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1 王女殿下の魔猫編

2-10 フェルムは集まる

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 魔猫捕獲が終わり、聴取も無事に終わって、後は書記官が報告書にまとめるだけ。

 俺たちは団長に口頭での報告に来ていた。俺、ケニス隊長、クストス隊長、そしてなぜかクラウド。

 第五隊は副隊長が欠員状態だとは聞いていたけど、だからと言って新人のクラウドを連れてくるとは。

「くじ引きで負けたんだ」

 並んで歩く俺の視線を受けて、クラウドが気まずそうにつぶやく。 

「「くじ引き?」」

 ケニス隊長と声が揃う。

「うちの隊のヤツ、みんな、副隊長職を嫌がってな」

「で、くじ引き」

 マジかよ。役職付きを嫌がるヤツがいるのかよ。

「だから、第五隊は副隊長がいつまで経っても決まらないのか」

 ケニス隊長も俺と同意見のようだった。まぁ、第五隊だしな。

 そうこうしているうちに、俺たちは長い廊下を通って、団長の執務室までやってきた。

 扉をノックして入室する。

「ヴァンフェルム団長」

「あぁ、君たち、お疲れさま。見事、魔猫を屈伏させたと聞いたよ」

「エルシアが、ですがね」

 けっきょく、ユリンナさんの言うとおり、エルシアがいないとダメな案件だったな。

「やっぱり適任だったねぇ。聴取も終わったんだろう? 口頭報告かなぁ?」

「ヴァンフェルム団長、話をそらさないでください。あの生意気女は何なんですか」

 団長との会話に別の人間が割り込んできて、初めて、先客がいたことに気づく。

 て、兄貴?!

「兄貴、呼び方。エルシアから怒られただろ」

 マズい。団長の前でつい突っ込んでしまった。
 兄貴は兄貴で団長を気にすることもなく、応じてくる。いやここ、第三騎士団なんだけどな。

「生意気だから生意気女と呼んで、何が悪い。まったく。
 か弱い女性のくせに、しかも魔術師なのに先頭に立つだなんて。どれだけ心配させるんだ、あの生意気女は」

「兄貴、真っ赤になって言うことかよ」

 しかも話が長い。

 しかし、エルシアは、あのちょっと生意気な感じが良いところだ。兄貴はエルシアのかわいさを分かっていない。

 それにエルシアは、か弱くはない。心配は俺もした。心配し過ぎて心臓が止まるかと思ったほど。

「フェリクス、ノアの兄貴ってあんな性格だったか?」

「兄貴はツンデレだからな」

 顔を真っ赤にしてエルシアの話をする兄貴。
 昔っから、兄貴は気になる女性の前では不機嫌そうに振る舞うし、わざわざ嫌われるような態度を取る。
 だから、恋愛がうまくいったことなど、まるでない。

 真っ赤になった兄貴など見たくはないが、この様子だと間違いなく、兄貴はエルシアのことを気に入っている。

 正直、ライバルが増えるのは嬉しくない。それが兄貴ならなおさら。

 あぁ、頭が痛い。

「フェリクスこそ、勤務中なのに生意気女に色目を使っていただろう。
 いくら好意を持ってるとしても、公私の区別もつけろ。フェルムの恥だ」

「兄貴! ここで言うな!」

 俺にツンデレ呼ばわりされた腹いせか、兄貴のヤツ、カニス隊長やクストス隊長の前で余計な発言をする。

「はぁ?! フェリクス、お前。エルシアのこと、好きなのか?」

「そういうクラウドだって、エルシアにはずいぶんと甘いよなぁ?」

 そうだった、クラウドのヤツも密かにエルシアを狙っていたな。

「クラウドも公私の区別をつけられないのか? お前もフェルムの恥か!」

 クラウドの発言を聞いて、兄貴がさらに真っ赤になる。
 口頭報告に来たはずの執務室は、兄貴のせいで、混沌と化した。

「フェルム一族は相変わらず、黒髪好きなんだな」

「黒髪だとはいえ、相手がエルシアじゃなぁ。相手にするのは大変だぞ」

 そんな俺たちを、隊長二人が生暖かい目で見ていたのは言うまでもない。




「はいはい。ルベラス君はルベラス君。それと騎士団内で恋愛禁止。これで良いかい?」

 収拾のつかない俺たちを、団長が無理やりまとめてきた。なのに兄貴のヤツはあくまでも食い下がる。

「良い訳ないでしょう。なぜ、あれほどの魔術師が第三騎士団配属なんですか? カエルレウス嬢の話では、あの代最強だということではないですか」

 まぁ、兄貴の言うことも分からなくはない。

 ここにいる全員、エルシアが第三騎士団配属で、案内係しかやってないことを不思議に思っている。

 しかも、あの黄色い旗付きの棒。

 いつも案内の時にピコピコ振り回しているから、てっきり、備品なのかと思っていたが。

 それが、れっきとした『杖』だとは。

 ふざけているのか、それともこの奥深さが魔術師の世界というものなのか。

 俺が頭の中でぐるぐると考え込んでいる間にも、団長と兄貴の会話は続いていた。

「そういう話は君の上司に聞いてよ」

「聞いたら、ヴァンフェルム団長に聞けと」

「すでに聞いてたのか」

「あの実力なら第一騎士団で十分、活躍できます。ルベラス嬢を第一騎士団に異動させてください。この俺が全力でサポートします」

 て、引き抜きか。
 兄貴の目的は、エルシアの引き抜き交渉だったのか。

「そんなこと言われてもなぁ」

 団長、呑気なこと言ってる場合じゃないでしょう!

