運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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1 王女殿下の魔猫編

4-10 団長は集まる

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「エルシア、大丈夫かな」

「あぁ、一人で行かせるんじゃなかったな」

 小雨がポツポツと降る中、第三騎士団は建物からニメートルほどの場所で、ぐるりと包囲を行っていた。
 雨除けのフードとコートが非常に暑苦しく感じる。蒸し暑くないのが唯一の救いかなぁ。

 それにしても。うちの団のフェルム一族は、二人ともルベラス君の心配をしている。さっきからずーーーーっとルベラス君のことばかりだ。

 ルベラス君は杖持ちの魔術師なので、実は魔導師に該当する。魔術師のエリート集団である王宮魔術師団でもトップクラス、第一線で活躍できる人材だ。
 あいつとの取引のおかげで、第三騎士団で獲得することができたが、本来ならここに配属される人材ではない。

 魔術師としての能力はありすぎるほどの人材なので、筆頭殿の退治、じゃなかった筆頭殿との対峙も問題なく済ませるはずだ。

「ルベラス君なら大丈夫だろう。ほらほら、第三騎士団はいつでも動けるようにしとけー」

「いや、そう言われても」

「クラウド、無事を信じるしかない。あのエルシアのことだ。きっと大丈夫だ」

 ルベラス君、確かに無事は無事だろうけどなぁ。問題は対峙する相手。よりにもよって筆頭殿だ。冷静でいてくれるといいけど。

「ルベラス君、何かやらかしてないといいんだけどなぁ」

「団長、そういう心配している状況じゃないですよね」

「君らは真面目だよなぁ」

「「団長!」」

 いやしかし。雨脚がこれ以上強くなると包囲もしづらくなってくる。雨は士気も下げるし、風が強くなればいったん撤収せざるを得ない。
 私は早急な決着を祈りながら、王宮魔術管理部の建物を見上げた。

 そこへ一人の騎士が近づいてくる。

「ヴァンフェルム団長。王太子殿下からの伝令です。『急ぎ、第三は、第一のところまで後退せよ』」

 なんと、早急な決着ではなく、早急な後退命令が出てしまった。何か起きたのだろうか。不安を胸に隠しながら、うちの副、ユースカペルに指示を伝えた。




 ユースカペルの声はよく通る。号令も一声で十分なほど。

「第三全隊、第一の手前まで、包囲を後退させよ!」

「「ハッ!」」

 かけ声と同時にゆっくりと第三全隊が後退を始めた。雨音に混じって、ジャッジャッと足音が響く。

 雨の中での後退なのでホッとしつつも、ルベラス君を一人残していく心配とで、複雑な表情を全員が見せていた。
 中には表情に浮かべるだけでは済ませられないヤツもいるし。

「団長! 後退だなんて! エルシアは? 何かあったんですか?」

「まぁまぁまぁ、まずは落ち着かないとなぁ。下がって殿下のところまで行くから」

 勝手に突入しそうな勢いやってくるヤツを落ち着かせると、私は王太子殿下の元へと向かった。




「殿下」

「第一、第三は衝撃に備えよ。魔術師は全員、《防御壁》の準備だ」

 王太子殿下の声が聞こえる。王太子殿下は第一が張った天幕にいて、さらに指示を出しているところだった。

 いっしょにやってきたユースカペルに伝達と指揮を任せ、まずは第一の団長、ヴェルフェルムを探す。

「状況は?」

「君のところの魔術師が標的と接触したそうだ」

 標的、つまり筆頭殿と接触したのか。大丈夫かなぁ、ルベラス君。つい、言葉が漏れる。

「ルベラス君は大丈夫なんですかねぇ」

「さぁ、分からん」

 ヴェルフェルムの返事はあっさりしたものだった。

 第一騎士団の団長、クリセリア・ヴェルフェルムは私の姉、そしてクラウドの母。フェルム三兄弟の中でもっとも資質に恵まれ、努力も惜しまない天才。
 見た目はクラウドよりも、クラウドの兄カイエンに似ている。黒褐色の髪に赤茶色の眼、女性としては群を抜いて大きな体格。

