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1 王女殿下の魔猫編

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 私はパンパンと手を打った。手を打つ音は意外と大きく響く。
 音に釣られて、見学者十人全員が私の方に視線を向けた。

「今回の見学者が全員揃いましたので、これから、『三聖の展示室』の案内と説明を始めます」

 私は見学会の開始を宣言した。

 次に担当の紹介と注意事項の説明。これはクラウドが行う。

 最初に騎士が軽く少ーしだけ威圧しておくと、たいていの人間はおとなしく従ってくれるから。スムーズな進行のためにも、これは必要な威圧だった。

「誘導を担当するのは私、第三騎士団のクラウド・ヴェルフェルム。説明は同騎士団付き魔術師のエルシア・ルベラスが行います」

 展示室に入る大きな扉の前で、クラウドが静かに話を始めた。

 先ほどの手を打つ音もそうだけど、ここは屋外なのによく音が響く。クラウドの声も静かに話しているのに、辺りに響き渡った。

「『三聖の展示室』に入りましたら、誘導に従って行動してください。展示品への接触は禁止されています。万が一、禁を破った場合は厳罰がくだされますので」

 自己紹介が終わり、注意事項へと話が移る。

 クラウドは佩いている剣の柄に手をかけ、少しだけ威圧すると、ザワザワしていたのが秒で静まり返った。

「なお、勝手な行動をされた場合、警備の騎士に連行されますので、くれぐれもご注意を」

 見学者それぞれがごくりと息を飲む。
 このくらい脅しておけば、相当なバカでない限りは大丈夫だろう。

 その相当クラスのバカは昨日、私が退治したばかりだ。おかげで反省文という名の始末書を書かされる羽目になったけど。
 連日、そんなバカに当たるはずもない。

 クラウドに引き続いて、私は案内を始めた。

 今、私たちが集合している場所は『三聖の展示室』の外側の建物前の広場。

 座るところもなく立ったまま、小憎たらしいヤツら五人、令嬢グループ三人、他に二人が集まっている。

 他二人もやはり知人同士らしい。
 ごく一般的な平民が、ちょっとお出かけするときに着るような服装。先ほどまで、あちこちキョロキョロ見回しながら会話をしていたっけ。

「では、みなさん。こちらに集まってください」

 私はようやく、手にしていた黄色の旗を掲げた。




 やってきたのは、建物の大きくて重厚そうな扉の真ん前。

 このちょっとの移動の間にも、またもや、勝手なおしゃべりは始まっていた。

「ここにあるのって、国宝なんだよな」

「らしいけどな。そっくりな偽物を展示してるんじゃないか」

「偽物と見せかけて本物を展示してるかもしれないぜ」

 はぁぁ。

 私は見学者の勝手なおしゃべりを背中で聞きながら、三聖の展示室の大きな扉の前に立った。

 手にした黄色い旗の棒がぎしっと軋む。

「この人たち、バカよね? 偽物だって思ってるなら、わざわざ見学しなけりゃいいんだし。本物だって思ってるなら、わざわざ口に出したら不敬になることくらい分かってないと」

「おい、エルシア。あいつらに聞こえるぞ」

 クラウドがポンと私の肩に手をおいた。
 頭の次は肩か。こいつもこいつだ。

 まぁ、この見学会。お喋り禁止ではないので。
 小憎たらしいヤツらが何を喋ったところで、公然と注意はできないのが、また悔しい。

 けっきょく、クラウドに注意されるのは私だけ。

「エルシア、笑顔笑顔」

「はぁ?」

 見学会のときに、笑顔なんて見せたことないけど。
 だいたい、私は普段から他人に笑顔を見せてはいない。

 何より他人の目を引いてしまう、黒髪に金眼という組み合わせ。

 金髪碧眼は比較的よくある組み合わせだった。金眼は金眼そのものが珍しい色で、私が知る限りでは、黒髪金眼の組み合わせは一人もいない。

 私はこの目立つ組み合わせが嫌いだった。だから、これ以外ではなるべく目立つことがないよう、地味にすることにしていた。

 笑顔は見せず、常に淡々とした表情になるようにしているのも、この一環だ。

 顔立ちは整った部類に入るそうだけど、にこりともせず、かといって冷たくなりすぎることもなく。
 無表情になりすぎないよう、冷たく見えないようにする。

 意外と難しい。

 不機嫌そうに、冷たそうにしている方が何倍も簡単だと思う。ただ、簡単で楽な分、別な意味で目立ってしまう。

 私はとにかく目立ちたくはないのだ。

 黒髪金眼で目立つよりも、悪印象で目立つのは避けたい事態。だから私は日々、表情維持を頑張っている。

 こんなにも毎日毎時毎分毎秒、頑張っているというのに、人は最初に目に入った印象が強く頭に残るようだった。

 なぜかというと、私を見た人は十中八九、金眼に目を見張り、そして黒髪に首を傾げているから。

 私の努力の結晶、表情は重視されてない。まったくと言っていいほど、表情は無視される形となっている。

 逆に、目を引く黒髪金眼以外は無難な人物だと写ってしまうのか、初対面なのにズケズケと遠慮ない物言いの人間が多い。

 一番多いのは、小憎たらしいヤツらのような反応だ。

「本当にあの黒髪が説明するんだな」

「他にできる仕事がないんだろ」

 黒髪の魔術師に対する偏見は、魔術師同士でもあるし、非魔術師であるならなおさらだから。

 いまさら、傷つくことでもないのに。

 なぜか、昔を思い出して胸が痛んだ。




「よし。本物か偽物か、確かめてみようぜ」

「どうやって確かめるんだよ」

「隙をみて、触ってみれば分かるだろ。安物かそうでないか」

 はぁぁぁ?!

 さすがにこの発言には、クラウドもピクリと反応している。

 うん。最初にクラウドが『接触禁止』と『勝手な行動禁止』について説明した。

 ちなみに、この二件は見学申請時点で同意済み。文章で明記されていて、そこに署名をしてもらっている。
 だから、聞いてないとか、言い逃れは一切できないのだ。ざまぁみろ、ってやつだわ。

 とはいえ、何か起こされてしまうと、こちらも困る。

 私がくるりと振り返ると、見学者は一斉に黙り込んだ。

 最初から大人しくしていればいいのに。

 しらけた目で見れば、考えていることが見学者たちに伝わってしまうので、なるべく表情を消す。

 全員いるのを確認して、私は再び扉に向かう。重そうに見えて、実はけっこう軽々と開いてくれるこの扉。
 見かけ倒しの大きな扉に右手をかけ、一気に押した。

 スーーーーーーー

 音もなく開く。

 後ろで、はっと息を飲む音が聞こえる。

 一見、重そうに見える扉を片手で開けるパフォーマンス。見学者はけっこうな率でビビる。

 チラッと後ろを見ると、みんな驚いたような顔をしていた。
 小憎たらしいヤツら五人は驚きを通り越して、ビビり顔。

 うん、これこれ。このビビり顔を見るとすっきりするわよね。

 私は心の中で舌を出しながら、見学者を展示室の『外側』の建物の中へと誘った。

「この先は展示室の『外側』の建物になります。手荷物を預けた後、『展示室』に移動しますので、後についてきてください」

 このとき、私はバカと大バカの違いをよく分かっていなかった。
 この後、大バカのせいで、あんな事態を引き起こすことになろうとは。

 あー、まったく、バカは嫌だ。大バカはもっと嫌だ。
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