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1 王女殿下の魔猫編

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 部屋の奥は信じられない状況だった。

「どういうこと?」

 私は首を傾げる。

 すでに四人は捕らえられ、魔術処理を施された縄で縛り上げられていた。足首まで縛られているので、逃亡はできなさそう。

 問題は残る一人。

 と、猫。

 なんで猫? どこから猫?

 訝しく思っていると、警備の騎士が申しわけなさそうに、おずおずと話しかけてきた。

「剣の守護が優先だから、手を出しにくくて」

「それは分かるんですが、どうしてこうなったんですか?」

「実は…………」

 騎士の話はにわかには信じがたいものだった。




「つまり、あの男と猫が剣をめぐって争って、台座の上に登ってしまったと」

 簡潔にまとめるとそんなところ。
 迷惑男と猫の、剣をめぐる争いは未だに続いているようだ。
 真ん中の剣を挟んで、睨み合って膠着状態。

 剣にあまりにも近い場所で争っているため、騎士たちも下手に近づけないでいるという。

 うん。そんなことあり得る?

 でも、あり得ないことが目の前で起きていて、私は反対側に首を傾げた。

「猫は元々、台座に登ってたんだ」

「でもな、あの猫。どっから入ったのか、さっぱり見当がつかないんだよ」

 そして、私以上に、この部屋担当の騎士たちは困っている。

「入り口から普通に入ってきたなら、誰かに見つかるはずだしな」

「入り口以外は窓も何もない構造だしな」

 そうなのよねぇ。一番、あり得ないのはそこ。うーん。どうしたものか。

「そうですよね」

「そうなんだ。まるで、突然、現れたというか」

「進入経路は後で調査するとして」

 私はいったん話を変えることにした。

 実のところ、進入経路が分からないのも問題だけど、どこの、というか誰の猫かも問題になる。

「どなたかの飼い猫の可能性は?」

「それが最大の問題だな」

 騎士たちは私の言わんとしていることを、すぐに察したようだ。さすがベテラン。
 顔が良くて剣の腕が良いだけの新人クラウドとは、理解度がぜんぜん違う。クラウドなら、誰の猫でもお構いなしだっただろう。

 遠目で見たところ、猫は首輪らしきものはしていなかった。
 だから余計に、飼い猫かどうか、確認する必要があったのだ。

「王族で猫を飼っている方はいらっしゃらないな。となると、高位貴族が連れてきて逃げ出したか」

 ふむっと首を傾げて、騎士の一人が口を開くと、もう一人も続けた。

「見学会の高位貴族はおそらく、あのお嬢さまだけだ。
 後は他のところへの来訪だが。他に今日出入りしている高位貴族がいるかどうかは、調べてみないと分からんな」

「王族方でないなら、とりあえず、捕獲の方向でいいでしょうか」

「「だな」」

 私の意見に警備の騎士たちが同意する。

 こうやって、誰かの同意を得ておくことは大事なことだと、騎士団に入ってから知った。

 今までは、自分のことは最終的に自分で責任を取れば良かったので、気にもしてなかったけど。

 ここでは、私の選択が誰かの責任になってしまうことも多い。私が勝手にやったことでさえ、有無を言わさず他の人の責任になることだってある。

 面倒でも、説明と同意は必要なことだった。

 それに、話を交わせばお互い益になることも多い。親近感も生じる。

 それにしても、どうしようかな。

 顎に右手を当て、むーっと考え込んでいた私に、騎士が神妙な声で話しかけてくる。

「何か良い知恵はないか、魔術師殿。出来れば穏便な方法で」

「こういうときだけ、魔術師扱いしないでください」

 それと、穏便でない人のような扱いもやめてほしいかも。

 ムスッとして、私は左手に持っていた黄色い旗付きの棒を、両手に持ちかえギュッと握りしめる。

 私の表情を見て、二人の騎士は顔を見合わせると、にかっと笑った。

「悪い悪い。エルシアなら魔法でなんとか出来そうだからと思ってな」

「それに、エルシアが珍しく緊張している感じだったから、ほぐせればいいと思ったんだよ」

「余計な力が入っていると、良い結果に繋がらないこともあるから」

 やっぱりベテランは一味違う。

 経験豊富で理解力もあって、後輩にもさり気なく気を遣う。これぞ、先輩の鑑。

 私が感動して言葉につまっていると、後ろから声がかけられた。




「先輩方、ここではさすがに魔術師でも魔法は使えないですよ」

「ですわね~」

「クラウドに参加者のお嬢さんか」

 先輩騎士と後輩魔術師の感動の場面をぶち壊したのは、言わずとしれた同期のクラウドだ。

 マリーアンもいっしょだった。侍女さんたちも。

 って、あれ?

