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6 討伐大会編
5-1
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「ぐっ」「うわっ」
バリバリバリバリバリバリッ バリン!
苦鳴とともにドサッと倒れた。
大芋虫が瞬時に氷柱と化し砕け散る。
キラキラと辺りに氷の粒が舞った。
これらすべてのことが、同時に一瞬で起きたような錯覚に陥る。
実際には、次々に起こっていったことのはずなのに。
あまりにも一瞬の間にすべてが起こりすぎて、赤種の私でさえも、状況を整理するのに時間がかかった。
それだけ手際よく、事が行われて、すみやかに終わったのだ。
私は止まっていた息を吐き出す。
それから、そっと顔を上げた。
「すまん。待たせたな」
顔を上げた私の目に映ったのは、優しく包み込むような黒眼。いつもはキリッとしている眉が、今は少し下がり気味だ。
私はその黒眼の持ち主、短い黒髪で熊のような体格の男に抱え上げられていた。しかも片手で。
この男こそ、目の前のすべてを起こした人物だった。
「ラウ!」
そう、間違いなく私のヤバい夫だ。
ヤバいだけでなく強い。最強の夫。
「遅いよ、ラウ!」
視界が滲んで鼻の奥がつんとなる。
頬が堅い胸に当たって、それがまた、安心を感じさせてくれた。
良かった、本物のラウだ。
「待たせて済まなかった、フィア」
ラウがもう片方の手で、優しく私の頭をなでると、私の身体から力が抜ける。
「ラウ、来てくれてありがとう」
「あぁ、当然だろ」
そう言ってラウはにっこりと微笑んだ。
私の夫はなんて格好良いんだろう。
絶対絶命のピンチの場面で、どこからか颯爽と現れて救ってくれる。ラウは物語に出てくる英雄のようだった。
「て、そこ! 二人だけで和むなよ!」
私とラウが見つめ合っていると、地面の方から怒鳴り声が聞こえる。
んん?
「ァア?!」
「ああ?!じゃないわ! なんだよ、いきなり現れて!」
あれ?
この声はイリニだ。なんで地面から?
そういえば、さっき…………
「離れ離れになった最愛の妻の元へ、超絶格好良い夫が駆けつけて、愛を深めあう場面にお前は必要ない」
「だからって、目の前でイチャイチャするなよ! それに、俺を蹴飛ばすことはないだろう!」
イリニ、ラウに蹴飛ばされてたっけ。
だいたい、イリニは私との距離が近かったしな。あれはラウに蹴飛ばしてくれ、と言っているようなものだよな。
まぁ、その直前まで、イリニは意識が飛んでいたり、気持ち悪くてフラフラだったりしたから。距離が近かったのは不可抗力だとは思うけど。
でも。
そんな言い訳はラウに通用しない。
ラウのことだから、蹴飛ばすか、吹き飛ばすか、存在を消すか、どれかは絶対にやる。
むしろ、存在を消されなくて良かったんじゃないかと思う。
そう思えるくらい、ここでのラウの力は圧倒的で、すべてが一瞬で片付いてしまったのだ。
大芋虫が私とイリニに迫って、私がここぞという一瞬を待っていた、あのとき。
私が待っていた瞬間が訪れる、ほんのちょっとだけ前、ヒヤッとする何かが私の背後からやってきた。
ヒヤッと感じたのは、ほんのちょっとの間だけ。
何かを考える間もなく、ヒヤッとする何かは私を通過して大芋虫へ、さらにはその先にいるスヴェート皇女の方へと押し寄せる。
それから、ここぞという一瞬がやってきたとき。
イリニが蹴られて叩きつけられ、私はふわっと抱き上げられ、大芋虫は凍りついて粉々になり、スヴェート皇女は殺気で呻き声をあげ、私のヤバい夫だけが平然として立っていて、今この状況に至る。
「フィア、俺を優しく抱きしめ返してくれないのか?」
平然としている夫は、平然としているはずなのに、突然、すがるようなウルウルした目で私を見てきた。
いやいや、さっきまで平然として何ともなかったよね、ラウ。
このウルウルに流されてはいけない。
「それより、ルミアーナさんたちには会った?」
私はラウの言葉を遮って話題を変える。
「いや。フィアの異変を感じてそのまま走ってきたが、すれ違わなかったぞ」
「ルミアーナさんたち、魔導具を使って中央部に戻っていったの。私たちの足手纏いになるからって」
「良い判断だったな。補佐官たちはあの赤種のチビがどうにかしてるはずだ」
「大丈夫なら良いんだけど」
ルミアーナさんたちはどうなったんだろう。ラウにも分からないんじゃ、テラがどうにかしているのを祈るしかないのかも。
このままルミアーナさんたちの話へ。
というところで、ラウは力業で流れを修正してきた。
「フィアは、夫の俺よりもあいつらの方が心配なのか?」
さすがにラウも負けてはいない。面倒くさい質問をぶち込んでくる。ウルウルは継続中だし。
「え? そこ、嫉妬するところじゃないよね。ラウもいっしょに心配するか、私を宥めてくれるところだよね?」
「違うな。フィアと離れ離れになって焦燥しきった俺を、フィアが優しく抱きしめ返して、あちこちにキスして労ってくれるところだよな」
「要望がさっきより増えてる」
ええぃ、今、ここで、大芋虫がまだ残っている最中で、キスをしろと?
