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2 暗黒騎士と鍵穴編
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「いらっしゃいませ」
フルヌビの店内に入ると、今日もお姉さんの明るい声が出迎えてくれた。
今日もお店は賑わっている。
やはり多いのは親子連れに若い女性。相変わらず、男性もちらほら混じっていて、全身黒ずくめの人もいた。
「あら」
お姉さんは私たちに目を留める。
「この前の第五隊の騎士さんに魔術師さん。今日はお二人でデートですか?」
「違います、仕事です」
「エルシア。お前は黙れ」
「えー」
昨日の今日だからか、接客業なので覚えるのが得意なのか。お姉さんは私服の私たちを見てすぐ、思い出してくれたようだ。
まぁ、私服といっても、クラウドは護衛に扮しているので濃紺のシャツに黒いズボン、革のブーツといった出で立ち。腰には剣を佩いている。
私は、お嬢さまっぽい私服で、と言われたため、白い総レースのブラウスに濃い緑の幅広ズボン。ぱっと見はスカートみたいに見えて歩きやすい。
「今日は、私もいるわ!」
そう言って話に加わってくるユリンナ先輩は、私と似たような白いレースのブラウスに、淡い緑のフワフワしたスカート。
ユリンナ先輩は小柄なので、お嬢さまというより、妖精のように見えた。
そのけたたましい妖精に向かって、護衛が怒鳴る。
「ユリンナさんも黙っててくれ」
マズい。
仲良し姉妹に、姉妹の父親である上司にお願いされて護衛を引き受けた部下という設定が、どこか遠いところに行ってしまっている。
引きつる笑顔を見て、お姉さんが先に察してくれた。
「ごめんなさい。大変そうね」
ごめんなさいはこちらの方です、お姉さん。
フルヌビのお客を装って、クラウドが早口の小声で説明を始めた。
「昨日の話の件で、クストス隊長から指示があって。一般客を装って調査に来た」
「まぁ、クストスさんが。ありがとうございます」
「それで、店内を見せてもらいたいのと、詳しい話も聞きたいんだが」
他のお客さんの目を気にして、クラウドは辺りを窺う。
お姉さんもこちらに合わせて小さい声。
「ここの店舗は、持ち帰り用お菓子のスペースがあって、隣はカフェのスペースに、奥は厨房と倉庫、上の階が事務室です。
従業員の休憩室は奥と上の階、両方に作られています」
「問題があったのは、厨房なんだよな?」
「はい、そうです」
お姉さんはコクンと頷く。
お姉さんの確認を得てから、クラウドは私に話を振ってきた。実際に探るのは私の役割だしね。
「厨房を見せてもらうか」
というクラウドの問いかけには、とりあえず否定的な返事をする。
「うーん、とりあえずぜんぶ見た方がいいかな」
「カフェもか?」
「うん」
「エルシア、お前がカフェでお茶したいだけじゃなくて?」
むかっ。
仕事だってのはちゃーーーんと分かってるっていうのに。
そんな言い方、なくない?
「あっのねぇ!」
私の代わりに怒り出したのは、なんと、ユリンナ先輩だった。
もちろん、ユリンナ先輩も魔術師なので私の意図は分かっている。分かっているからこそ、分かっていないクラウドの、失礼な返しに腹を立てたのだ。
元々、ユリンナ先輩はお茶しについてきてるだけなので、私がお茶してもしなくても、ユリンナ先輩だけお茶が出来るという好待遇なわけだし。
「ユリンナ先輩、声、大きいです」
「こういう失礼な態度には、しっかり言い返さなきゃ!」
私に向けてパチンとウィンクをすると、ユリンナ先輩は声を小さくして喋り始めた。
「いいこと? 魔法が原因だとすると、問題があった現場ではなく、その周辺に何かがある場合もあるものなのよぅ」
「ええっと、どういうことですか?」
「例えば、魔法陣による魔法が原因だとすると、魔法陣はどこにあると思う?」
「魔法が発動した現場?」
クラウドの合っているようないないような微妙な返答にじれたユリンナ先輩が、質問を変えた。
騎士だから仕方ない、とは思わないのがユリンナ先輩だ。
「聞き方を変えた方が良いわね。魔法陣のどこで魔法が発動するかは知ってるわよねぇ?」
「そのくらい知ってます。魔法陣全体ですよね」
「なら、魔法陣の中で一番、効き目が強いところは?」
「え? ええっと真ん中?」
予想してなかった質問に、狼狽えながらもクラウドが答える。
「そうよ。魔法陣の真ん中、中心よー」
「ええっと、それで?」
「魔法陣の中心には何も書かれてない。だから、大きな魔法陣の場合は、魔法が発動したところには何もないのよー」
「だから、魔法が発動している真ん中ではなく、周辺に何かがある場合もある、ってことよ」
私がユリンナ先輩の答えに説明を加えると、クラウドはようやく合点がいったようだ。
「あと、直接現場に魔法陣を描けない場合は、周りに複数の魔法陣を描いて、その中心で魔法を発動させるってこともできるから」
理解できてスッキリ顔のクラウドの様子を見て、ユリンナ先輩も満足げな表情を浮かべている。
「もしかして、エルシアがこの建物の周りをしつこく見てたのって…………」
「そう。魔法陣の痕跡があるかどうか、探してた」
「俺はてっきり、恋バナのネタにしようと、美人店長目当てのヤツらを観察しているのかと」
「そんなわけ、あるか!」
うん? でも待って。
私は考え直す。
「…………そういうのもありかも」
「やめろ、そういうのはなしだ! 俺がクストス隊長に怒られる!」
「クラウドも大変ねー」