「捕縛したヤツらなら、応援の騎士が連れて行ったぞ」

「隣の部屋の騎士さんたちに、騒ぎが伝わっていたみたいですわぁ~」

 防音魔法は使われてないだろうから、あの騒動なら、隣に筒抜けだろうね。

 すぐに応援が来なかったのは、原則、持ち場は離れられないから。

 騒ぎが起きた方に警備が集中して、手薄になったところを狙う、というのは窃盗の常套手段だそうだし。
 そんなわけで、待機していた別の騎士たちが応援に来て、連れて行ったようだった。

 そばにやってきたクラウドの余裕そうな表情を見ると、嫌みの一つでも言いたくなる。

「クラウド、誰が魔法を使えないって?」

「三聖の展示室では、王宮や騎士団所属の魔術師でさえも魔法が使えない。子どもでも知ってる話だ、エルシア」

 と、肩をすくめるクラウド。

 ムカッ

 つまり、私は役立たずとでも言いたいのか、言いたいんだね。

「自分たちの居場所を騒がしくされたくなくて、三聖五強が魔法を封じているって、聞きましたわ~」

 今度はマリーアンも加勢し始めた。

 ムカムカッ

 なんかしゃくに障る。

「それ、作り話だから」

「「え?」」

 実際は、ある程度の魔力がないと、魔法を発動できないってだけ。封じられてはいない。

 私はムカムカしたまま、ベテラン騎士の方に身体を向ける。

「じゃ、手っ取り早くいきますね」

 両手で持っていた旗を右手に持ち替え、ボソッと付け加えた。

「穏便ではないですけど」

「「!」」

 ビクッとする警備の騎士。
 訳が分からない顔のクラウド。

「待てよ、何するんだ?」

「クラウド、逃げろ」

「お嬢さんたちも、ここから離れるぞ」

 私の意図を察して、警備の騎士は私を残して後退し始める。

 私は待つこともなく、黄色い旗を振りかざした。スーッと音もなく、宙に魔法陣が展開する。

「魔法陣?! ここで?!」

「クラウド、喋るな。出来れば見るな」

「見るなって言ったって、あれ!」

「見なかったことにしろ!」

 後ろの声を意識の外に追い出し、私は集中した。
 そして、私の相棒にそっと語りかける。

「《私の杖よ》」

 私の胸の辺りが金色に輝き、同時に魔法陣も輝いていた。

「《私に力の栄光を》」

 さらに言葉を紡ぐと、今度は黄色い旗が金色に輝き始める。

 そして。

 私は旗をバサッと振り下ろした。




 キュイン、と音がして、部屋全域が白く光る。




 ゴウッ




 風が嵐のように吹き荒れ、辺りが塵に覆われる中、私は迷わず祭壇に向けて歩いていった。




「嘘だろ!」

「…………なんてことかしら」

「エルシア!」

 塵芥がもうもうと舞い、視界がはっきりしない。

「落ち着け、クラウド。エルシアなら大丈夫だ」

「これ見て、そう思います?!」

 クラウドが騒ぐ声がいつまでも聞こえていた。




 十数分後。

「ケホ。猫と男を捕まえました」

 辺りはすっかり塵芥だらけになり、悪かった視界も徐々に回復して。

 私は片方の手で迷惑男の襟首を掴み、もう片方の手で黄色い旗を持ち、猫の首を小脇で絞めて。

 髪は強風に煽られてボサボサ、頬は塵で薄汚れ。そんな格好で、みんなのところへ戻ってきた。

 一歩、また一歩、男を引きずりながら。

「とりあえず、ご苦労様」

「エルシア、無事か?!」

 労をねぎらう騎士の声に続き、クラウドが駆け寄ってくる。

 あぁ、疲れたし。猫も男も重い。

「て! ぶっ壊れてる!」

「大丈夫よ、クラウド。ちゃんと直すから」

 クラウドは意外と気が小さかった。

 三聖の祭壇をちょっとばかり、両断したくらいで、大騒ぎするなんて。

 他の騎士たちはあれを見ても顔色一つ変えないというのにさ。

「直すって。三聖をどうやって直すんだよ。三聖は直せないだろ」

「あぁ、あれ。偽物だから直るわよ」

「はぁぁぁぁ?!」

 あー、クラウドの声がうるさい。
 頭に響く。

 私は猫と男を騎士に渡した。
 うるさいクラウドとは正反対に、うなだれて、声一つあげない猫と男。

「それより、お風呂とご飯の準備して。後でちゃんと直すから」

 こうして私は展示室を後にした。

「直すの、今じゃないのかよ?!」

 クラウドの声だけが三聖の展示室に響いていた。
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