ヤバい夫の目は本気だった。
うん、これはヤバい。
バリバリバリバリバリバリッ バリン!
苦鳴とともにドサッと倒れた。
大芋虫が瞬時に氷柱と化し砕け散る。
キラキラと辺りに氷の粒が舞った。
これらすべてのことが、同時に一瞬で起きたような錯覚に陥る。
実際には、次々に起こっていったことのはずなのに。
あまりにも一瞬の間にすべてが起こりすぎて、赤種の私でさえも、状況を整理するのに時間がかかった。
それだけ手際よく、事が行われて、すみやかに終わったのだ。
私は止まっていた息を吐き出す。
それから、そっと顔を上げた。
「すまん。待たせたな」
顔を上げた私の目に映ったのは、優しく包み込むような黒眼。いつもはキリッとしている眉が、今は少し下がり気味だ。
私はその黒眼の持ち主、短い黒髪で熊のような体格の男に抱え上げられていた。しかも片手で。
この男こそ、目の前のすべてを起こした人物だった。
「ラウ!」
そう、間違いなく私のヤバい夫だ。
ヤバいだけでなく強い。最強の夫。
「遅いよ、ラウ!」
視界が滲んで鼻の奥がつんとなる。
頬が堅い胸に当たって、それがまた、安心を感じさせてくれた。
良かった、本物のラウだ。
「待たせて済まなかった、フィア」
ラウがもう片方の手で、優しく私の頭をなでると、私の身体から力が抜ける。
「ラウ、来てくれてありがとう」
「あぁ、当然だろ」
そう言ってラウはにっこりと微笑んだ。
私の夫はなんて格好良いんだろう。
絶対絶命のピンチの場面で、どこからか颯爽と現れて救ってくれる。ラウは物語に出てくる英雄のようだった。
「て、そこ! 二人だけで和むなよ!」
私とラウが見つめ合っていると、地面の方から怒鳴り声が聞こえる。
んん?
「ァア?!」
「ああ?!じゃないわ! なんだよ、いきなり現れて!」
あれ?
この声はイリニだ。なんで地面から?
そういえば、さっき…………
「離れ離れになった最愛の妻の元へ、超絶格好良い夫が駆けつけて、愛を深めあう場面にお前は必要ない」
「だからって、目の前でイチャイチャするなよ! それに、俺を蹴飛ばすことはないだろう!」
イリニ、ラウに蹴飛ばされてたっけ。
だいたい、イリニは私との距離が近かったしな。あれはラウに蹴飛ばしてくれ、と言っているようなものだよな。
まぁ、その直前まで、イリニは意識が飛んでいたり、気持ち悪くてフラフラだったりしたから。距離が近かったのは不可抗力だとは思うけど。
でも。
そんな言い訳はラウに通用しない。
ラウのことだから、蹴飛ばすか、吹き飛ばすか、存在を消すか、どれかは絶対にやる。
むしろ、存在を消されなくて良かったんじゃないかと思う。
そう思えるくらい、ここでのラウの力は圧倒的で、すべてが一瞬で片付いてしまったのだ。
大芋虫が私とイリニに迫って、私がここぞという一瞬を待っていた、あのとき。
私が待っていた瞬間が訪れる、ほんのちょっとだけ前、ヒヤッとする何かが私の背後からやってきた。
ヒヤッと感じたのは、ほんのちょっとの間だけ。
何かを考える間もなく、ヒヤッとする何かは私を通過して大芋虫へ、さらにはその先にいるスヴェート皇女の方へと押し寄せる。
それから、ここぞという一瞬がやってきたとき。
イリニが蹴られて叩きつけられ、私はふわっと抱き上げられ、大芋虫は凍りついて粉々になり、スヴェート皇女は殺気で呻き声をあげ、私のヤバい夫だけが平然として立っていて、今この状況に至る。
「フィア、俺を優しく抱きしめ返してくれないのか?」
平然としている夫は、平然としているはずなのに、突然、すがるようなウルウルした目で私を見てきた。
いやいや、さっきまで平然として何ともなかったよね、ラウ。
このウルウルに流されてはいけない。
「それより、ルミアーナさんたちには会った?」
私はラウの言葉を遮って話題を変える。
「いや。フィアの異変を感じてそのまま走ってきたが、すれ違わなかったぞ」
「ルミアーナさんたち、魔導具を使って中央部に戻っていったの。私たちの足手纏いになるからって」
「良い判断だったな。補佐官たちはあの赤種のチビがどうにかしてるはずだ」
「大丈夫なら良いんだけど」
ルミアーナさんたちはどうなったんだろう。ラウにも分からないんじゃ、テラがどうにかしているのを祈るしかないのかも。
このままルミアーナさんたちの話へ。
というところで、ラウは力業で流れを修正してきた。
「フィアは、夫の俺よりもあいつらの方が心配なのか?」
さすがにラウも負けてはいない。面倒くさい質問をぶち込んでくる。ウルウルは継続中だし。
「え? そこ、嫉妬するところじゃないよね。ラウもいっしょに心配するか、私を宥めてくれるところだよね?」
「違うな。フィアと離れ離れになって焦燥しきった俺を、フィアが優しく抱きしめ返して、あちこちにキスして労ってくれるところだよな」
「要望がさっきより増えてる」
ええぃ、今、ここで、大芋虫がまだ残っている最中で、キスをしろと?
ヤバい夫の目は本気だった。
うん、これはヤバい。
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