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1 王女殿下の魔猫編

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「捕獲しました」

 完全に意識がなくなったクズ男。
 その襟首に私の杖をひっかけて、ズルズルと地面を引きずる。

 いつの間にか雨は止んでいて。止んだとは言っても地面は濡れたまま。
 その地面を引きずってクズ男を移動させたので、クズ男は髪から服からすべてが泥だらけ。しかも引きずっているので、傷だらけ。

 でも、気にしない。私がドロドロやボロボロになってるわけじゃないので、どうでもいい。

「エルシア、無事で良かった!」

「本当に、良かった。良かったよ!」

 私を出迎えてくれた人たちも、それは同じだった。

「いや、良くないだろ。筆頭殿が動かないぞ。エルシア、筆頭殿を殺っちゃダメだろう!」

 口うるさいクストス隊長を除いて。

「大丈夫だ、死んではいない」

「でもこれは、やり過ぎだなぁ」

 クストス隊長とは違って、王太子殿下とヴァンフェルム団長は冷静だった。さすが上の人。

 いっしょにいるもう一人は第一騎士団の団長だろう。黒褐色の髪に赤茶色の眼、カイエン卿に似た容姿の女性は、クラウドのお母さんだって話だけど。クラウドと違って冷たい印象だった。

 そして、その人はなぜか遠巻きに私を見ている。まぁ、第三騎士団の魔術師なんて、相手にもしたくないのかもしれない。

 私はヴァンフェルム団長に、胸を張って言い返した。

「筆頭魔術師相手に手加減なんて、していられません」

「正論がこれほど空々しく聞こえるのは、何でだろうなぁ」

 顔を手で覆い、わざとらしく天を仰ぐヴァンフェルム団長。

 そこへ、王太子殿下が気まずそうに声をかけてきた。

「君が黄色い旗のついた棒で筆頭殿を殴るところは、ぜんぶ見えていたんだが」

 あ。建物全部、崩れたせいで、外から丸見えだったのか。

「ええ? 私、殴りました?」

 ごまかしてみる。

「あぁ、二発もな」

 ダメだ。全部、見られてる。

「チッ」

「エルシア、舌打ちするなよ。王太子殿下の御前だろ」

「見られてたんなら、もっと力をこめとけば良かったわ」

「「もっとダメだ!」」

 なぜか、みんなから怒られた。




「私が言われたのは『無力化』して確保です」

 私は開き直った。胸を張ってさらに言い返す。

 無力化の方法までは指示されてないし、意識の有無や生死についても言及されてないし。

「殴って気絶させて確保。『無力化』は出来てるし、確保もこれで完了。ルベラス君にしては無難に終わったねぇ。やり過ぎだけど」

「ふむ。魔術管理部も全壊したしな」

 せっかく元凶を捕まえてきたのに、ヴァンフェルム団長や王太子殿下が引っかかるような言い方をするので、私もおもしろくない。

「あのクズ男が広範囲型の攻撃魔法を室内でぶっ放したので、相殺させたら吹き飛びました。ただそれだけです」

「室内で攻撃魔法同士をぶつけたと?」

「建物の周りに被害が及びそうだったので、致し方なく」

 しれっと答える。

「仕方なさそうに、ぜんぜん見えないんだがなぁ」

「あのクズ男が使ったのは《強震》。辺り一帯、丸ごと潰すつもりだったんでしょう。
 私が使ったのは《吸震》。揺れを吸い取る魔法です。まったく同じ力でぶつけましたので相殺されています」

 理論上は。

 あくまでも理論上の話だけど、これで互いの魔法は相殺されるので発動はしないはずだった。

 説明していて、額から汗がつつーっと流れ落ちる。

「じゃあ、なんで建物が潰れたんだ?」

「《強震》と《吸震》がぶつかった衝撃だろうな」

「え? 魔力コントロールは完璧ですよ」

 そう。幼い頃からの努力の成果で、私の魔力コントロールはかなりのものになっていた。だから、クズ男とまったく同じ力に合わせるのに、大した手間はなかったのだ。

 誤算があったとすれば、大きな魔力を使ったときの魔力圧を計算してなかったことだろう。

「君らレベルだと、魔法陣を展開させただけで魔力圧が生じるからな」

 正論である。

「へー、初めて聞きました」

 それでも、ごまかしてみた。

「エルシア、絶対、知ってただろ」

 みんなの視線が集中して居心地が悪い。

「訂正します。忘れてました」

 けっきょく、ごまかしきれなかった。




 最終的に、今回の件は真実に蓋をする方向で決着がついた。

 王宮魔術管理部の建物の崩壊は、老朽化で一度壊してから建て直す計画だったということになったし。
 近衛、第一、第三による非常時のための合同訓練でケガ人が出たとの説明がなされた。

 クズ男が毎年、奥さんの命日に暴走していることは伏せられたまま。

「周りに被害が出るくらいの暴走だ。外部には漏らせないだろうな。筆頭殿と王宮魔術師団への信頼が揺らいでしまう」

「あー、都合の悪いことはなかったことにするんですね」

「仕方ないだろう。すべてを正直には説明できないんだ。ルベラス嬢が理解してくれると、こちらとしても気が楽になる」

 そう言って王太子殿下は静かに笑った。

 この人は、いつもいつも笑ってごまかすから嫌なんだ。私が捨てられたことだって、同じように静かに笑って言うんだろうな。「仕方なかった」とね。

 私は気分をささくれ立たせながらも、今回の報告書にサインをしたのだった。
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