ユリンナ先輩はクスクス笑うと、お姉さんに向かって、カフェへの案内をお願いしたのだった。
フルヌビの店内に入ると、今日もお姉さんの明るい声が出迎えてくれた。
今日もお店は賑わっている。
やはり多いのは親子連れに若い女性。相変わらず、男性もちらほら混じっていて、全身黒ずくめの人もいた。
「あら」
お姉さんは私たちに目を留める。
「この前の第五隊の騎士さんに魔術師さん。今日はお二人でデートですか?」
「違います、仕事です」
「エルシア。お前は黙れ」
「えー」
昨日の今日だからか、接客業なので覚えるのが得意なのか。お姉さんは私服の私たちを見てすぐ、思い出してくれたようだ。
まぁ、私服といっても、クラウドは護衛に扮しているので濃紺のシャツに黒いズボン、革のブーツといった出で立ち。腰には剣を佩いている。
私は、お嬢さまっぽい私服で、と言われたため、白い総レースのブラウスに濃い緑の幅広ズボン。ぱっと見はスカートみたいに見えて歩きやすい。
「今日は、私もいるわ!」
そう言って話に加わってくるユリンナ先輩は、私と似たような白いレースのブラウスに、淡い緑のフワフワしたスカート。
ユリンナ先輩は小柄なので、お嬢さまというより、妖精のように見えた。
そのけたたましい妖精に向かって、護衛が怒鳴る。
「ユリンナさんも黙っててくれ」
マズい。
仲良し姉妹に、姉妹の父親である上司にお願いされて護衛を引き受けた部下という設定が、どこか遠いところに行ってしまっている。
引きつる笑顔を見て、お姉さんが先に察してくれた。
「ごめんなさい。大変そうね」
ごめんなさいはこちらの方です、お姉さん。
フルヌビのお客を装って、クラウドが早口の小声で説明を始めた。
「昨日の話の件で、クストス隊長から指示があって。一般客を装って調査に来た」
「まぁ、クストスさんが。ありがとうございます」
「それで、店内を見せてもらいたいのと、詳しい話も聞きたいんだが」
他のお客さんの目を気にして、クラウドは辺りを窺う。
お姉さんもこちらに合わせて小さい声。
「ここの店舗は、持ち帰り用お菓子のスペースがあって、隣はカフェのスペースに、奥は厨房と倉庫、上の階が事務室です。
従業員の休憩室は奥と上の階、両方に作られています」
「問題があったのは、厨房なんだよな?」
「はい、そうです」
お姉さんはコクンと頷く。
お姉さんの確認を得てから、クラウドは私に話を振ってきた。実際に探るのは私の役割だしね。
「厨房を見せてもらうか」
というクラウドの問いかけには、とりあえず否定的な返事をする。
「うーん、とりあえずぜんぶ見た方がいいかな」
「カフェもか?」
「うん」
「エルシア、お前がカフェでお茶したいだけじゃなくて?」
むかっ。
仕事だってのはちゃーーーんと分かってるっていうのに。
そんな言い方、なくない?
「あっのねぇ!」
私の代わりに怒り出したのは、なんと、ユリンナ先輩だった。
もちろん、ユリンナ先輩も魔術師なので私の意図は分かっている。分かっているからこそ、分かっていないクラウドの、失礼な返しに腹を立てたのだ。
元々、ユリンナ先輩はお茶しについてきてるだけなので、私がお茶してもしなくても、ユリンナ先輩だけお茶が出来るという好待遇なわけだし。
「ユリンナ先輩、声、大きいです」
「こういう失礼な態度には、しっかり言い返さなきゃ!」
私に向けてパチンとウィンクをすると、ユリンナ先輩は声を小さくして喋り始めた。
「いいこと? 魔法が原因だとすると、問題があった現場ではなく、その周辺に何かがある場合もあるものなのよぅ」
「ええっと、どういうことですか?」
「例えば、魔法陣による魔法が原因だとすると、魔法陣はどこにあると思う?」
「魔法が発動した現場?」
クラウドの合っているようないないような微妙な返答にじれたユリンナ先輩が、質問を変えた。
騎士だから仕方ない、とは思わないのがユリンナ先輩だ。
「聞き方を変えた方が良いわね。魔法陣のどこで魔法が発動するかは知ってるわよねぇ?」
「そのくらい知ってます。魔法陣全体ですよね」
「なら、魔法陣の中で一番、効き目が強いところは?」
「え? ええっと真ん中?」
予想してなかった質問に、狼狽えながらもクラウドが答える。
「そうよ。魔法陣の真ん中、中心よー」
「ええっと、それで?」
「魔法陣の中心には何も書かれてない。だから、大きな魔法陣の場合は、魔法が発動したところには何もないのよー」
「だから、魔法が発動している真ん中ではなく、周辺に何かがある場合もある、ってことよ」
私がユリンナ先輩の答えに説明を加えると、クラウドはようやく合点がいったようだ。
「あと、直接現場に魔法陣を描けない場合は、周りに複数の魔法陣を描いて、その中心で魔法を発動させるってこともできるから」
理解できてスッキリ顔のクラウドの様子を見て、ユリンナ先輩も満足げな表情を浮かべている。
「もしかして、エルシアがこの建物の周りをしつこく見てたのって…………」
「そう。魔法陣の痕跡があるかどうか、探してた」
「俺はてっきり、恋バナのネタにしようと、美人店長目当てのヤツらを観察しているのかと」
「そんなわけ、あるか!」
うん? でも待って。
私は考え直す。
「…………そういうのもありかも」
「やめろ、そういうのはなしだ! 俺がクストス隊長に怒られる!」
「クラウドも大変ねー」
ユリンナ先輩はクスクス笑うと、お姉さんに向かって、カフェへの案内をお願いしたのだった。
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