてくれ。本当はエルシアから誉められたかったんだけどな。

「でも、断られたんだろ? 一人で行くのか?」

「一人でなんて行くかよ! 泣く泣くダイモス魔術師殿を誘ったよ!」

「良かったじゃないか。行く相手がいて」

 良いものか。エルシアじゃないんだぞ。何が楽しくて、同僚と観劇にいかなきゃならないんだよ。

 ダイモス魔術師殿は茶色がかった金髪に碧眼、小柄ながらも元気で明るいところが騎士から人気の魔術師だ。
 その人気は第三騎士団だけにとどまらず、他の騎士団の騎士たちからも、よく声をかけられているらしい。

 兄貴には言われっぱなし、他の家族からはチラヒソされっぱなし、なのも、しゃくに障るので、俺は兄貴にも探りを入れてみた。

 兄貴だって俺と同じ境遇だろう。心の中で笑いながら聞いてみる。

「兄貴はどうなんだよ。シュシャなんてマニアックな作品展、行ってくれる相手がいるのかよ」

「俺もカエルレウス嬢に声をかけた」

 意外と大物だ。兄貴にしては凄い人物に声をかけたものだ。

 カエルレウス嬢は、グラディア王国の三大公爵家のご令嬢だ。血筋的には、王族、大公家に次ぐ。
 魔法の腕も秀一で、学院の魔術師コースでは次席だったとこと。(ちなみに首席はエルシアだそうだ)

 兄貴のくせになんでそんなご令嬢を。

 と思ったが、よくよく考えれば兄貴とカエルレウス嬢は同じ隊。ただの同僚だ。

 いやいや、声をかけた、とは言ったけどいっしょに行くとは言ってないな。

「断られただろ?」

 意地悪心で聞いてみると、兄貴はあっさりと否定する。

「いや。生意気女に断られて行く相手がいない、と正直に言ったら、もの凄く大きなため息をついた後、同行を承諾してくれた。お互い、持つべきものは同僚だな」

 それ、断れないヤツだな。

 そんな言い方してもエルシアなら断るだろうけど、カエルレウス嬢は断れないだろう。

「いや、そもそも、兄貴がエルシアを誘うのがおかしい。
 だいたい、誘いたいなら相手の好みとかに合わせるはずだろ。自分が行きたいところに誘ってどうするよ」

 自分で言ってて、自分をかえりみる。俺は本当に、相手の好みを考えていたのかと思い始めた。

 自問自答する俺をよそ目に、兄貴は兄貴で我が道を行く。

「何を言っている。自分の得意とする分野で戦うのが基本だろう。わざわざ相手の得意な分野で戦う意味が分からない」

「いや、意味が分からないのは兄貴の方だが」

「自分の得意な分野に誘い込んで、相手を唸らせる。これが勝利の秘訣だ」

「そもそも、誘えてないよな。もっと言うなら勝利したことなんてないよな」

 一瞬の沈黙。

「戦略を誤ったか」

 ボソッとつぶやく兄貴。

「戦略たてられるほど、恋愛に精通してないだろ」

 むしろ、ポンコツの域だ。

「いや、俺も。誘えてないって意味では兄貴と同レベルか」

「よしっ。フェリクス、作戦を練り直すぞ」

「えぇっ、俺も?!」

 兄貴のペースに巻き込まれた俺をしり目に、弟妹がまたまた小さな声で心をえぐる会話をする。

「エルシアさん、どっちの恋人になると思う?」

「けっきょく最後は、クラウド兄さんに取られるんじゃないか?」

「あぁ」

 かわいそうな目で見るなよ! まだどうなるか分からないだろ!

 そうは思ったものの、エルシアとは同じ隊で年齢も近いクラウドと張り合って、本当に勝てるのかと、不安にかられる俺だった。
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