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1 王女殿下の魔猫編

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 五強が展示されている部屋に入ったとたん、状況は一変した。
 私の説明もそこそこに、六人組のうち四人が青い宝石が散りばめられた豪奢な杖に、わっと群がったのだ。

 青い杖は木属性最強を誇る『五強リグヌム』の杖。

 バタバタッと音を立てて四人は青い杖の周りに集まる。そのうちの中心であろう一人、緑がかった金髪に翡翠色の瞳をした小柄な令嬢が、盛大にリグヌムを称え始めた。

「やっぱり、五強の中で一番は木属性のリグヌムよね!」

「御意にございます、殿下」

「ここのリグヌムも良いけど、本物はもっと格好いいわ!」

「まったくです、殿下」

「みんな、リグヌムの良さをもっと知るべきだし、もっとリグヌムを褒め称えるべきよ!」

「今度の会議で提案いたしましょう」

 服こそローブで隠しているけど、フードはかぶっていないので、誰が誰だか丸わかり。

 四人を遠巻きに見ていた二人のうち一人が、慌てて令嬢に駆け寄って令嬢を押さえ込む。

「我が主、その辺で止めてくれ!」




 そんな様子を私とクラウドは、次の部屋へ続く扉の前で窺っていた。扉の前にいる警備の騎士二人もヤバいものを見た表情。

「すでに正体を隠す気がない」

「だから、気にするな。俺たちはただの案内人、向こうはただの見学者だ」

 そう言うクラウドも苦いお茶を飲んだ直後のような、かなり渋い顔をしている。

 うん、あれ。もう完全に、王女殿下だわ。

 そばに集まっているのは侍女が二人に護衛が一人。そして駆け寄ったのは人型に顕現しているリグヌム。
 未だ遠巻きにしているのは残りの護衛、偽爽騎士のカイエン卿だった。




 私たちが見ている目の前で、今度はマリーアンが独り言を言い始めた。それは語尾長めの甘い口調で、部屋全体に聞こえるような、わざとらしく大きな独り言だった。

「あらぁ。属性にはどれが一番凄いというものは、なかったはずですわぁ。それぞれ一長一短。相性の良い悪いがあったと思いましたけど~」

「あなたねぇ、わたくしに意見するわけ? わたくしが一番と言ったら一番なのよ!」

 マリーアンの大きな独り言に、イラッとした王女殿下が噛みつく。

「あらぁ。怖~い。ただの独り言ですのにぃ~」

「そんな大声で独り言を言う令嬢なんて、いるわけないでしょう! わざとらしいのよ!」

 もうここまで来ると、マリーアンの方も独り言ではなく、王女殿下との会話になっていた。

「でもまぁ~、個人的に一番だと思うのは、確かに構いませんわねぇ~」

「引っかかる言い方をするわね、あなた」

「あらぁ、それほどでも~」




 会話じゃないや、ケンカだ、ケンカ。
 私はさっとクラウドの背後に隠れた。

「怖い怖い怖い、令嬢トーク怖い」

「目を合わせるな。知らない振りをしろ。目が合ったら終わるぞ」

 クラウドの背中越しに周りの様子を探る私。

「警備のみんなも、顔がひくついてる」

「あぁ、俺たち。災難だよな」

 クラウドの顔は見えないけど、同じ様にひくついているに違いなかった。




「個人的になどではなく、わたくしのリグヌムが一番だと言ってるの。他の五強は主がいないじゃない。
 でも、リグヌムにはわたくしという素晴らしい主がいるわ!」

 私がクラウドに隠れている間も、王女殿下は言い争いを続けている。
 そんな王女殿下を諫められる者はこの場では、リグヌムしかいない。

「我が主。ここには他の杖もいる。もう少し、静かに見学しよう。な」

 そうそう。私の杖が機嫌を悪くする前におとなしくしてほしい。
 この前、王女殿下は私の杖を怒らせている。二度目はないってことを、きっとリグヌムも分かっているはずだ。

 チラチラとこちらを恐る恐る見ているリグヌムが、ちょっとかわいそうに見えてくる。

 マリーアンはリグヌムの様子を分かっているのかいないのか、王女殿下への煽りを止めなかった。

「あらぁ、主より杖の方が世の中を分かってらっしゃるわ」

「まぁ、わたくしが世間知らずだと言いたいわけ?」

「あらぁ、ご存知なかったんですのぉ?」

「きぃぃぃぃぃ。あなたとは一生、仲良くできそうもないわ!」

「別にぃ、仲良くしていただかなくて結構ですわぁ。マリーアン、お友だちはたくさんいますもの~」

「なんですってぇ。わたくしだって、お友だちくらいいるわよ!」

 そう言って私たちの方を見る王女殿下。

 バッと即座に顔を背け、天井を見るクラウド。サッとクラウドの背中に顔を隠す私。

「どうして、そこで目をそらすのよ!」

 巻き込まれたくないからに、決まってるじゃないの。ねぇ。
 そもそも王族とお友だちじゃないし。

 息巻く王女殿下から顔を背けたまま、クラウドが私にひとつ提案をした。

「えぇっと、そろそろ、三聖の部屋に移動した方が良くないか?」

「うん、そうだね。そうしようか」

 珍しく私とクラウドの意見が一致して、合図も出さないのに渋い顔で頷く警備の騎士たちが、私の背後の扉を急いで開ける。

 さぁ、次が最後の部屋だ。
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