上 下
20 / 247
1 王女殿下の魔猫編

2-6

しおりを挟む
 三聖の展示室の前にある広場は、本来なら、見学者たちの集合場所だ。

 飲食禁止などの注意と罰則が書いてあるナイスな看板がある他は、とくに目立ったところのない普通の広場に見える。

 ここはパンパンと手を叩くと響くし、声を上げてもやたらと響く。
 これは、周りが建物に囲まれていて、音がこもる仕組みになっているせいなんだと思う。

 そして、こもるのは、音だけではなかった。




「混沌としてるわね」

 標的の魔猫だけでなく、ただの猫まで集まって、広場にこもっていたのだ。

 にゃー

 にゃにゃー

 あちこちから聞こえる猫の大合唱。

 かわいい。かわいすぎる。なんて、感動している場合ではないのに、ついつい、目が猫を追ってしまった。

 黒い毛並みに金色の瞳。

 なんか、私と同じ組み合わせで嫌なんだけど。そんな猫が一匹。
 他はすべて黒から茶色の毛並みに黒から金茶の瞳。

 にゃー

 騎士たちは、あちこち走り回る猫を追いかけ追い回し追い立てて、捕まえようと必死だ。

 にゃにゃー

 騎士が追いかけると、猫が鳴く。

「どう見ても、大の大人が、猫と戯れているようにしか見えませんわ」

 ソニアが辛口な感想を述べる。身も蓋もない。

 猫たちは、にゃーと鳴きながら、あちこちに散らばり、止まったと思ったら逃げ、逃げていたと思ったら寝そべり、自由気ままに歩き回る。

 騎士たちの必死さが逆におかしさを呼ぶ。私には、猫と戯れているというより、猫に遊ばれている感じに見えた。

 そのうち慣れてきたのか、とうとう、黒毛金眼の猫に騎士の手がかがり始める。

 すると、

「向こうに捕まえさせるな」

「捕まるくらいなら逃がせ」

 第一と第三の騎士たちがそれぞれを邪魔し始めたのだ。

 えー、この猫、捕まえないと終わらないのに。

「仲が悪過ぎますわね。互いに足を引っ張り合って、どうなさるつもりかしら」

 まったくその通りだわ、ソニア。

 思わず、じとっと騎士たちを睨んでしまった。きっと、目先のことしか見えてないんだろうけど。

「それで、エルシアはこれからどうなさるつもり?」

「おもしろそうだから、しばらく高みの見物?」

 呆れ顔で腕を組み、猫と騎士を眺めるソニアに対して、私は黄色い旗がついた棒を取り出して、旗の部分を手にパンパンと叩きつけた。この音も実によく響く。

 パンパンという音に、猫たちがピクッと反応して、さっと逃げ出す。

 慌てて追いかける騎士。

 猫たちが入り混じって、どれが標的かあっという間に分からなくなった。

 それでも少しすると、また、騎士たちは黒毛金眼の猫を見つけて追いかけ回す。

 そして、また、私はパンパンと音を鳴らした。

 隊長が睨もうが、副隊長が嫌な顔をしようが、私の知った事じゃない。

「捕まえる準備も抜かりはないけどね」

 猫と騎士のじゃれ合いはまだまだ続く。

 ちょっと離れたところから、猫に翻弄される騎士を見ているのも、とてもおもしろい。

「それで最後に、美味しいところを攫っていくつもりですのね」

 私の言葉の意味を正確に理解して、ソニアがひっそりと笑みを浮かべた。




「エルシア。お前も手伝ってくれ」

「カエルレウス嬢、魔法で足止めをしろ」

 なかなか標的の魔猫を捕まえられず、業を煮やした隊長たちが、魔術師の私たちに指示を出してきた。

「今、準備中だから」

「準備? 捕獲準備なんてしてたのか?」

 してたわ!

