上 下
40 / 247
1 王女殿下の魔猫編

4-4

しおりを挟む
 嫌な予感は重ねて現実となった。

「そういうわけで、すべてはルベラス君の頑張りにかかっているんです」

「なんで私?!」

 元凶が、あのクズ男だったとは。

 そのクズ男を私がどうにかしないといけないだなんて、最悪過ぎる。
 誓約もあるし、さすがに暴れることはしないけど、私の気分はどんよりから、げんなりしたものになった。

 はぁ。

 私がため息をつく横で、律儀にもクラウドが話を簡単にまとめている。

「王宮魔術師団の筆頭魔術師殿が、奥さんの命日に、奥さんの死を思い出して、悲しみ過ぎて魔力を暴走させている、か」

 たったそれだけのことに、毎年たくさんの人が振り回されていると思うと、げんなりを通り越して、うんざりしてきた。

「バカバカしすぎて言葉がないわ」

「バカバカしいは言い過ぎだろ」

 私をたしなめるクラウド。

「筆頭魔術師殿は愛妻家で有名な人だし。奥さんのことを死ぬほど愛していて、溺愛ぶりは知らない人がいないくらいだ。
 それに『運命の恋』の主人公なんだぞ、知らないのか?」

「あー。『運命の恋』ねー」

 知ってる。ムチャクチャ知ってる。おかげで私がどんな目にあったと思ってんのよ。

 でもまぁ、そんなことをクラウドに八つ当たりしても仕方がないことも、私は知っていた。

 だから、軽く返事をするだけ。

 当のクラウドはなんだか一人で盛り上がっている。

「筆頭殿は、結婚前も後も奥さんのことをとてもとても大事にしていてな。世の中の女性はみんな、羨ましがっていたって。
 上の姉さんがやっぱり羨ましそうにして言ってたよ」

 ふーん、と聞き流すところに、クラウドが個人情報をぶち込んできた。

「クラウド、お姉さんいるの?!」

 初耳だ。兄はいるって聞いてたけど、姉の話は初耳だった。私がビックリしている様子を見て、事も無げにクラウドは頷く。

「二人な。上の姉さんは同僚の騎士と結婚して家門を離れたけど。二人とも『運命の恋』のファンだ。
 ま、上の姉さんは自分の結婚のことも『この出会いは運命だった』と無理やり言い張って、みんなから白い目で見られてたっけな」

「まさかクラウドも『運命の恋』のファンだとか?」

「いや、まぁ、憧れはあるにはあるが、現実は現実。その辺は割り切っている。姉さんと違って。
 現実は夢物語のようなものばかりではないからこそ、『運命の恋』が人気なんだしな」

 じとーっとした目で見つめられ、落ち着かない様子。ファンであることは認めたよね。

 クラウドも、私が出会ったことがある他のファンの人たちも、ごく普通の人たちばかりだ。

 『運命の恋』が夢物語のようだと言って憧れている。『運命の恋』は現実であって夢物語ではないのに。
 みんなにとっては『運命の恋』の現実部分はどうでもいいことなんだと、改めて思い知らされる。

 みんなが好きなのは『運命の恋』の夢物語の部分。奥さんを溺愛する主人公のお話だ。
 私は『運命の恋』の現実部分。お話には邪魔だから切り捨てられたし、みんな、興味すらない。

 幼い娘を捨てるようなクズでも、悲しいからと暴れるようなカスでも、主人公に向けられる目は温かく、誰も非難しない。建物がボロボロで、ケガ人が出る被害まで出しているにも関わらず。

 みんなにとって、主人公は、運命の恋の相手を失ったかわいそうな主人公なんだ。

 だからだろうか。

 私はクラウドに意地悪なことを言ってみたくなった。

「でも、うまくいったら『運命』で、うまくいかなかったら『運命じゃなかった』って、ただ言ってるだけでしょ?」

「お前、そういうとこ、冷めてるよな」

 ビックリしたように目を大きく見開いて、クラウドは私を見た。

「事実だし」

 素っ気なく返す。

「まぁ、確かに。筆頭殿の奥さんは元々は別な男の婚約者で、けっきょく、そっちの方とはうまくいかなくて。『運命じゃなかった』ってなったからな」

 予想外に、クラウドはあっさり私の意見を受け止め、淡々と返してきた。
 だから私も、ついつい本音がこぼれる。

「『運命』だとか『真実』だとか、耳障りの良い言葉を使って、キラキラしたものに加工してるだけよね。
 現実はそんなにキラキラなんてしてないわよ。もっと生臭くてドロドロしていて汚いものだわ」

「お前、何かこじらせてないか?」

 なんか残念なものを見るような感じのクラウド。
 残念なヤツで結構。すでに実の親から残念認定されてる私に怖いものはない。

 私が言い返す直前で、パシアヌス様が割って入った。

「まぁまぁ、ルベラス君にはルベラス君の恋愛観や結婚観があるんでしょうから」

 言葉通り、身体を私とクラウドの間に入れて、距離を取らせようと必死になっている。騎士のクラウドを魔術師の力で押しても、びくともしてないけど。

 クラウドはぐいぐいと押すパシアヌス様を気にもせず、逆にパシアヌス様をやんわりと押し返した。質問をしながら。

「それで、どうして、今回の話が注意事項に引っかかるんですか? けっきょく、原因は筆頭殿の暴走ってことですよね?」

「…………注意事項その四」

 パシアヌス様はクラウドに押されふらふらっとよろけて、なんとか踏みとどまる。

 ところで、その、注意事項って何?

 言いたいことが顔に出てしまったのか、思わず袖を引っ張ったのが合図になったのか。
 クラウドが「言うなとは言われてないしな」とボソッとつぶやいた。

「この前、団長に呼び出されて説明されたんだよ。エルシアの反省文を増やさないための注意事項ってのを」

「反省文は、増やしたくて増えてるわけじゃないから」

「だから、問題視されてるんだろ」

 思っていた以上にとんでもないヤツ扱いされてる。でも、言い返せない。

 私は続きを促す。

「で? 注意事項って?」

「エルシアを怒らせない、実の親の話はしない、展示室でのことは口外しない、詮索しない、の四つ」

「あー、なるほど」

 悔しいことに、要点は押さえられてる。注意事項を作ったのはヴァンフェルム団長辺りかな。

 あっさりと納得して引き下がった私を見て、クラウドが焦った様子を見せた。

「いや、この注意事項で納得するのか?」

「クラウドは知らないんだっけ?」

「何を?」

「私の実の親の話」

「エルシアが魔塔の孤児院出身だってのは知ってる」

 クラウドが憧れる『運命の恋』のかわいそうな主人公が捨てた娘だと知ったら、クラウドは私のことをどう思うんだろう。

 事実を知っても、主人公の味方をして主人公の肩を持つのだろうか。それとも、そんなことがあるはずないと否定するのだろうか。

「いや、黙り込まれると怖いんだけど」

 黙り込んでしまった私を見て、クラウドはさらに焦った様子を見せていた。




 そこへ。

「うるさいわね! あなたたちの魔力が少ないせいでしょ!」

 王女殿下のキャンキャンとわめく大声が聞こえてくる。

 今度はいったい何事?

 私もクラウドも、そして第三騎士団の魔術師全員が王女殿下の声が聞こえる方に顔を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレンだったが・・・。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

処理中です...