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1 王女殿下の魔猫編

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 王女殿下の応接室でのお茶会から数日後。

 この日も私は朝から『三聖の展示室』の案内だった。ただし、変わった点が一つだけある。それは、私の担当が第五隊だけになったこと。

 私は同じく案内担当のクラウドとともに、三聖の展示室前の広場に向かった。

「まさか、王宮魔術管理部から異動があるとはな」

「向こうはエリートなんでしょ?」

「まぁ、そうだけどな」

 王宮魔術師団は実働する魔術師集団の他に、王宮魔術管理部と研究部の二つがあった。いずれも全員が魔術師なんだけれど、仕事に違いがある。

 魔術師集団は実働部隊。実際に王宮を守護する魔法陣を維持したり、派遣されて魔術師としての仕事をする。
 その予定を管理したり任務を割り振ったり、場合によっては計画や作戦をたてるのが魔術管理部、実用的な魔法陣や魔導具の研究を行うのが研究部だった。

 あのクズ男の暴走阻止計画を作成したのも王宮魔術管理部。

 今回の王宮魔術管理部の作戦は大失敗に終わり、計画の作成責任者が退任、補佐二人が第三騎士団に異動となったと。

「第三騎士団への異動が、左遷扱いなのが気に入らないんだよね」

「でも、二人とも肩の荷が降りたというか、ホッとしながら働いているから、逆に良かったんじゃないか?」

 そうなのだ。

 王宮魔術管理部から異動してきた二人。第三隊と第四隊の担当になって、なんだか生き生きと働いている。

 三聖の展示室の案内係とか、前の職場に比べたら雑用みたいな仕事なので、こちらも最初は心配していたのに。

「前はブラック過ぎて、官舎に戻れるのは一週間に一回くらい。挙げ句に実働の尻拭いばかり。ふざけるなって話です」

「のんびり仕事して定時で帰れるって奇跡です。食堂のごはんも美味しいし。第三騎士団バンザイ」

 などと怖いことを言って、パシアヌス様がドン引きしてたっけ。

 そんなわけで、私の担当も第五隊だけになって、案内係をする回数が減って、他の仕事もさせてもらえるようになって。今日は久しぶりの案内係だった。

 クラウドと組んでの案内係も、あの三回目の反省文のとき以来。だから私も気合いを入れて広場へと向かう。今日こそはクラウドに小言を言われないようにと。




 そして。

 広場についた私は、いきなりやる気をなくしていた。

「なんか、嫌な予感がする」

「あぁ、俺もだ」

 それは私だけではなく、クラウドも同じだった。

「お久しぶりですわぁ、素敵な騎士さまに、黄色い旗の魔術師さん」

 嫌な予感にかられる私たちの前に、甘い声が響いた。

「また出た」

「あらぁ、マリーアンのこと、覚えてくださったのねぇ」

 両手の指を胸の前で組んで、かわいらしい仕草をするマリーアン。
 この前と同じ、超護衛能力も持つ凄腕侍女さん二人もいっしょ。侍女さんたちはピッタリと揃って一礼する。

「この前、見学しましたよね」

「でもぉ、この前は途中で中止になりましたからぁ」

 マリーアンは胸の前で組んだ指を離し、人差し指を立ててあごに当てた。おもむろに、ちょこんと首を傾げ、視線は斜め上。考え込む仕草に変わる。

「そうだった」

「だな」

 私に遅れて、クラウドも疲れた声をあげた。

 三聖を触ろうとした五人組、三聖の鞘を盗もうとした二人組、そして王女殿下の庭園から抜け出した魔猫。

 こいつらが騒動を起こしたせいで、巻き込まれる形となったマリーアン三人組は、アルバヴェスペルの計らいで、再度、見学会に参加となったようだった。

 しかし。嫌な予感はこの三人組だけではない。

 マリーアン三人組の他は、男女他混合の六人組。今回は全部で九人の参加になっている。
 参加申請書をめくっては硬直するという、不思議な行動を繰り返すクラウドに私は話しかけた。

