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1 王女殿下の魔猫編

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 まずは、何気に存在感を消しながら私の隣にしれっと立っている、こいつからどうにかしよう。

 そう思いながら、顔を向けた先に声をかけた。

「なんで、気配なんて消してるのよ?」

 語気が強めになるのは仕方ないよね!

 声をかけられた相手、クラウド・ヴェルフェルムは、手を頭に当て、私にしか聞こえないように囁き返してくる。
 少しは申し訳なさそうな顔でもすればいいのに、おもしろそうな顔をしたままだ。

「そう言われてもな」

 クラウドはいっしょに案内係を勤める、第三騎士団の騎士。

 騎士家系であるフェルム一族出身で、私より、はるかに由緒正しい家系の人だった。

 親兄弟全員騎士。クラウド以外は近衛騎士団、第一騎士団に所属しているほどの実力者揃いだというので、クラウドも比較されてさぞかし大変だろう。

 当の本人は、そんな重圧を気にした風もなく、こんな風に至って楽観的で軽い性格をしていた。

 素なのか演技なのか。

 第三騎士団に配属されてからの関係なので、私は今ひとつ、クラウドの本質を掴めないでいた。




 ともあれ、役割分担としては、騎士が見学者を誘導し、魔術師が説明を行うことになっている。

 だから、

 誘導役が気配を消してるって、どういうことよ?!

 と、私の機嫌が急下降するのは分かり切ったことだろうに。
 機嫌の悪そうな私の声を聞いても、クラウドは悪びれることなく言い切った。

「今回は面倒くさそうな連中だなーって、思ってな」

 うん。その意見に対しては同意しかない。

 分かる。分かるよ。気持ちは分かる。
 だけどねぇぇぇ。

「はぁ?! 私ひとりに、アレの相手をさせるつもりなわけ?!」

 クラウドの発言を聞いて、語気がさらに強くなるのも仕方ないよね!

「おもしろいことになりそうだよな」

「はぁあ?!」

「落ち着け、落ち着けよ、冗談だ」

 私のキレかけ寸前の気配を察してか、クラウドが慌てて弁解を始めた。

「ここで何か起きたら、俺まで巻き込まれるんだから。おもしろ半分で傍観するわけないだろ?」

 私は改めてクラウドを見る。

 赤茶色の髪に真っ赤な瞳、長身、筋肉がほどほどついた無駄のない体格。つまりまぁ、格好いい。おまけに顔も良い。

 別に私はなんとも思ってないけど。

 騎士としての実力は若手ナンバーワンとも言われていて、顔の良さもあって女子に人気。そこそこ人気。

 普通の新人がまず配属されるのも第三騎士団で、使えそうだと認められれば、他の騎士団に引き抜かれていくという仕組みになっていた。

 クラウドの実力なら、そのうち第一騎士団あたりから声がかかるだろう、とも囁かれている。
 もっとも、クラウドの性格が、第一騎士団に合うのかどうかは分からないけど。

 私は弁解を続けるクラウドの姿を見て、心の中でクスリと笑う。

 軽い性格だけど、無責任ではないから。
 私の広い心で、許してやるか。

 私はそう思っていた。

「まぁ、ねぇ」

 曖昧に相づちを打った直後に、とんでない言葉を聞くまでは。

「安心しろ。全力で乗っかりに行くから」

 ピクッ

 乗っかるぅぅぅ?!

「それを聞いて安心できるわけがないでしょ。私が騒動起こす前提で話をするのは止めて。しかも便乗しようとしないで」

 前言撤回。軽くて無責任なヤツだ、こいつ。

「だってお前さ。配属されてまだ半月なのに、もう二回も反省文を書かされてるだろ。
 というかあれ、反省文じゃなくて始末書だよな」

「うっ。そこをつつかれると痛い。しかも二回目は昨日やっちゃったばかりだし。おかげで残業だったし」

 それで昨日は、定時で帰れなかったんだわ。私は頭を抱えた。
 クラウドの指摘通り、あれは反省文、というより始末書。これがまた、書くのが大変で。

 よし、今日こそは定時で帰る。今日は大事な用もあるし。明日は休みだし。
 誰がなんと言おうと、何が起ころうと、定時で帰るんだから!