「兄貴、勝手なこと言うな。エルシアは第三騎士団が合ってるんだよ」

「ヴォードフェルム隊長、エルシアはまだ配属半月の新人ですよ」

 俺とクラウドが口々に異論を唱えるが、兄貴は聞く耳を持たない。

「それに騎士団内恋愛禁止は聞いたことがありません。貴重な出会いがなくなるではないですか。まぁ、公私の区別は必要ですが」

「…………。君、そっちにまで食いつくのかい。まぁ、いいや」

 兄貴のしつこさに、うちの団長がついに諦めた。

 団長、まさか、エルシアの引き抜きを許可なんてしないですよね?!




 続く団長の話は意外なものだった。

「ルベラス君の配属については、ルベラス君の後援からの要望なんだ」

 エルシアは平民、それも魔塔孤児院の出身。

 フェルムは武門の家系で実力主義、強いが偉い、強いがすべて、みたいな家門なので、出身云々は気にしないが。

 他はそういうわけでもない。

 貴族には貴族の繋がりがあるし、血統主義の家系もあるからだ。それを否定するつもりはなかった。

 平民出身で魔術師となり、魔導爵を得るとなれば、そんな世界に足を踏み入れることになり、ある程度の後ろ盾となる家門がいた方が心強いのは確か。

 そのための『後援』は、短気でケンカっ早いエルシアにとっては、絶対に必要だろう。

「ルベラス君を第三騎士団に配属する。その代わりに王都騎士団への協力を約束してもらった」

 その後援が第三騎士団を指名したとなると、少し疑問が生じる。

「だから、なぜ、第三なんですか? こう言ってはなんですが、」

「第三騎士団は雑用ばかりだと言うんだろう?」

 その通り。

 後援する魔術師のためを思うなら、活躍できる第一や第二騎士団を推すべきではないのか。

 その疑問の答えは、団長の続く説明の中にあった。

「第一騎士団は見た目の良い格好いいヤツが多く、第二騎士団は身体つきが良い格好いいヤツが多い。
 見た目も身体つきもほどほどなのが、第三騎士団だそうだ」

「「は?」」

 俺とクラウドの表情が同時に固まる。
 なんだか、マズいものでも食べた気分だ。

「今、凄くバカにされた気分なんだが」

「奇遇だな、俺もだよ」

「見た目が良い方がほどほどなヤツに負けるなど、納得がいきません!」

「「悪かったな!」」

 俺とクラウド、そして隊長二人も、吼える兄貴に同時に吼え返したのだった。




 それから先は、団長の説明をたらたらと聞いて終わった。

「ルベラス君は将来的には地方に移住する予定なんだよ。後援家門が北の方にあるからねぇ」

 お茶を飲みながら、のんびりと話す団長。

 地方に移住と聞いて、愕然とする兄貴。
 いや、兄貴には悪いが、見てておもしろい。

「王都で気に入ったヤツでもできて、地方に行きたくない、なんてことになったら大変だと思ったんじゃないかな」

 気に入ったヤツが出来ても、いっしょに地方に移住するなら問題はないんじゃないか?

 まぁ、家門の長子はそういう訳にもいかないだろうが、俺は次男だしな。

「そういう訳だから。後援家門から睨まれないよう、君たちも気をつけてよ。地方に協力してもらえないのは困るからね」

 けっきょく、報告書を見るからと、口頭報告はなしとなり、エルシアの話で終わってしまう。

「「北の地方家門か」」

 同時にため息をつく兄貴とクラウド。

 クラウドは三男だが、あそこは一番、本家に近い。果たして親族が移住を許すだろうか。

 そうなると、俺が一番、有利だな。

 と、ここまで思って、自分に呆れる。

 エルシアは俺のこと、何とも思っていないんだよな。

 はぁ。

 まずはそこからか。

 三者三様のため息に、団長のため息が重なった。

「はぁ、ルベラス君の後援。保護者なんて言い方をしなければ良かったかねぇ」

 ボソッと出た言葉に、俺はなぜだか引っかかりを感じた。

 後援は後援だよな。保護者以外に何か意味があるのか?

 団長は、個人情報だからとそれ以上教えてくれることはなく、俺はそこはかとない不安を抱えたまま、執務室を後にしたのだった。
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