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1 王女殿下の魔猫編

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 王女殿下の話はこうだった。

「わたくしの杖は、五強のリグヌム。わたくし自身は召喚魔法が得意なの。
 少し前に、カタリグヌンの召喚門を開いたのだけど、別の魔猫が召喚門を無理やり通ってきてしまったのよ」

 王女殿下の杖、五強のリグヌムは、非公式情報によると、木属性を扱う最上級の杖だそうだ。非公式情報なので、知らない人がほとんど。

 そしてカタリグヌンは、魔木猫。木属性を持つ魔猫だ。

 基本的に魔獣や魔物は自然発生しない。魔界と呼ばれる別世界で生まれて、ふとした拍子にできる世界の穴を通って現れる。

 大きな穴が突然現れて起こるのが、魔物や魔獣の『大噴出』と呼ばれる現象で、北や西の辺境伯領で生じやすい。

 そのため、辺境伯領では常に魔物や魔獣対策に追われている。
 そもそも、魔物や魔獣の多い地域だから、辺境伯が強力な騎士団を組織して治めているというわけだ。

 穴は自然発生以外に、人工的に発生させることもできる。それが召喚魔法で作り出す『召喚門』。

 自然発生の穴を通ってやってきた場合、通常は人間に敵対的だ。慣れない。従わない。本能のまま自由に行動する。

 ところが、召喚門を通ってやってくる場合は、人間との契約を前提としてやってくるので、人間に中立的。

 王女殿下の場合、召喚魔法が得意な上、木属性のリグヌムの助けを得るので、同じ木属性のカタリグヌンの召喚門なら容易く開ける。
 カタリグヌンの召喚門は契約を前提としたカタリグヌンしか通れないので、やってくるのはカタリグヌンだ。普通なら。

 つまり、

「意図した召喚ではなかったのですね」

 と、いうことになる。
 むしろ、もらい事故だろう、これ。

「わたくしが呼んだのではなく、向こうが自分の意志でやってきたから。それに力が強すぎて」

「カタリグヌンではありませんよね、あれ」

「そうなのよ。契約もできないし、追い返すこともできなくて。かといって、未契約の魔猫を、自由にさせるわけにもいかないでしょ」

 王女殿下の言い分ももっともである。

「それで、庭園に?」

「そうなの。とりあえず庭園にいてもらったんだけど。昨日はここを留守にしてたものだから」

「その隙に第二王子殿下が勝手に入って、魔猫が逃げてしまったと」

「そう。その通りよ」

 しかしながら、王女殿下。
 昨日以外も、こっそり庭園から抜け出しているようですけどね、あの猫。

 こっそり抜け出した時も私が捕まえて、その後、クストス隊長がただの猫と間違えて逃がしてしまった。
 なのに、騒ぎになっていないのは、こっそり抜け出してもこっそり戻ってきたから、と考えられる。

 私はお菓子を食べる手を止め、改めて、庭園に目を向けた。

 そうか。

「ここも『地盤の魔力溜まり』になってるんだ」

 ボソッとこぼれた私のつぶやきを、王女殿下が耳ざとく拾い上げる。

「ええ、その通りよ! ここ、『三聖の展示室』ほどではないから、気づかれにくいけど。よく分かったわね。さすがだわ!」

 バラが綺麗に育つのも、珍しいバラが育てられるのも、地盤の魔力が多少なりとも影響しているせいか。

 あの魔猫も、ここが過ごしやすかったんだ。地盤の魔力を吸い取れるような魔猫だし。

「えーっとそれで。逃げた魔猫は昨日、私が捕まえましたけど。まだ何か問題が?」

「問題発生の逆ね。問題解決の道筋が見えたの。未契約の魔猫問題を、根本から解決する方法がね」

「それは良かったですね」

 私は再びお菓子を食べ始めた。
 まぁ、第三騎士団には関係ない話だろうし。そう思って、私は呑気に構えていた。

「魔猫本人の意向も確認済みだし、後はあなたの同意があれば、解決だわ!」

 うん? あなた?

 お菓子をパクッとしたところで、動きが止まる。王女殿下は明るい声を上げた後、私をじっと見た。いや、じーーーっと、かな。

 私は口に手を当て、今かじった分のお菓子を急いで食べきる。

「あなたって、まさか、私のことじゃないですよね?」

「この流れであなたといえば、ルベラス嬢しかいないでしょ」

「この場面であなたといえば、エルシアしかいませんわね」

 二人して同じ事、言う!

「ソニアもいるのに」

 隣に。

 我関せずって感じで優雅にお茶を飲んでるけど。

「魔猫があなたの下僕になりたいって言ってるのよ」

「私、契約済みなんで」

 杖と。

「エルシアに従魔なんていませんわ」

 だから、杖とだって。

「あなたほどの魔術師なら、従魔の一匹や二匹、問題ないでしょ」

「いえ。無理です」

 面倒なんで。

「うちで猫は飼えません」

 勝手に飼ったら、保護者に怒られるし。

「もっと大きな家を用意するわ」

「官舎住まいです」

 勝手に引っ越したら、保護者にもっと怒られるし。

「エルシア、ペットではなく従魔だから、官舎でも問題になりませんわ」

 いやいやいや、その前にうちの杖と保護者が問題にするから!

 て、ここで杖と保護者の話を出すわけにもいかないしな。

「面倒事を他人に押しつけないでください。召喚者は王女殿下でしょう」

 と、抵抗するのが精一杯。




 そのとき。

《お願いだ、ご主人。オレはその杖よりよっぽど役に立つぞ》

 どこからか、魔猫の声が聞こえた。
 昨日より少し元気がない。

《獣風情が。諦めろ》

 比較され、しかも役に立たないと決めつけられて、私の杖が怒り出す。

 ほら。

 こんな調子なんだから、主従契約なんて絶対に無理だから。

 魔猫と杖の言い争いに巻き込まれないよう、無言でお菓子を食べ続ける私。

「あなたも大変ね」

 と、他人事のように慰めの言葉をかけてくるソニア。

 学院時代からのつきあいなので、私が了承しない理由をソニアも分かってる。
 ただ、王女殿下の提案が一番無難なことも分かっているので、直接的には賛同してこない。

 はぁ。

 早く帰りたい。

 私もソニアも黙り込んでしまい、お茶会の雰囲気は最悪だった。

 この雰囲気で、王女殿下だけは明るい顔をさらに明るくしている。目もキラキラしている。そのキラキラした目が、なんだか私の方に向いているようにも見える。

「あなた、杖持ちなのね!」

 しまった。

 王女殿下も魔術師なんだから、当然、杖の声も聞こえるのか。

「あなたも大変ね」

 ソニアの二度目の慰めが、妙に白々しく聞こえた。
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