精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

文字の大きさ
上 下
325 / 384
6 討伐大会編

5-4

しおりを挟む
 タリオ卿が投げ込んだ物は、血にまみれたスヴェート皇女の腕だった。

 うん、まぁ、さっきタリオ卿が斬り落としたんだろうからね。
 斬られた腕がどこにも落ちてないなーなんて思っていたら、タリオ卿が持っていたとか。ヤバすぎるでしょ。

 思わず、遠い目をしてしまった私をよそに、ラウは防御体勢を取った。

 何かあるんだろうか?

 すると、

「ギャァァァァァァァァァ!」

「アルタル様ァァァ!」

 スヴェート皇女の悲鳴。遅れてカーシェイさんの絶叫。

 見ると、壁となってスヴェート皇女を守っていたはずの大芋虫が、壁の内側に向けて頭を突っ込み始めたのだ。

 内側にいるのはスヴェート皇女一人。

「エルヴェス!」

 射殺すような視線を向け、一言、言い残すと、カーシェイさんは大芋虫の壁に向かっていった。

 ザシュッ、ザシュッという肉を斬る音とバタンバタンという地面を叩くような音。血臭と生臭い別の臭い。そして土埃。

 とてもじゃないけど、私たちが手を出せるような状態ではない。

 それらを横目で見ながら、私たちに近づいてきたタリオ卿は、紛れもなく、エルヴェスさん本人だった。

「ほわほわちゃん、やーーーーっと、話せたわー!」

 緊張感のまるでない口振りに、ラウが防御体勢を解いた。

「エルヴェス、やり過ぎじゃないのか?」

「アー? アレ?」

 エルヴェスさんの指差す方は、半分ほどの大芋虫が斬られて肉片となっている。

 さっきは音と臭いと土埃が気になるだけだったけど、今は殺気と混沌の気が濃く入り混じった状態となっていた。

 私たちでも近づくのが危うい状態だ。
 周りで見ていることしかできない。

「チーム同士は攻撃しあってはいけないというルールが」

「攻撃しているのはアタシじゃないわー あの魔物のデカい芋虫よー スヴェート皇女がたくさん呼び出したヤツねー」

「まぁ、そうだが」

 ある意味、自業自得だろう。

 自分が呼び出した魔物が制御できず、攻撃されているのだから。

「しかも、他チームのほわほわちゃんを誘拐する話やら、他チームのナマイキ顔魔種を攻撃したりとか! 証拠はバッチリ! アタシはぜんぜん悪くない!」

「まぁ、そうだったな」

 それでもこの状況は、後味が悪い。

 私を名もなき感情の神に捧げようとしている相手。
 こっちの危険を冒してまで助けるのもどうかと思うし、かといってこのまま見捨てるのもなんだし。

 けれども、エルヴェスさんはスッキリした顔をしていた。

「それに、頼まれてたことをやっただけだからー」

「頼まれてただと? 俺は何も聞いてないぞ?」

 ラウが驚いたような顔をした。

 あれ?

「ラウの作戦じゃなかったの?」

「エルヴェスをフィアの影の護衛につけたのと、フィアの危険を感知して腐れ魔種を先に行かせたのはな」

 ラウが素直に応じる。
 どうやら、これは本当らしい。

「先に行かせたって、物は言い様だな。腕と首を掴まれて、宙に投げ飛ばしたんだよな、お前」

 うん、一つ謎が解けた。
 だから、イリニは空から落ちてきたのか。

 イリニの話を無視して、エルヴェスさんは誰に言うともなくつぶやいた。

「十年前、スヴェートを離れたあの時。アルタルからこっそり頼まれたのよねー」

「そんなに昔に」「いったい何を」

 私とラウから、同時に別々の言葉が漏れる。
 私たちが聞きたいことの意図を悟ったのか、エルヴェスさんは苦い笑みを浮かべて答えてくれた。

「自分が自分じゃなくなったら、母親に完全に乗っ取られる前に殺してほしいって」

「!」

 言葉がない。

 スヴェート皇女アルタルは、十年前、すでに分かっていたんだ。

 自分がスヴェート皇帝の新しい身体として産まれてきたことを。
 そして、いずれは自分が消され、残った自分の身体はスヴェート皇帝のものになることを。

 十年前なら、アルタルはまだ十歳にもなっていない。

 悲しいという程度の話じゃない。

 なんて、なんて酷い。

 俯く私の肩をラウとエルヴェスさんが優しくポンポンと叩いてくれた。

 しんみりとする場の雰囲気を壊すように、イリニが話に割って入る。
 立てるくらいには回復したようで、エルヴェスさんの目の前までやってきた。

「おい、話がさっぱり分からない。説明しろよ」

「アー? ほわほわちゃんに告って振られたくせに生意気ねー ソレだから、ナマイキ振られ魔種って言われるのよ」

 エルヴェスさん、本当に私に張り付いていたんだ。うん、記録に撮ってないよね。

「おい、それ、誰が言った?! それに、なんでスヴェート皇女が、お前に頼みごとをするんだよ!」

 憤慨するイリニに、珍しくエルヴェスさんがまともな答えを返す。

「アー、従姉妹だからー?」

「なっ、なんだって!」

 エルヴェスさんはさらっととんでもない情報を口にして、イリニが絶句した。
 そんなイリニの様子に興味がないのか、エルヴェスさんは顔をイリニから反らす。

 反らした先は、大芋虫とカーシェイさんが乱闘している場所。

 エルヴェスさんの視線の先を、私たち全員が見た。

 大芋虫はすべて斬り倒され、その中心にはカーシェイさんがいる。
 両膝を地面につき、どす黒く変色した布切れを抱えていた。

 何も動かない。

 カーシェイは空を見上げて放心しているようだった。

「竜種の殺し方」

 ラウが静かに話し出す。

「竜種として覚醒したら最初に教わるんだ。俺も金竜に教わった。後からカーシェイにも教わったな」

 ラウの声は静かに染み込んできた。

「竜種を殺すのは簡単だ。そいつの伴侶を殺すだけ」

 ラウが何の感情も読み取れない顔で話を続ける。

「伴侶が死ねば、竜種の心は死ぬ。心が死ねば、そのうち身体も死んでしまう」

「でも、ラウ。カーシェイさんはまだ生きてるよね?」

 カーシェイさんは死んでない。動かなくなっただけだ。そうだよね、ラウ。

 あのカーシェイさんが死ぬだなんて。

「まだ身体は生きてる。というだけだ、フィア」

 ラウは私を抱きしめると、私の肩に顔を埋め、動かなくなった。

 そしてエルヴェスさんも、ただ悲しそうに頷くだけだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...