運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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2 暗黒騎士と鍵穴編

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「なんか、フルヌビのタルトだけ、なくなってない?」

 王女殿下が用意したお菓子は、基本的には王宮の厨房で作られた王女殿下専用のお菓子。
 けれども今日は、それらに加えてフルヌビのタルトと新作タルトが並んでいた。

「わたくしたちで、食べきったのでは?」

「えー、あの量を? 他のはたっぷり残ってるのに?」

 私はテーブルの上を見回す。

 チョコレートやナッツで飾りづけしたクッキーに、甘いバターの香りがする型焼きのケーキ、ジャムやチョコが挟まれているパイ。

 どれも一口サイズで様々な形のものが並んでいるが、どこにもタルトがない。一個もない。

「そう言われてみれば」

「タルト以外もあれこれ摘まんでいたわね」

 フルヌビのタルトは四人掛けのテーブルの、私たちの席からは一番遠いところに置いてあった。
 そもそも、近くに置いてあるお菓子だって、直接、手を伸ばして自分で取ることはしない。
 お茶会セッティング担当の使用人に、取り皿に取り分けてもらって、食すわけだ。

 その使用人も、フルヌビのタルトがなくなったことに今、気がついたようで、首を傾げている。

 こちらも話に夢中になっていたのでしっかり見てはいなかったけど。まだいくつか残っていたはずだもの。

 おかしい。

 タルトが消えると言えば…………

「この前、巡回でフルヌビに行ったときも、お店の人がタルトが消えるって話をしてた」

「…………エルシア、それ、喋っていい話なのかしら?」

「けっこう有名な話みたい。フルヌビのタルトが美味しすぎて、誰かが盗んでるんじゃないかって」

 私の話に王女殿下は首を横に振った。

「でも、ここはフルヌビじゃないわ」

「ええ。警備も一番厳重な場所ですし」

 ソニアが王女殿下に同意する。

 今日のお茶会を行っている場所は、いつもの王女殿下の庭園だった。

 先月はここに閉じこめておいた魔猫が脱走したり、魔猫を脱走させたりで、散々振り回されたっけ。

「あのカス王子とか、ここに平気で侵入するけど?」

「そうでしたわね」

 魔猫騒動にはソニアも巻き込まれているので、苦々しい表情を浮かべている。

「それでも、王宮勤めの人間がわざわざここに侵入して、タルトを盗むというのも考えにくいわよ。
 お兄さまならなおさら。声をかけるだけで届けてもらえるんだし。盗む必要なんてないわ」

 珍しく、王女殿下がもっともなことを言った。珍しく、説得力がある。

 人のせいではないとしたら、後は…………。

 そう思いながら、私は足元に魔法陣を展開させた。

「それになくなったのは、今よ。わたくしたちがここにいる目の前で。
 他に人の出入りもないし。わたくしの使用人たちはお菓子をつまみ食いなんてしないし。
 なのに、こんなことってあり得る?」

 ソニアも王女殿下の話で気がついたのか、私に確認を取ってきた。

「エルシア、魔力感知は?」

「やってる」

 すでに《探索》は発動していて、足元の魔法陣から周囲に魔力の手が伸びている。

「どうなの?」

 私はうーんと呻いた後、チラッとソニアを見た。

「ここって、地盤の魔力が微妙に噴き出しているところなんだよね」

「あぁ、そうでしたわね」

 地盤の魔力に加えて、庭園で育っているバラからも魔力が吹き出しているし、王女殿下の杖リグヌムの本拠地ともなっているからその影響も出てるし、と、探索に向いている環境ではない。

 私の一言でソニアは軽く頷き、王女殿下は首を捻った。

「だから?」

「魔力が混ざり合うので、魔力感知がしにくいんですわ。
 特定の魔力、例えばこの前の魔猫のように、探し出す魔力の性質がある程度分かっていれば話は別でしょうけど」

 説明に集中できない私に代わって、ソニアがよく分かっていない王女殿下に解説する。

 そう。今使っているのは《探索》のみ。《感知》は標的が定まってこそ上手く発動できる魔法なので、闇雲に使えない。

「じゃあ、魔法が使われたかとか、分からないってこと? でも人が出入りした訳じゃないし、誰かの魔法よね? 魔法の痕跡も分からないの?」

 それを今、探ってるって、言ってるでしょうに。

 王女殿下は次から次へと言葉を並べ立てて、とてもけたたましい。

 普通、学院出身者なら、魔力感知しにくい場の《探索》をしている魔術師の前で、こんなに騒ぎ立てたりしない。

 集中できないと探索がうまくいかないことを学院で習って知っているから。
 優等生のソニアが落ち着いてお茶を飲んでいるのも、そういったところを理解しているから。

 学院は貴族の子弟や優秀な平民が通える機関ではあるけど、警備の関係から、直系王族は通わないことになっている。

 だから、知らないんだろうけど。

 だったら、周りの人間がどうにか教えておいてほしい。

「そうだわ!」

 王女殿下は、パチンと手を叩き、何かを思いついたように話し続ける。

「あの魔猫、カタディアボリは自由にここを出入りしていたわよね! 転移だったかしら? 他にも同じ事が出来る魔法生物がいるかもしれないわ!」

 けたたましく、そばで延々と話をされたら、ただの嫌がらせだ。

 知識がまったくないわけでもないので、周りからは余計に、そう受け取られるだろう。

 王宮魔術師団のダイアナ嬢が王女殿下を目の敵のようにしているのも、もしかしたら、過去に似たような衝突を起こしていて、それが原因なのかも。
 ダイアナ嬢はダイアナ嬢で、問題があるタイプだし。

 実際、王女殿下に関わり合いたくない人たちは、知識の偏りや知識のなさからくる無遠慮さを厭って避けている。

「それにしても、お菓子を消してしまうような魔法ってあったかしら? ねぇ、エルシア嬢、何か知ってる?」

 うん。だから!

 けたたましくそばで話すのは、まだ、我慢できるとして、けたたましく話しかけるのは止めてくれないかな。

 ギロッ

 と睨んだのは私ではなく、隣のソニア。

「王女殿下。わたくしの話は聞いておられましたよね?」

「え、えぇ」

「なら分かりますわね。今、エルシアは魔力感知に集中していて、時間がかかるってことですわ」

「だから? お喋りくらい、良いじゃないの」

 誰か、どうにかしろ。

「ダメに決まってますわ」

 魔法陣に意識を集中させているので、隣のソニアの顔はよく見えないけど。ソニアの声は低く落ち着いていて穏やかで、それでいて怒りを感じるものだった。

「なんで、ダメなのかしら?」

「声がうるさくて、エルシアですら、集中できなくなりますから」

 ソニアはバシンと言葉を叩きつける。

 そうだね。私ですらイラッとするんだから、他の普通の人は魔法を維持できないかも。

「ですので、王女殿下。少しお静かにしていただけますわね」

「ひぃぃぃ」

 王女殿下は悲鳴じみた返事を喉の奥からもらす。

 王女殿下が静かになったところで、私はあることを思いついた。
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