 憮然として言い返してくるケニス隊長に、私は心の中で食ってかかった。

 魔力の流れが見えない人には分からないだろうけど。私だって、疲れずに楽に捕獲するための準備は、しっかり進めている。

 私の隣では、ソニアがヴォードフェルム隊長に食ってかかっていた。

「協力して捕獲するという考えはございませんの?」

「なぜ、第一騎士団が第三騎士団なんぞに、合わせてやらねばならんのだ」

 合わせて。

 少なくとも、この中で唯一、魔猫を捕獲できる私には合わせて。

 憮然としてソニアに言い返すヴォードフェルム隊長に対しても、私は心の中で食ってかかった。

 と、そこへ。

「危ない!」

 私たちの方へ飛んできた石を、どこからか現れたフェリクス副隊長が剣ではじく。

 どうやら、騎士の一部が魔猫に石を投げたようだ。

 いいのか、それ。

 その石を魔猫が尻尾ではたき返して、あちこちに飛び散らしたってところかな。

 魔猫が怒って、しゃー、と鳴いている。
 尻尾も振り回して、バンバンと地面に叩きつけていた。

「気をつけろ! カエルレウス嬢はレディだぞ。あと、隣の生意気女も一応な」

 あまりにも周りに害が及ぶためか、ヴォードフェルム隊長が自分の隊の騎士に注意を促す。

 言い方。もっとあるでしょうに。 

「あいつ、いちいちムカつくんだけど」

「気にするな、エルシア。無視しろ」

 フェリクス副隊長が声をかけてくれたけど、私のムカつきは当分、収まりそうもなかった。




 それから、騎士たちは猫との追いかけっこを続けていたが、苦戦する一方。

「あちこちチョロチョロとすばしっこい」

「猫相手にざまあないな」

「そっちだって。お互い様だろう」

「王女殿下の猫だ。慎重に捕獲しろ」

 張り合う声にも疲れが滲んできた。
 そしてそれは、騎士だけでなく、猫たちも同じだった。

 うん、そろそろかな。

 機を見て、私は騎士たちに声をかけた。

「それ、ただの猫じゃないわよ」

「冗談を言うな、生意気女」

 私の声に真っ先に反応したのは、ケニス隊長やフェリクス副隊長ではなく、ましてや第三騎士団の誰でもなく、ヴォードフェルム隊長その人だった。

 無視されるよりは、何かしら返事をしてくれる方がいいのだろうけど。
 頭ごなしに、冗談だと決めつけられるのは気分が悪い。しかも、ずっと生意気女呼ばわり。

 あれ? そういえば。

 ふと、ヴォードフェルム隊長に、自己紹介をしていないことに気がつく。いまさらだけど。

 いやだって、ケニス隊長もフェリクス副隊長も、紹介してくれなかったし。

「あのねぇ、私はエルシア・ルベラスだから! ちゃんとした騎士なら、きちんと名前で呼びなさいよ!」

 私は大声で自分の名前を叫ぶ。

 これでよし。

 しばし相手の様子を見てみようと、ヴォードフェルム隊長を探すと、いた。
 広場の中心あたり。騎士たちを指揮して、猫を一匹一匹、捕獲していた。地道だけど確実な方法を選んだらしい。

 ケニス隊長もそばにいるところを見ると、ここに至ってようやく、協力することを覚えたようだ。

 そうそう、それでヴォードフェルム隊長はどんな様子かな。

 て。顔が。

「……………………ル、ルベラス嬢」

 しかも、声も低い。

「嘘だろ、兄貴もかよ」

 弟のフェリクス副隊長ですら驚く始末。

「いや、そんなに真っ赤になって怒らなくても」

 そう。ぱっと見、まるでトマトのよう。

 ヴォードフェルム隊長は、顔や耳だけでなく、首筋まで真っ赤になっていた。
 目つきは鋭く、口はギュッと食いしばって、表情がもの凄く堅い。

 怖っ。怖すぎる。

「いや、あれは怒っているんじゃなくて。恥ずかしがってるというか、緊張しているというか。
 まぁ、エルシアは分からなくて良いか」

「えー、私、何もしてないよ? 名前で呼べって言っただけだよ?」

「あー、まぁ、大丈夫だ。エルシアは悪くない。気にするな」

 フェリクス副隊長に慰められ、私はちょっとだけ、気を取り直したのだった。

 あんな怖い顔されるくらいなら、生意気女呼びで我慢しておけば良かったかも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレンだったが・・・。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...