運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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1 王女殿下の魔猫編

3-0 エルシア、重い依頼をこなす

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 三聖の展示室の見学会は、午前と午後にある。

 それぞれ三回ずつ、計六回も行われる日がある一方で、見学会が行われない日もあった。

 残念なことに、見学会の日程を決めているのも予約を管理しているのも、退官した武官や文官の組織『アルバヴェスペル』。

 情報通でベテラン揃い。第三騎士団よりも、よっぽどしっかりと管理できる組織だ。
 王宮や騎士団の動きも把握しているし、例年の動向にも詳しいので、それを踏まえて、見学会の予定を入れているのだとか。

 さらには、この前のような窃盗や魔猫騒動などなど、突然の事態にも備えて、予備日を設けているようで。
 見学会が突然中止になっても文句が出ないのは、アルバヴェスペルの管理と手配のおかげだとされている。

 そのアルバヴェスペルの配分によると、今日はなんと、計六回の日。
 明日は、展示室の点検と整備のために見学会が休みになるらしく、その分の予定が今日と明後日に配分されたようだ。

 今日はまだ、普通の人たちばかりだから良かったものの、朝から喋りっぱなしというのも、けっこう大変。

 おまけに担当は、第三隊と第五隊。

 案内係はクラウドではなかったので、案内自体は平和に終わったけど、何せ、回数が多い。
 午前の三回が終わる頃には、私の今日の分の気力はすでに尽きていた。




 そんな昼休憩の時間。

「うん、今日もランチが美味しい」

 今日の日替わりスープは、スパイスの効いたピリ辛スープ。

 溶けてトロトロになった玉ねぎの甘さが、スパイスのピリ辛感を引き立てて、いい感じだった。
 ゴロゴロ入った肉は噛むとホロッと崩れる柔らかさ、芋は後から入れているのか溶けることなく存在を主張している。

 私の場合、朝は自炊、昼は日替わりスープ、夜は日替わりのおかずを利用することが多い。

 後援家門の邸宅が王都にあることはあるんだけれど、基本的に官舎で一人住まい。だから食事も一人。
 騎士団の食堂利用は独り身にとっては、とても便利だし、栄養もバッチリ。良いこと尽くしなのである。

 その上、料理長自慢の日替わりスープは、毎日食べても飽きることがなく、味は秀逸。
 たまに、炊いた米や豆と合わせて出たり、卵やハムを挟んで焼いた薄焼きのパンが出たりして、バリエーションも豊富だった。
 スープも大量に煮込むからこそ出る味だそうで、一日に一回は食べたい絶品。

「うん、美味しいって幸せだわ」

 私は今日も、口いっぱいに幸せを噛みしめる。そんな、私のささやかな幸せを邪魔するヤツがいた。

「えーっと、幸せを満喫しているところに悪いんだが」

 悪いと思うなら邪魔しないでよ。

 頭の上から聞こえる声に、顔を上げる。
 自分の頭に手を当て、ちょっと困った顔のクラウドがそこにいた。

「団長から伝言だ」

 こうして、クラウドから言い渡されて、私はまたもや、団長の執務室に呼び出されたのだった。




 そして今。

 団長を目の前にして、面倒な事に巻き込まれそうになっている。ヴァンフェルム団長は、いつもののんびりとした口調で、とんでもないことを言いだした。

「王女殿下からの要請があってね」

「お断りします」

「まだ、要請の内容は説明してないんだけど」

「聞きたくありません。どうせ面倒な内容です。お断りします」

「まぁまぁまぁまぁまぁ」

 ヴァンフェルム団長も騎士家系の名門、フェルム一族だ。

 同じくフェルム一族のクラウドの話によると、フェルム一族は元々、三侯爵家の一つ、フェルム家だけだったという。

 クラウドの祖父、現フェルム侯爵が自分の三人の子どもをそれぞれ伯爵家として独立させ、今のヴァンフェルム、ヴェルフェルム、ヴォードフェルムになったそうだ。
 そうやって三伯爵を競い合わせ、一番、優秀な人物をフェルムの後継にと目論んだらしい。