「今日は絶対に、定時で帰るから!」

 拳をぐっと握りしめて、定時帰りを宣言する。

 いつの間に近づいたのか、さっきより私との距離が近くなったクラウドはクラウドで、

「今日は絶対に、おもしろいことが起きる!」

 と、無責任に吼えていた。くぅぅぅ。




 私とクラウドが言い争いになっている間も、小憎たらしいヤツらの会話は続いていた。
 家門の自慢から誰かの悪口、そして今は私の悪口のようだった。耳障りな会話が聞こえる。

「にしてもな。黒髪の魔術師が案内係だなんてな。バカにされてるようだよな」

 うん。バカにしているのはあなたたちの態度だから。
 これでも小さい頃から魔塔で修練を積んだ魔術師なんだし。

 という言葉がのどから出掛かる。うん、たぶん、出てない。

「黒髪だから、雑用くらいしか役に立たないんだよ」

 うん。いい度胸だわ。『三聖の展示室』の案内を雑用扱いするなんて。それともただのバカかしら。

 私は頬をひくひくさせながら、クラウドから小憎たらしいヤツらの方へと顔を向けた。

「だよな。ちょっと可愛い顔してるけど。あれじゃ男なんて出来ないだろうしな」

 中の一人と視線がバッチリ合う。

 そいつはけけっと嫌な笑いを浮かべた。バカにされてる、マジ、ムカつく。パートナーくらい、私にだっているわ!

 無意識に右手が動いた。

 第三騎士団で魔術師らしい仕事はしていなくても、私だって魔術師だし。魔力はそこそこ強い方だし。

 指先に魔力を集め、くるっとさせるだけで、簡単な魔法陣が展開できる。日頃の訓練の賜物だ。
 もちろん、こういった予備動作なしでも魔法陣展開くらい可能だけど。

 小憎たらしいヤツらから見えない位置で、私は右手の指を動かそうとした。

 次の瞬間。

 ガッ

 唐突に右腕を取られる。

「おい。落ち着け。人間相手に攻撃魔法は止めろ」

 クラウドだ。

 いつの間に、すぐ隣に来たんだろう。

「…………使うわけないでしょ」

「なら今の間はなんだ? それに、右手で魔法陣を出そうとしてただろ?」

 うん? なんで、クラウドのヤツ。私が予備動作だけで魔法陣を展開できること、知ってるのよ。

「クストス隊長から聞かされてたんだよ。エルシアが手の動きだけで魔法陣を出せるってことを」

 チッ。

「舌打ちすんな」

「ふん。攻撃魔法を使うほどの相手じゃないわ」

 私の右腕をガシッと握っているクラウドの手を、パシッと叩いた。

「攻撃魔法以外の魔法もダメだからな」

 そう言ってクラウドが私の腕を離す。

「あれ? 全力で乗っかりにいくんじゃなかったの?」

「それは物理攻撃の話だ」

「…………殴る蹴るは、やってもいいんだ」

「そんなの当たり前だろ」

 あまりの物言いに、一瞬、唖然としてしまう。その流れで魔法陣のことも魔法攻撃のことも、頭の中から消えてしまった。

「もう、いいや」

 私の殺る気を削ぐ、という意味では、クラウドの作戦(?)は大成功だった。




 自分たちが命拾いをしたことも知らないまま、小憎たらしいヤツらはまだまだ会話を続けている。

「でさぁ。三聖ってなんなんだ?」

 ゲホッ

 私とクラウド、揃ってむせた。

 冗談でしょ?
 この国の人間で、三聖を知らないってあり得る?
 バカにも限度ってものがあるわ!

「そんなの、僕が知るわけないだろ」

「誰か知ってるやつはいないのか?」

「分からないから、見学に来たんだよ」

「分かってたら、こんな地味なところ来ないよな」

「それは言えてる」

 ハハハハハ、と笑い声が辺りに響き渡った。

 そして私は、

「うん。こいつら消そう」

「いや待てって。落ち着け、エルシア」

 クラウドに押さえつけられ、私の行き場のない殺る気は膨らんでいったのだった。
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