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2 暗黒騎士と鍵穴編

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「まずはフルヌビの初代、と言っても私の祖父なんですが、そこからお伝えします」

 店頭ではなんだから、と、お姉さんに通されたところは従業員用の控え室、みたいなところだった。

 給湯器が付いていて、テーブルとイスが置いてある程度の簡素な部屋に案内されると、お姉さんはお茶の用意をしながらおもむろに話し出す。

 お姉さんの話では、フルヌビの初代でお姉さんのお祖父さんに当たる人は、王宮勤めの菓子職人だったそうだ。
 二十年以上前に、王宮の職を辞してこの場所で菓子店を始めたんだとか。

「最初に売り出したのが、今ではフルヌビの定番になっているこのタルトで。今でも定番タルトだけは、当時の味のままなんですよ」

「へー」

 最初は事件的なものとは関係ない話が続く。

 クラウドをチラッと見ても、クラウドはにこやかに話をきいてるだけ。

 王都巡回業務は、王都民の心配事を聞いて解消するのも仕事なんだそうで、一見、無関係の話の中にも何か手がかりが見つかる場合もあるとのこと。

 だから、関係ない話も遮らずに聞くんだということだった。

 関係なさそうな話ではあったけど、お姉さんの話自体はおもしろかった。
 フルヌビを間近で見てきた人ならではの逸話。後でクストス隊長に自慢できそうだ。

 創業したばかりのときは、タルトが珍しくてあまり人気がなかったという話や、平民には割高で貴族には少し安っぽいと思われていた話などなど。

 とここで、お姉さんの話が魔導オーブンの話になった。

「祖父と駆け出しの菓子職人だった父とで、毎日、早朝から深夜までタルト作りに追われていたそうですが。
 昔は薪のオーブンで火力の調整も難しくて。一度に作れるタルトの量も少なくて。それで値段も割高になっていて」

 これはクラウドから聞いたことがある逸話だ。知っている逸話だからだろう。クラウドが大きく頷きながら話に耳を傾けている。

「そこを救ってくれたのが、とある高位貴族のご令嬢だったんです。あの方がごひいきにしてくださったおかげで、貴族のご令嬢を中心に人気が出まして」

 あれ?

 クラウドから聞いた話と違う。

 クラウドをつつこうと思ったその時、お姉さんは続きの話を口にした。

「おまけに、そのご令嬢の婚約者さまが王国一の魔術師さまで。ご令嬢のためにと、魔導オーブンを作って、フルヌビに寄付してくださったんです」

「その魔術師って」

「当然、あの人だ」

「はい。王宮魔術師団の筆頭である、ディルス・リーブル様です」

 そういえば、フルネームはそんな名前だったっけ。ずっと聞いてなかったから忘れてた。

「ほら、言ったとおりだろ?」

 自分の話でもないのに、クラウドは自慢げ。ファンだから主人公の活躍を聞くのが嬉しいんだな、きっと。

「今でもその当時の魔導オーブンを使っていますが、最新式のものに負けないくらいの性能で。タルトは必ず当時の魔導オーブンで焼いているんです」

「へー。今でもお祖父さんが?」

「それが、祖父は三年前に亡くなりまして。今は父と従業員の菓子職人で作っています」

「そうなんだ」

 悪いことを聞いてしまった。

 私はお姉さんに出されたお茶とお菓子に手を着ける。お菓子をかじると、カリッと軽い音がした。

 お菓子はタルトではなくラテレムだ。
 薄い生地の上にアーモンドが乗っていて、カリッとしたちょっと硬めの焼き上がり。
 フルヌビのラテレムは初めて食べた。美味しい。

「今回の気になる話というのも、その祖父の死を思い出させるようなものだったんです」

「嫌なことを思い出させて申し訳ないが、その初代の死というのは?」

「あの日は、新作のタルト開発のために、祖父が一人で夜遅くまで作業をしていたんです」

 そう前置きして、お姉さんは初代がなくなった日のことを話し始めた。

「新作開発で、ここの厨房に泊まり込むのは珍しくなくて。あの日も夜遅くまでタルトを焼いていて。
 朝になっても帰ってこなかったので、また厨房で寝ちゃったのかなって、家族みんなで話していました」

 実際に目にしたのは二代目と三代目、お姉さんのお父さんとお兄さんだそう。

「そして厨房で、血まみれになった祖父が見つかって」

 え? 殺人事件?