 自分の息子が気にしている女性のことなのに、あまり興味もなさそうだ。
 強いが偉い、強いがすべてのフェルムとしては、『第三騎士団の魔術師』という肩書きに魅力を感じないのだろう。

「二人とも揃っていたか」

 突然、声がかかり、私たちは反射的に礼をする。王太子殿下だ。王太子殿下はこちらの会話を聴いていたのか、気になっていたことを説明し始めた。

「ルベラス嬢は、魔力の気配を消すのが上手い。こちらもときおり探知できる程度。
 今は彼女の杖の気配をたどっているに過ぎない」

「つまり、ルベラス君の杖と筆頭殿が接触したと」

 緊張でごくりとのどが鳴った。短気は起こさないでくれよ、ルベラス君。

「ルベラス嬢のことだ。杖だけ接触はさせまい」

「あの魔術師で大丈夫でしょうか?」

「ルベラス君、ケンカっ早いからなぁ」

 ルベラス君の実力を疑うようなヴェルフェルムの言葉を、私は心配する言葉で遮る。

 私の意図を察してか、王太子殿下がニヤリと笑い、すぐさま、笑みを引っ込めた。

「問題は魔力圧だ」

 魔力圧とは放たれる魔力による圧力だ。身体への感触としては闘気や剣気に似ている。

「魔力圧、ですか?」

「空気が重くなったり、息苦しく感じたりするヤツですね」

 私もヴェルフェルムも、王太子殿下の言葉の真意が分からず、無難な返答を返すだけ。魔力圧の何が問題だと言うのだろう。

「ルベラス嬢クラスの魔導師は、魔法陣を展開させただけでも、かなりの魔力圧が生じる」

「しかし、ルベラス君が魔法を使うところは今まで何度も見てますが…………」

 と、ここまで口にして気づく。

 王太子殿下はルベラス君のことを、魔術師ではなく魔導師と呼んだ。ルベラス君の実力はすでに把握されている。間違いない。

 王太子殿下は言葉を途中で止めた私をおもしろそうに眺めて、話を続ける。

「魔力圧が生じないよう、彼女は自分の魔力放出を上手くコントロールしているからな」

 違った。把握しているどころの話じゃない。こちらが把握してないことまでご存知だ。いったいいつから? どこまでご存知なんだ?

「それではなぜ、魔力圧が問題になるんでしょう?」

「筆頭殿が構わず魔法を使った場合、ルベラス嬢はそれに対抗するため、同等の魔力放出を行う。完全相殺は難しいだろう」

 王太子殿下の言葉が頭の中を通過していく。血の気がどんどん引いていくのが自分でも分かった。

「まさか、第三の魔術師は筆頭殿と同等ってことですか?」

「違うなぁ。相手に合わせられるってことは同等より上ってことだ」

 ヴェルフェルムの問いかけには、私が答えた。王太子殿下の言葉からの推測だが、王太子殿下が満足げに微笑んだところをみると、正解だったようだ。

 そんな話、あいつから聞かされてない。

 筆頭殿は王国一の魔術師だ。その筆頭殿を上回るだなんて。ルベラス君は、魔剣士向きの黒髪なのに。

「言っただろう。セラより強い魔導師はいないと」

 セラという言葉に、私もヴェルフェルムも硬直した。王太子殿下は不敵に笑うだけ。

 そういえば。

 王太子殿下が下した命令は、騎士には衝撃への備え、魔術師には防御壁の準備、だったか。

「来るぞ!」

 王太子殿下が鋭く叫ぶ。

「あれを見ろ!」

 同時に天幕の外で叫ぶ声。

 私たち全員が目にしたのは、王宮魔術管理部の建物がズズズズと不気味な音を立てて沈むところだった。
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