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6 討伐大会編

5-0 魔のために削り取られた命

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 一瞬、視力と言葉を失ったものの、激しい光は眩しいだけで、他の効果はなかったようだ。

 私は瞬く間に視力を回復すると、素早く辺りを見回した。

 混沌の樹林がどこまでも続く真っ只中。

「キャァァァァァァァ」

「アルタル様!」

 目を押さえて悲鳴をあげるピンクと、フラフラするピンクを支えるカーシェイさんの姿を目にする。
 両目を押さえるピンクの手は、血にまみれていた。

 その周りで、他の騎士たちも目を押さえて右往左往している。

 ふと、辺りを見回すと、離れたところに開発者の姿があった。
 移動はしていたけど、逃げてはいなかったようで、ピンクをじっと見ている。

 ただし、見ているだけで助けるそぶりはない。ピンクが目から血を流し苦鳴をあげているのは、開発者の場所からも分かるとは思うんだけど。

 開発者がそばに従えている騎士には見覚えがある。ノルンガルスさんのお姉さんだ。第四師団に所属していたあの二番目のお姉さん。

 そういえば、二番目のお姉さんは、武道大会のごたごたでエルメンティアから離反した一人だったっけ。

 まさかこんなところで目にするとは。
 なんともいえない気分になった。

「まぁ、誰の仕業かは分からないけど、助かったわ」

 言葉を濁しても、分かる人には分かるだろう。

 うん。十中八九、開発者の仕業。

 ルミアーナさんの指摘通りだ。スヴェート皇女と開発者はライバル関係。
 スヴェート皇女に手柄を渡したくなくて、こっそり邪魔をしている。そう考えると、すっきりする。

 スヴェート皇女のメダルに何か体調が悪くなる仕掛けをしているのも、絶妙なタイミングで激しい光を出したのも。しかも光でダメージまで与えている。

 確か、開発者が最初に作ったメダルは『光輝』の魔法陣が組み込まれたもの。光り輝かせる詠唱魔法を魔導具にしたものだった。

 最初にその魔導具の話を聞いたときには、照明のように使うものだとばかり思っていた。
 まさか、こんなに激しい光が出て、目潰しのように使うこともできるだなんて。

 思ってもみない使い方に、私は舌を巻いた。魔法陣や魔導具は奥が深いなぁ。

 大芋虫の魔物の方も、今の光を浴びて弱っている。地面にぼてっと落ちた状態で蠢く姿は弱々しい。攻撃してくる様子もない。

「もしかして、魔物って強い光に弱いとか?」

「それか、召喚者が行動不能になったせいで、一時的に攻撃を止めたかだな」

 私の肩でイリニの声が聞こえて、ビクッとなって、思わず大声が出る。

「イリニ! 大丈夫なの?」

「大丈夫、と言いたいところだが、かなりキツい。吐き気で集中できなくて。大盾は出せそうもない」

 イリニの表情は苦しげだった。苦しげでも解説してしまうところは、魔種の癖らしい。

 まぁ、吐くなら私のすぐそばではなく、少し離れたところで吐いてほしいなぁ、と思って様子を窺う。
 イリニは息も落ち着いていて、いますぐどうこうという状態ではなさそうだ。見かけほど苦しくはないのかもしれない。

 ならば、私が支えていなくても大丈夫だよね。

 支えるためだとはいえ、ぴったりとくっついているところをラウに見られたら、私はともかく、イリニの命が消える。

「支えなくても立てる?」

「あぁ、そのくらいなら」

 よし。さっと手でイリニの身体を向こうへと遠ざけた。これでよしよし。

「じゃあ、自分で立ってね」

「ちぇっ。胸が当たって気持ち良かったのに」

 うん? なにそれ。
 せっかく心配してあげたのに。イリニの命なんて消えてしまえ。

「ムスッとしている顔もかわいいな」

「バカなこと言ってないで。来るよ」

「あぁ、分かってるさ」

 私とイリニは、目の前を見据えた。




 そこにはカーシェイさんに支えられて、ようやく立っているスヴェート皇女の姿があった。

「小賢しい、真似を、しおって!」

 息が荒い。

 それに、さっきの激しい光が誰によるものかも、スヴェート皇女本人は分かっていないようだ。

 スヴェート皇女にしたら、開発者は取るに足らない存在。対等の存在だと思っていないんだよね、きっと。

 開発者がスヴェート皇女をライバル視していることも、邪魔していることも、きっと想定外だろう。

 そんな扱いだから、プライドの高い開発者はスヴェート皇女が余計に気に入らない。

 この二人。きっと、他のところで出会ってたもしても交わるところがないんだろうな。

 私の頭の中でため息をついた。

 その間にも、スヴェート皇女は叫び続けている。

「おとなしく、シュオール様の、元へ、くれば、いいものを!」

 ガハッ

 とうとう、スヴェート皇女が血を吐いた。

 目から血を流すだけでなく、口からも、となると内部まで損傷が及んでいそうだ。

 スヴェート皇女が吐いた血は大芋虫の一匹にかかると、息を吹き返したように、大芋虫がムクムクと動き出す。

 元気になった大芋虫を見て、血に塗れた口元を拭うことなく、ニヤリと笑う皇女。

 最後の力を振り絞っているのか、急にすくっと真っ直ぐに立った。カーシェイさんの手を振り払って。

 もはや、お姫さま感ゼロな形相で、メダルを構える。うん、怖い。怖すぎる。

「伴侶という、名の、生贄なんだから」

 皇女が一歩前に出た。

 カーシェイさんは止めようとして思いとどまり、皇女の一歩後ろに控える。カーシェイさん顔色も少し悪い。

 皇女はカーシェイさんのことなど、気にする様子もなく、また前に出る。

「多少、身体が欠けても、構わないわ!」

 皇女が絶叫すると、ブワッと混沌の気が皇女の身体から吹き出し始め、ザクッザクッという土を掘るような音がどこからか聞こえた。

 皇女の血がかかった大芋虫がぐわっと上体を大きく反らす。

 避けようのない至近距離。
 大鎌で狙えるのも一度きり。

 仕留め損ねたら…………

 ザクッザクッ

 きっと、腕か脚かを食われる。スヴェートの騎士たちのように。
 あぁ、身体が欠けても構わないって、大芋虫に食われる前提の話だったのか。

 嫌な想像が頭を過った。

 でも、やるしかない。

 ザクッザクッザクッ

「「来る」」

 反らした反動を利用して、大芋虫に勢いがつき、その勢いのまま、頭上から大芋虫が迫ってきた。

 ザクッ

 風圧で息が止まる。

 私は大鎌を構えて、一瞬を狙った。 
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