 私とクラウドは顔を見合わせた。私も知らないし、クラウドも驚いているってことは、あまり公にされてない事件ということだ。

「けっきょく、魔物の仕業じゃないかという結論になりました」

「当時の記録、残ってるかな」

「たぶんな。ここは第二騎士団も担当するし、魔物事件なら必ず捜査にあたってるはずだ」

 帰ったらクストス隊長に聞いてみよう。フルヌビ好きの隊長なら、何か知ってるかもしれない。

「それで、祖父が亡くなる一年くらい前から、タルトが消えるということが起こるようになりまして」

「誰かがつまみ食いしたとか?」

「夜遅くに一人とか二人とか、少ない人数で作業しているときの出来事で、つまみ食いというのも考えにくかったそうです」

「動物とかか?」

「動物が侵入したにしては、後が綺麗なんです。食べカスも何もまったく残っていないし。それに消えるのはいつもタルトだけだったと」

 ふむ。

 タルトが消える事件と初代の殺人事件を結びつけるとしたら、タルトが消える現場に初代が居合わせて、殺されてしまったってことになる。

 でも、魔物が犯人? どうにも魔物とタルトが結びつかない。

 私は頭の中で聞いた情報をまとめながら、出してもらったラテレムをカリカリとかじる。

 ラテレムは甘い香りとアーモンドの芳ばしい香り。タルトはこういった香りに、さらに不思議な香りが混ざっているのに、ラテレムは普通。でも美味しい。カリカリ。

「他に何かなくなったものは?」

 クラウドがさらに質問をすると、お姉さんは奇妙なことをつぶやいた。

「ありません。ただ、従業員の中には、黒い小さな穴のようなものを見た、という人もいたそうなんですが、証拠になるようなものは残ってなくて」

「「黒い穴?」」

 私とクラウドの声が揃った。自然とラテレムをかじる手も止まる。

 なかったところに穴が出来て消えた。

 魔法関係で穴と言えば『世界の穴』と『空間の穴』。
 前者はこの世界と魔界を繋げる穴で、召喚魔法の召喚門も同じ原理。後者は離れたところにある空間同士を繋げる穴で、転移魔法の転移門も同じ原理となる。

 穴を使えば出入りは自由。
 問題は何がどんな穴を使ったか。

「そして、祖父が亡くなると同時にピタリと起こらなくなったんです」

 話の流れからすると答えは一つ。それでも、とりあえず聞いてみる。

「それなら、もう起こらなくなったんでしょ? 何が気になるわけ?」

「また起こり始めたんです」

 だろうね。

「タルトが消えるのが?」

「はい。被害が出ているのは以前と同じく、タルトだけです」

 未解決で終わった問題は、解決するまで終わらないってことだ。

「黒い小さな穴は?」

「夜遅くまで残らないようにしたので、黒い穴を見た人はいません。
 従業員にも被害は出てなくて。今のところ、タルトが消える以外は大丈夫なんですが」

「もしかしたら、いつか同じ事が起こるかもしれない、と?」

 クラウドの質問に、お姉さんは元気のない声で応じた。

「はい。一応、第二騎士団にも連絡はしたんですけど」

「分かった。第三騎士団でも警戒しておくから」

「ありがとうございます」

 お姉さんの話を聞き終えると、私たちはまた巡回業務に戻っていった。

 クストス隊長用のタルトのお土産と、ついでにおまけしてもらったラテレムを持って。
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