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1 王女殿下の魔猫編

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 握りしめた拳を振り下ろすことなく、私はヴォードフェルム隊長に向かって宣言した。

「うふ、うふふふふふふふ。地味魔法の凄さを、見せてあげようじゃないの!」

 ただの猫相手に使ったことはないけど、やってできないことはないはずだわ!

 私はそのまま、拳を天に向かって突き上げる。

「なぁ、範囲魔法って?」

 私がひとりで盛り上がる中、フェリクス副隊長が申しわけなさそうに、初歩的な質問を投げかけてきた。

 うーん、騎士にはあまり馴染みがない単語だったか。
 カニス隊長の方を窺うと、カニス隊長も同じ顔をしていた。こちらも範囲魔法が何なのか分かってないようだ。

 ヴォードフェルム隊長は知ってたみたいだけど、その辺、さすがは第一騎士団の隊長ってことなのか。

 ちょっとだけ、ヴォードフェルム隊長を見直す。

「範囲魔法、ご存知ないんですの? では、魔法が発動する場所の説明をした方がよろしいですわね」

 ソニアは手慣れたもので、さっさと説明を始めた。

「通常、魔法の発動は、ピンポイント=特定の一点、エリア=特定の範囲全体、接触した部分、自分自身のいずれかですの」

「つまり、範囲魔法はエリア全体に効果が出る魔法ってことか?」

「簡単に言うと、通常はそうですわ」

「《結界》や《防御壁》が範囲魔法だ。それくらいなら、誰だって分かるだろう。重要な魔法だが、どれも地味だな。第三騎士団の魔術師なだけはある」

 またもや、絡み始めるヴォードフェルム隊長。
 うん、深く考えるのは止めよう。これはきっと病気だ。
 魔法の種類についても知識があるっていうのは、ちょっと意外だったけど。

 私が文句を言う前に、今度はフェリクス副隊長が言い返す。よしよし。

「地味ってなぁ。戦闘でも、どっちの魔法も必要な魔法だろ」

「まぁ、使い物にならない、という発言は撤回してやる」

 フェリクス副隊長が文句を言ってくれて、範囲魔法地味発言はあっさり撤回された。

 撤回するときも相変わらず、上から目線で、なんだかちっとも嬉しくなかった。




 私を挟んだヴォードフェルム兄弟のやり取りを見て、ソニアが安心した表情を浮かべる。

 どこに安心感があるのかが、ちょっとよく分からない。

「お話が盛り上がってますわね」

 この会話を盛り上がってると言っていいのか、まったく分からない。

「理解があるんだか、ないんだか」

 ヴォードフェルム隊長に対する素直な感想がこれだ。

「『エルシアの範囲魔法』の意味合いが間違っていますけど、とくに問題ないでしょう」

「まぁ、知らなくてもいいことだし」

「ええ。聞いてもおそらく理解できませんわ。わたくしでさえ、見たものが信じられませんでしたから」

 というか、ソニアは普通の『範囲魔法』の説明しかしてないから。私の範囲魔法がどういうものかは分からなくて、当然だと思う。

 ともあれ、私はヴォードフェルム兄弟やカニス隊長が落ち着くのを待った。




「で? 《探索》や《感知》の範囲魔法も得意だということか?」

 話がいったん落ち着いて、まず、発言したのはヴォードフェルム隊長。
 私をチラチラ見ながら、ソニアに質問をする。

 いやそれ、私に対しての質問だよね?
 なんで本人の私じゃなくて、ソニアに聞くのよ?

 まぁ、一番最初みたいに無言でギロッと睨まれないだけ、マシな扱いなのかもしれない。

「そうですわ。それにエルシアならば、王宮と騎士団エリア全体をカバーできますから」

 ソニアもソニアで、胸を張って自慢げに答える。

 いやそれ、私が答える内容だよね? まぁ、合ってるけどね。
 しかもずいぶんと自慢げだけど、何の自慢? 友達自慢?

 私が二人を交互に見ていると、カニス隊長とフェリクス副隊長が同時に声を上げた。

「嘘だろ」「範囲、広過ぎないか?」

「ふん、けっこう広いな。まぁ、大したことはないが」

 一瞬遅れて、ヴォードフェルム隊長も反応する。

「素直に凄いって言えばいいのに」

「この規模で《探索》や《感知》を同時に使えるのは、エルシアだけですのよ?」

 ソニアのとどめの一言に、三人とも言葉に詰まり、とうとう黙り込んだ。ふふん。

 周囲の騎士もザワザワしていたのが、静まり返る。




 しばらくして、ヴォードフェルム隊長がソニアに話しかけた。

「カエルレウス嬢は範囲魔法を使わないのか?」

「使えないことはありませんが、適性がございません。それに、広範囲の《探索》や《感知》は無理ですの」

 ソニアが使えれば、わたしは必要ないって言いたかったんだろう。その思惑をソニアがあっさり否定する。

「わたくしは見かけが派手な魔法の方が得意ですから」

「そうだな。カエルレウス嬢は鮮烈な魔法が似合うだろうしな。
 ならば、今回の探索は、第三騎士団のそいつに任せるしかないということか」

 なんか、どうしても、ヴォードフェルム隊長の発言の一つ一つがムカつく。

 少し前に深く考えるのは止めようと思ったばかりなのに、ムカつくのはどうしても止まらない。

「おい。そこの生意気女。カエルレウス嬢を補佐する役目だ。ありがたく思え」

 ソニアを呼ぶみたいに、私のこともルベラス嬢って呼んでもらいたいわ。

 私がプイッと視線を逸らそうとしたタイミングで、ソニアがみんなに聞こえるように声を上げた。

「さぁ、エルシア。よろしくお願いしますわ!」

「まぁ、あまり気乗りしないけど」

 ただの猫相手に広範囲の《探索》や《感知》だなんてね。

 ふと、何か引っかかるような。

 ヴォードフェルム隊長はともかく、ソニアは私の学院時代の同期。いろいろ競い合った仲。
 そのソニアが自信を持って、私が加わる方が効率がいいと言っている。

「ちょっと確認なんだけど」

 魔法陣を展開させる前に、私は隊長たちとソニアに顔を向けた。

「王女殿下の猫殿って、ただの猫じゃなくて、特別な猫なんじゃないの?」

 思い浮かんだのは、ついこの前、三聖の展示室で捕まえたアレだった。
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