「第三騎士団としては、王女殿下の要請を断れるだけの権力はないんだなぁ」

「ならば、実力行使あるのみですね」

 のんびりした返しを、何の躊躇もなくはたき落とす。ヴァンフェルム団長は『実力行使』という言葉に一瞬、唇の端をひくつかせた。

 のんびりした話しぶりを続けるヴァンフェルム団長も、後継をめぐって競い合っている一人。話しぶりからは、とても、競い合っている人には見えなかった。

 とはいえ、魔猫騒動のときに応援を一隊追加したのは他でもない。このヴァンフェルム団長だ。

 先を見通す目を持つのか、はたまた勘がいいだけなのか。どちらにしても、侮れない人物だと私は思っている。
 なので、団長の前で気を抜くことはしない。

「魔力と攻撃力なら自信がありますので」

 私がしれっと言い切ると、今度は目に見えてビクッと反応する団長。

 うん、この反応。
 私の力は把握してるんだろうな。

「実力行使もいいけれど、ルベラス君。また、反省文が増えるだけじゃないかなぁ」

「それはどうでしょう」

 今度は別の方面から攻めてくる。

「今回は、お菓子を食べてお茶を飲むだけの簡単な要請なんだよねぇ。しかも、カエルレウス嬢といっしょに」

「昨日の魔猫騒動も、簡単な仕事だって言ってましたよね」

 うん、忘れもしない。同行するだけって確かに言われたんだから。

 私は疑わしい目を団長に向ける。今日もどんな裏があるのか分かったものじゃない。

 昨日の魔猫の正体だとか、捕縛方法だとか、知られてはマズいあれこれは、ソニアの協力も得て、当たり障りのない程度に誤魔化してある。
 もっとも、王女殿下相手なら、上の人がどうにかするはずなんだけど。

 昨日のこともあって、王女殿下にはあまり会いたくないんだよね。

 団長は気乗りしない私を乗せようと、どんどん話しかけてくる。

「心配することはないって。今回は本当にお茶を飲んでお菓子を食べるだけの、簡単な仕事だから。
 しかも王女殿下の庭園は今、早咲きの珍しいバラが見頃で綺麗なんだ」

 やけに饒舌だ。怪しい。
 私が黙っていると、さらに話を続ける。

「それに、カエルレウス嬢がいれば心強いし、こっちとしても安心だしなぁ。
 ルベラス君だって、面倒なことがあったらカエルレウス嬢に任せられるだろう?」

「なんか、行かせたがってませんか?」

 まぁ、王族相手に嫌って言いたくないんだろうけど。

「あー、行くってもう返事しちゃってあるから」

「はぁあ?!」

 嫌って言いたくないどころか、すでに勝手に承諾してたわ、この団長。

「心配ないって。三聖の展示室の案内は代わりにダイモス君が入ることになってるから」

「その心配はしてないけど。って、手配が早い」

 私が唖然としている間にも、

 コンコン

 と、扉を叩く音。

「それにほら、迎えも来たし」

「無駄に手際いい。って、迎えええ?!」

「ヴァンフェルム団長。ルベラス嬢を迎えに来ました」

 やられた。

 今までベラベラ喋ってたのは、迎えが到着するまでの時間稼ぎか。

 団長室に入室してきたのは、長身でバランスの良い体格をした、黒褐色の髪の男性。赤い瞳の目元が誰かに似ている。いや、顔つき全体もどこかで見たような。

 近衛の制服を綺麗に着こなしているその男性は団長に対して丁寧にお辞儀をすると、私に会釈をしてきた。

「て、近衛?!」

「確実に連行、ゴホ、お迎えするようにとのことなので、自分が」

 胸に手を当てて、一礼をする。
 姿勢がいい。顔もいい。笑顔もいい。

 じゃないわ!

「今、間違いなく、連行って言った!」

 危うく、顔の良さに騙されるところだった。

 ん? 顔と言えば、

「クラウドに似てる?」

 そう。髪の色こそ違うけど、後はクラウドをちょっと大人にして、爽やかさを付け足したような感じ。

「兄のカイエン・ヴェルフェルムです」

「じゃあ、カイエン。ルベラス君をよろしくな」

「お任せください」

 カイエン卿はにこりと笑うと、私の右腕の二の腕辺りをガシリと拘束した。

 え?

「ちょっと。これじゃ、エスコートじゃなくて連行だって!」

「はい、行きましょうね。王女殿下がお待ちですからね」

 そこでようやく私は気づいた。カイエン卿、口元は笑ってるのに、眼がまったく笑ってないことに。

 前言撤回。

 この人に爽やかさなんてない。怖い怖い怖い。

 それから。文句の一つも言うことができず、カイエン卿に連行された私であった。
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