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1 王女殿下の魔猫編

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「ミレニアが死んだのは、あの子どものせいだ! あんなのを産んだりするから!」

 クズ男は吠える。悪いものはぜーーんぶ子どものせいにして。

「あんな命のために、ミレニアが命を削るなんて許せない!」

 狂ったように吠え続けるクズ男。

「ミレニア! 僕のミレニア!」

 テーブルの上のジャコウレンリの花をギュッと抱きしめ、完全に自分の世界に入ってしまった。

「はぁあ? バカじゃないの? 死んでから何年経ってるのよ」

 優秀だから多少のことは目をつぶるってことか。でも、多少じゃないよね。コレが多少になるなら、私のなんて反省文を書かなくて良いレベルじゃないの。

 右手に持った棒を左の手のひらに叩きつけると、パンパンといい音がした。

《コレさえなければ、相当優秀なんだろうけどな》

「コレなのに、なんで筆頭なんか出来てるわけ?」

《コレ以外は、相当優秀なんだろ。スロンが筆頭に置いておくくらいなんだから》

 スロンという言葉を聞き、パンパン打ち付けるのを止める。今代のスロンはあの食えない王太子殿下だ。

「あー。私、あの人、苦手なんだよねぇ」

《まぁ、セラとスロンはまるっきり役割が違うしな》

 ヴァンフェルム団長が『簡単な仕事』と言って私に仕事を担当させるのに対して、スロンの王太子殿下は『セラの仕事』と言っては私に仕事を押しつけるのだ。
 まぁ、団長の主観はともかく、王太子殿下の見立ては正確なので、腹ただしくても文句が言えない。

 あー。早く地方に行きたい。王太子殿下の目の届かないところへ。

「何をゴチャゴチャ話してるんだ。僕やミレニアをバカにして!」

 私以上にイライラしているクズ男が、被害妄想を爆発させた。

「バカにしてなんかないわよ、クズ扱いはしてるけど」

《主。十分、バカにしてるぞ》

「それに奥さんのことはバカになんて、してないわ」

《だな。被害妄想が甚だしいよな》

 クズ男をじーーーっと眺める私と杖。ふっ。鼻で笑ってあげた。

「うるさい、うるさい。アキュシーザ、こいつらを黙らせるぞ」

《我が主!》

「だいたい、なんだその杖は。バカにしてるのか。ひねり潰してくれる!」

 クズ男は手にしたジャコウレンリを床にたたきつけると、アキュシーザを私に向けて構えた。

 低い声が唸るような音に変わり、クズ男の目の前に、盾ぐらいの大きさの魔法陣が現れる。


 グゥゥゥゥゥン


 魔法陣が青く煌めき、回りだす。初めはゆっくりだった回転はもの凄いスピードとなり、力が頂点に達したとき、


 ボフッ


 魔法陣が冷たい炎の球を吹いた。

《来るぞ》

 私の杖の警告に遅れて、火炎球が目の前に迫る。冷たい炎は床を凍らせながら私めがけて襲いかかり、そして。


 キュイン


 私は肩に担いだ黄色い旗付きの棒を、大きく振った。


 ゴウッ


 良いタイミングで、棒が火炎球の核を捉える。私はそのまま棒を振り切った。

 すると、


 ガガガガガガガガガガッ

 パラパラパラパラパラパラ


 棒に打たれて進路が曲がった火炎球は、そのまま壁に突っ込み、爆発。周囲を凍らせながら大穴を穿つ。

 大穴の周りは凍りついてバリバリだし、大穴から見える外は雨がシトシトと降っていた。

 建物を貫通するような大穴ができたところをみると、威力は相当なもの。これを人にめがけて使うなんて、どうかしてる。

「なんだ、そのふざけた杖は?!」

「私の杖は頑丈なのよ」

 自慢げに黄色い旗をゆらゆらと揺らすと、クズ男はさらに顔を歪めた。

「なら、これでどうだ」

 響き渡る低いうなり声。いくつもの魔法陣がクズ男の周りに展開していき…………

 私は突然、目を疑った。

 だって、クズ男が今、発動しようとしているのは…………

「《強震》?!」

《マズいぞ、主。相殺させろ》

 辺り一帯に強く激しい揺れを起こす大地の魔法。強い揺れは木々をなぎ倒し、建物を揺さぶって崩す。地に立つものは倒れ、地割れをも引き起こす。地系の上級魔法だった。

 室内で使うものじゃない。

 こんなところで使ったら、建物が崩れて生き埋めになるし、周囲全体が陥没する恐れも出てくる。

「バカじゃないの?!」

《急げ、主!》

 言われなくても分かってるわよ!

 急いで、かつ、慎重に。私はクズ男と同じだけの魔力を引き出し、魔法陣を組み立てる。

 そして。

「《強震》」「《吸震》」

 力のある言葉が同時に放たれた。




「ケホッ」

 目を開けると、辺りに広がった砂埃は降りしきる雨によって鎮められていた。

「ケホ、ケホッケホッ」

 むせて咳が出る。

 さきほどまで仄かな明るさだったのが、鈍く曇った昼間の明るさになっていた。

「魔剣士タイプのくせに、なかなかやるな」

 そう言い放つクズ男は、魔力を使いすぎたのか声に張りがない。

「こんなところで広範囲型の攻撃魔法を使うなんて、バカでしょ? 周りの人たちまで潰されるじゃないの!」

「さっさと逃げればいいだけだ。逃げ遅れるやつなど知るか」

 クズ男の《強震》と私の《吸震》が衝突した結果、建物は完全に崩れ落ち、天井と壁がすべて瓦礫となっていた。視界もとても広くなる。
 吸震で威力を相殺させたのに。建物の周りにいた人たちにケガがないといいんだけれど。

 にしても、クズ男にはまったく悪気もない。

「ムカつく。こいつ、なんなの!」

「お前こそ、なんだ。ミレニアを追悼する日くらい好きに悲しませろよ」

「迷惑にならない範囲にしろ、って言ってんのよ!」

 立っているだけで精一杯のクズ男に、ツカツカと歩み寄ると、私は手にした棒を高く掲げてそのまま振り下ろす。

「えい!」

「何?!」


 ボカッ


 棒状の私の杖が、クズ男の頭を捉えた。

「痛っ!」

 苦鳴をあげ、頭を押さえるクズ男。

「やっぱり、おまえ、魔剣士じゃないか。魔術師だと嘘をついたな!」

 うるさいなぁ。

「もう一つ! えい!」


 ボカッ


 棒状の私の杖が、またもや、クズ男の頭を捉えた。
 クズ男は目を見開き口を開けて、そのまま崩れ落ちる。クズ男が握った手を開き、アキュシーザが手からこぼれて、ころころと転がっていった。

《身も蓋も、情けのかけらもないな、主》

「形だけでも、剣術を習っといて良かったわね! 見事に役に立ったわ!」

《あぁ、そうだな。そうだけどな。魔術師が魔法の杖で、相手を撲殺するのは止めてほしかった、かな》

 私の杖の最後の言葉、私はそれが聞こえない振りをした。

 うん、帰ろ。
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