「ねぇ、クラウド」

「なんだ?」

「なんか他にも、ここに参加しないような人が、しれっと混ざってるような気がするんだけど」

「気にするな。俺たちの仕事は見学者を案内して説明することだけ。仕事に集中するぞ、エルシア」

 もはや、クラウドは「気のせいだ」と言うのを諦めている。

「はーい」

 私も気にするのは止めて、黄色い旗を降った。




 三聖の展示室の外側の建物に入ると、アルバヴェスペルのおじさんたちが出迎えてくれる。

 おじさんたちは良い人ばかりなので、こちらもついつい、いろいろな差し入れをしたくなるのだ。

「エルシアちゃん、この前のお菓子、美味しかったよ」

「いつも、ありがとうな」

 この前は手作りの焼き菓子を差し入れしたんだけど、好評で、追加でさらに差し入れしたんだったっけ。

 この反応なら、追加分もまずまずの出来だったようだ。

 そんな私たちに、クラウドが変なものでも見るような視線を向けてきた。

「エルシア、まさかとは思うが、手作り菓子を差し入れしてるのか?」

「私が手作りしちゃ悪いの?」

「お前、毒物を作り出すタイプにしか見えないぞ?」

 真顔で毒物とか言わないでほしい。
 私ってクラウドから何だと思われているんだろう。

「大丈夫。クラウドには絶対にあげないから」

 お願いされても作ってあげるものかと心に固く誓う。

 そこへクラウド情報をぶちまけたのは、おじさんたちだ。

「クラウドは、そんな言い方しかできないのか」

「それだから、新人騎士人気ランキングで最下位グループなんだぞ」

「それなりに顔は良いのにな、残念なやつだ」

「軽くて楽天的な性格なのも、しっかり者女子にはマイナスポイントらしいぞ」

「うぐっ」

 さすが、アルバヴェスペル。情報収集力と内容がえげつない。
 そばにいたマリーアンは「あらぁ」とニタニタ笑っているし、クラウドは六人組の方に聞こえてないかと気にし出す始末。

 クラウド、顔はいいからそこそこ人気があると思っていたのに。

「クラウド。女子に人気ないの? だから、恋バナも恋愛相談もできないんだね」

 これで合点がいった。

「放っとけ」

 手荷物を預けている最中の六人組には聞こえていなかったようで、クラウドはホッとした顔。

「顔はいいのにね」

「そう思うか?」

「みんな、そう言ってる」

「エルシアはどう思ってるんだよ」

「顔はいいと思うけど、性格が軽いよね」

「顔はエルシア好みか」

「好みとは言ってない」

 私がムッとしていると、アルバヴェスペルのおじさんたち、今度は私の個人情報をぶちまけてきた。

「エルシアちゃんの好きなタイプは、五歳くらい年上のどっしりした男だよな」

「そうそう。デカくて厳つくてゴリゴリの筋肉質が好みだったよな」

 ひぃぃぃぃぃぃ。

「いや、別に、そういうわけじゃ、ないけど!」

 うん、このぶちまけ攻撃は確かに焦る。

 本当でも本当じゃなくても、当たっていても外れていても、情報というのは一人歩きしがちなものだから。

 私は黄色い旗をパタパタ振りながら、誰かに聞こえてはいまいかとキョロキョロ辺りを窺う。
 近くにいるマリーアンはともかく、あの六人組はまだ手荷物に集中している。聞こえてなさそうだ。

 その間に、クラウドはクラウドでおじさんたちに詰め寄っていた。

「おっさんたち、それ、本当か?」

「本当に本当だよ」

「アルバヴェスペルの情報力をなめるなよ、若造」

 情報力の使い方、間違ってない?

「なら、ノアの兄貴やフェリクスのやつも、エルシアの好みからはちょっと外れるわけか」

「ちょっとどころか全然ダメだな」

「あの二人じゃ話にならん」

「よしっ!」

 今度は逆に盛り上がり始めるクラウドとおじさんたち。

「なんで、ヴォードフェルム隊長やフェリクス副隊長の話が出てくるのよ。だいたい、どちらもまったく好みじゃないから」

「フェリクスのやつ、かわいそうにな」

「もういいでしょ。中の案内、始めるからね」

 六人組が預け終わったのを確認して、私は黄色い旗を降った。さてここからは、本当の『三聖の展示室』だ。

 私はおじさんたちに手を挙げて挨拶をすませると、黄色い旗を掲げて、サッと展示室に続く扉の前に移動する。

「この扉の先が『展示室』です。みなさん、二列になってついてきてください」

 扉の両脇にいる警備の騎士に目配せをすると、片方の騎士が扉の鍵をはずしてから一礼する。
 私はいつものように両開きの扉を開けると、先に一歩踏み出した。
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