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6 討伐大会編

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 タリオ卿が投げ込んだ物は、血にまみれたスヴェート皇女の腕だった。

 うん、まぁ、さっきタリオ卿が斬り落としたんだろうからね。
 斬られた腕がどこにも落ちてないなーなんて思っていたら、タリオ卿が持っていたとか。ヤバすぎるでしょ。

 思わず、遠い目をしてしまった私をよそに、ラウは防御体勢を取った。

 何かあるんだろうか?

 すると、

「ギャァァァァァァァァァ!」

「アルタル様ァァァ!」

 スヴェート皇女の悲鳴。遅れてカーシェイさんの絶叫。

 見ると、壁となってスヴェート皇女を守っていたはずの大芋虫が、壁の内側に向けて頭を突っ込み始めたのだ。

 内側にいるのはスヴェート皇女一人。

「エルヴェス!」

 射殺すような視線を向け、一言、言い残すと、カーシェイさんは大芋虫の壁に向かっていった。

 ザシュッ、ザシュッという肉を斬る音とバタンバタンという地面を叩くような音。血臭と生臭い別の臭い。そして土埃。

 とてもじゃないけど、私たちが手を出せるような状態ではない。

 それらを横目で見ながら、私たちに近づいてきたタリオ卿は、紛れもなく、エルヴェスさん本人だった。

「ほわほわちゃん、やーーーーっと、話せたわー!」

 緊張感のまるでない口振りに、ラウが防御体勢を解いた。

「エルヴェス、やり過ぎじゃないのか?」

「アー? アレ?」

 エルヴェスさんの指差す方は、半分ほどの大芋虫が斬られて肉片となっている。

 さっきは音と臭いと土埃が気になるだけだったけど、今は殺気と混沌の気が濃く入り混じった状態となっていた。

 私たちでも近づくのが危うい状態だ。
 周りで見ていることしかできない。

「チーム同士は攻撃しあってはいけないというルールが」

「攻撃しているのはアタシじゃないわー あの魔物のデカい芋虫よー スヴェート皇女がたくさん呼び出したヤツねー」

「まぁ、そうだが」

 ある意味、自業自得だろう。

 自分が呼び出した魔物が制御できず、攻撃されているのだから。

「しかも、他チームのほわほわちゃんを誘拐する話やら、他チームのナマイキ顔魔種を攻撃したりとか! 証拠はバッチリ! アタシはぜんぜん悪くない!」

「まぁ、そうだったな」

 それでもこの状況は、後味が悪い。

 私を名もなき感情の神に捧げようとしている相手。
 こっちの危険を冒してまで助けるのもどうかと思うし、かといってこのまま見捨てるのもなんだし。

 けれども、エルヴェスさんはスッキリした顔をしていた。

「それに、頼まれてたことをやっただけだからー」

「頼まれてただと? 俺は何も聞いてないぞ?」

 ラウが驚いたような顔をした。

 あれ?

「ラウの作戦じゃなかったの?」

「エルヴェスをフィアの影の護衛につけたのと、フィアの危険を感知して腐れ魔種を先に行かせたのはな」

 ラウが素直に応じる。
 どうやら、これは本当らしい。

「先に行かせたって、物は言い様だな。腕と首を掴まれて、宙に投げ飛ばしたんだよな、お前」

 うん、一つ謎が解けた。
 だから、イリニは空から落ちてきたのか。

 イリニの話を無視して、エルヴェスさんは誰に言うともなくつぶやいた。

「十年前、スヴェートを離れたあの時。アルタルからこっそり頼まれたのよねー」

「そんなに昔に」「いったい何を」

 私とラウから、同時に別々の言葉が漏れる。
 私たちが聞きたいことの意図を悟ったのか、エルヴェスさんは苦い笑みを浮かべて答えてくれた。

「自分が自分じゃなくなったら、母親に完全に乗っ取られる前に殺してほしいって」

「!」

 言葉がない。

 スヴェート皇女アルタルは、十年前、すでに分かっていたんだ。

 自分がスヴェート皇帝の新しい身体として産まれてきたことを。
 そして、いずれは自分が消され、残った自分の身体はスヴェート皇帝のものになることを。

 十年前なら、アルタルはまだ十歳にもなっていない。

 悲しいという程度の話じゃない。

 なんて、なんて酷い。

 俯く私の肩をラウとエルヴェスさんが優しくポンポンと叩いてくれた。

 しんみりとする場の雰囲気を壊すように、イリニが話に割って入る。
 立てるくらいには回復したようで、エルヴェスさんの目の前までやってきた。

「おい、話がさっぱり分からない。説明しろよ」

「アー? ほわほわちゃんに告って振られたくせに生意気ねー ソレだから、ナマイキ振られ魔種って言われるのよ」

 エルヴェスさん、本当に私に張り付いていたんだ。うん、記録に撮ってないよね。

「おい、それ、誰が言った?! それに、なんでスヴェート皇女が、お前に頼みごとをするんだよ!」

 憤慨するイリニに、珍しくエルヴェスさんがまともな答えを返す。

「アー、従姉妹だからー?」

「なっ、なんだって!」

 エルヴェスさんはさらっととんでもない情報を口にして、イリニが絶句した。
 そんなイリニの様子に興味がないのか、エルヴェスさんは顔をイリニから反らす。

 反らした先は、大芋虫とカーシェイさんが乱闘している場所。

 エルヴェスさんの視線の先を、私たち全員が見た。

 大芋虫はすべて斬り倒され、その中心にはカーシェイさんがいる。
 両膝を地面につき、どす黒く変色した布切れを抱えていた。

 何も動かない。

 カーシェイは空を見上げて放心しているようだった。

「竜種の殺し方」

 ラウが静かに話し出す。

「竜種として覚醒したら最初に教わるんだ。俺も金竜に教わった。後からカーシェイにも教わったな」

 ラウの声は静かに染み込んできた。

「竜種を殺すのは簡単だ。そいつの伴侶を殺すだけ」

 ラウが何の感情も読み取れない顔で話を続ける。

「伴侶が死ねば、竜種の心は死ぬ。心が死ねば、そのうち身体も死んでしまう」

「でも、ラウ。カーシェイさんはまだ生きてるよね?」

 カーシェイさんは死んでない。動かなくなっただけだ。そうだよね、ラウ。

 あのカーシェイさんが死ぬだなんて。

「まだ身体は生きてる。というだけだ、フィア」

 ラウは私を抱きしめると、私の肩に顔を埋め、動かなくなった。

 そしてエルヴェスさんも、ただ悲しそうに頷くだけだった。
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